第16話 天つ狐の仕事①

七海が襲われた翌日、朝田はインターホンの音で起こされた。


時間は7時30分。

昨晩眠りについたのは4時を過ぎてから、正直まだ寝ていたい。


「なんでこんな時間に」


寝ぼけたまま朝田はのそのそと起き上がり、とりあえず居留守を使おうと心に決める。


だが、インターホンに映る人物を確認した朝田は居留守を使うことも寝ぼけたままでいることも出来なかった。


「…なんで?」


思わず声に出してしまいながら朝田はしばしの間、カメラに向かって手を振る千堂の姿を眺めるしかなかった。


「ほんっとーにごめんな!朝田くん!」


家に上がった千堂は開口一番、謝罪し頭を下げた。


「いえ、大丈夫…なんですけど…」


朝田には二つ気になっていることがあった。

一つはなぜ早朝に千堂が家に訪ねてきたのか。

そして、もう一つ。


「千堂さん、お住まいって京都じゃなかったでしたっけ?」


前にもらった名刺に書いてあった住所は京都だったはずだ。


「ほんと、そのことなんですけど聞いてくれますか?」


千堂は待ってましたとばかり昨晩のことを話し出した。


~~~~~


仕事を終え、帰宅の準備を進めていた千堂は堂森に呼ばれて笑顔で朝田に会いに行くように伝えられた。


じゃあ、明日は出張かーとのんきに考えていた千堂の思惑は次の一言で砕かれる。


「出来るだけ早く行って欲しいから…よし、今から行こう!」


いやいや、時間は20時を回っている。すでに残業だっていうのにこの人は何を言っているんだろう。頭がおかしいのか。


「それじゃあ、新幹線ですか?」


堂森は時計を確認して首を振った。


「千堂くん、残念ながら今から急いでも間に合わないよ。だから…」


千堂はその時ほど嫌な予感を感じたことはなかったと朝田に語る。


「だから、車で行こう!」


千堂は目の前が真っ暗になるのを感じながら、はいと消えそうな声で言った。


~~~~~


話終えた千堂を朝田はしっかりと観察する。


元々痩躯で長身の千堂は、更に痩せてしまったように見える。


「それは、その、お疲れさまでした」


本気で可哀そうだと朝田は思ってしまった。冷蔵庫に入っていた缶珈琲をおずおずと渡す。


「あの人、マジでどうかしているんだよ~」


千堂はブツブツと呟きながら、朝田が差し出した缶珈琲を一気に流し込む。


「あのー、千堂さん、そんなに慌てて来て頂いて今日はどんなお話なんですか?」


「ああ、ちょっと待ってくれるかい」


千堂はソファーを立って、バルコニーの方に向かいカーテンの外を覗く。


「やっぱ、いるよなぁ」


「いるって何がですか?」


「んーこっちの話、朝田くん申し訳ないけどカーテン閉めていいかい?」


千堂は朝田の了承を取ってからカーテンを全部閉めてしまった。空は快晴なのに部屋の中は暗くなったため、朝田は電気を点ける。


「ありがとうね、予想はついていると思うけれど『都市伝説』絡みなんだけどね。あいつ名前持ちになっちゃったんだよね」


「名前持ち?」


「えっとね、都市伝説って言っても色々あってさ。気のせいってことで済まされちゃう奴とかいつの間にか忘れ去られちゃう奴とか。でもさ、中には名前が付けられてまことしやかに語られる奴もいるんだよ。有名どころでは口裂け女とかね」


「あの通り魔もそうなったということですか?」


「そう、あいつ木曜日にしか犯行してないみたいで、そこが面白がられちゃったみたいなんだよ。これ見てもらえるかい?」


千堂は朝田の目の前にスマホを差し出す。それは怪異や都市伝説を紹介するサイトのようだった。


人気作品や注目作品、新着といったカテゴリ分けがされていてこういうサイトにしては見やすく興味をそそるような作り方がされている。


注目作品には『木曜日の怪人』という項目がある。千堂が言っているのはこのことなのだろう。


「名前が付けられるだけならそんなに問題はないんだけど、こいつ大勢の人間に知られちゃったんだよね。都市伝説は認知されるほど強力になる」


朝田にも話が見えてきた。花純を襲ったときは知名度は0に等しく、力もそこまで大きくなかったのだろう。あの時聞いた「時間切れだ」という言葉が思い出される。


「そしてね、もっと悪いことに君たちはきっとこれから狙われる。都市伝説にとって存在を知られるというのは力になるけど、正体を知られているというのは都合が悪いんだよね」


「なるほど、僕たちは彼にとっては邪魔なだけってことですか」


「そう!正体が分からないから人間は畏れる。『木曜日の怪人』にとって直接会ったことがある君たちを消すことが出来れば更に力を得ることが出来るってわけだよ」


七海が怪我だけで済んだのは、幸運だったのかも知れない。少しだけ朝田は安堵する。


「でね、このままだと君たちが大変だから俺が助っ人に来たってわけ。次の木曜日までに何とかしないと次は誰かが本当に死んじゃうかもしれない」


その言葉にドキッとする。朝田、七海、そして花純。この3人は意図せずに『木曜日の怪人』にとっての最重要のターゲットになってしまったのだ。


「あ、でも花純ちゃんは現時点では除外されているかな」


しかし、花純が本当は病室で眠っていると知られたらどうなる?


「僕は何をすればいいんですか?」


朝田のその言葉に千堂はフッと微笑む。


「朝田くんは察しが良いよね。一緒に行って欲しいところがあるんだ。朝田くんも知っている人だよ。君の師匠、有馬英彦に会いに行こう」


予想外の名前を聞いて、朝田の顔から血の気が引いた。

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