第15話 木曜日の怪人⑤

目を開く。

ここはどこだろう。

右腕が重い。


周りは暗い闇に包まれていて、右腕からは血が流れていた。

街灯がジジジと唸りを上げている。


闇に目が慣れてくると、目の前の闇が動いた。


「お目覚めかな?」


闇の中から声の主が現れる。

顔の周りをノイズのようなものが覆っている。

手に持った鉈だけが不気味なくらい鈍く輝いていた。


「まさか、また俺の世界に入ってこられるとは思ってなかったぜ」

目の前の男は楽しそうに目の前でブンブンと鉈を振った。


「まぁ、今回は目的は達成したけどな。あぁ、気分がいい」

そうだ、思い出した。この男に山下は斬られたのだった。


「あいつは死んだかな?親を殺すのは忍びないもんだ」

何かを言い返したいが、声が出ない。


「でもさ、俺が生きるためなんだ。仕方ないよなぁ」

男は大げさなジェスチャーで、両手を広げる。


「さてと、お兄さん。あんたが何者なのかは知らねえが俺のことを見た奴は逃がすわけにはいかないんだ。死んでくれるかい?」

目の前の男が近づいてくる。冷や汗が止まらない。


「ごめんなぁ、でも、仕方ないよな」

目の前の男は大きく鉈を振りかぶった。

そして、七海の頭目掛けて勢いよく振り下ろした。


~~~~~


目が開く。

全身が汗でぐっしょり濡れているようだ、気持ち悪い。

目が慣れてくると、ベッドで寝かされていることに気が付く。


「七海くん、気が付いた?」

隣には秋穂が泣きそうな顔で座っていた。


「秋穂さん?なんでこんなところに?」


「あなたが襲われたって聞いたの。無事で良かった」


「無事ではないですけどね」

七海は軽口を叩く。少しの恥ずかしさを感じたからだ。

秋穂にこんな顔をさせたかったわけではない。


「七海!」

その時、病室のドアが勢いよく開けられた。


「朝田、デートはどうしたんだよ」


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」

朝田は明らかに怒っていた。七海は少し驚いてしまう。出会ってから3年間ほどではあるがこんな朝田を見るのは初めてだった。


「言ったでしょ?山下の監視は続けるって」


「だからと言って、わざわざ危険に突っ込むことはないだろう。

そんな大怪我までして」


朝田は七海に対して怒っているわけではなかった。七海を止めなかった自分自身に対して怒りを感じていた。


七海なら危険な目に遭うことはないと、遭ったとしても大事にはならないと考えていた。いつも飄々としている七海に慣れていた。


しかし、目の前で包帯を巻かれてベットに横たわる七海を見て、血が沸騰しそうになるのを感じた。


「えーーーーっと、朝田くん、でいいよね?」

秋穂がたまらず声をあげる。


「あ、はい。あなたは、秋穂先輩ですよね?」

朝田には目の前の女性に見覚えがあった。七海が所属する古書研の先輩、七海が信頼している人。それと、危険を冒してまで救おうとしている人。


「あ、やっぱりね!いつも七海くんが話してくれるから分かったよ」

朝田はじろりと七海を睨む。どんな話をしているんだ、と言いたくなる。

七海は目を逸らしながら、次の言葉を考えた。


「そういえば、二人はなんでここに?」

考えた末で純粋な疑問に行き当たった七海は素直に質問する。


「僕は千堂さんが電話をくれて、この病院にいるから行ってやれって」

千堂の名前が出てきて七海は一瞬混乱する。確か朝田が電話した時に出た人だったなと辛うじて思い出す。


「私は部室から出ようとしていたら、大学の職員さんが来て七海くんが事件に巻き込まれたって聞いて」

大学の職員?どうしてそんな人が知っているのだろう。気にはなるが今話しても仕方ないように思えた。


「そっか、二人とも心配かけてごめんなさい」

気まずくなって七海は目を逸らす。


気が付くと空はもうすっかり暗くなっていた。


「七海くんはしばらく入院だって、身体中あちこち斬られているから絶対安静って先生が言ってたよ」

先に来ていた秋穂は医者から説明を受けていたようだ。

何時間くらいたっているのだろう。


「朝田、今何時?」

「もう20時になるところ、かな」

朝田はスマホを取り出して七海に答える。


「もう心配させないでね…!」

「はい、本当にごめんなさい」

朝田はそんな七海の姿を見て、少し微笑んだ。

あの七海がこんな表情もするんだなと素直に感心していた。


「秋穂先輩は僕が送っていくから、七海はしっかりと休めよ」

朝田の言葉に秋穂が驚いた顔をする。


「いやいや、初めて会った後輩君にそこまで迷惑かけるわけには」

「秋穂先輩、まだ夜が怖いんでしょう?朝田に任せておいてよ」

断ろうとする秋穂を七海が制する。七海は秋穂に対して申し訳なさと不安を抱いていた、話している間も外が暗くなっていることに気付いてから、どうにも落ち着かない。


「朝田、頼んだよ」

七海の言葉に朝田はおう、とだけ返事をした。


朝田は秋穂と一緒に電車に乗る。

幸い秋穂の自宅はそこまで離れた場所ではなかった。


「私が夜を怖がっていること、七海くんから聞いていた?」

秋穂が席に座ってからぽつりと言った。


「ええ、そんなところです。差し出がましい真似してすいません」

朝田の言葉に秋穂は大げさに否定する。


「一人で帰れないと思っていたから助かったよ。ありがとう、朝田くん」

しばらく朝田と秋穂の間に沈黙が流れる。


沈黙を破ったのは秋穂だった。

意を決したように朝田に質問をぶつけてくる。


「ねぇ、七海くんは何をしていたの?なんであんな怪我を?」


あなたのために通り魔を捕まえようとしていた、とは言えない。

「あいつのことです、また色んな揉め事に首を突っ込んでいたんでしょう」


朝田の言葉に秋穂は納得はしていなかった、恐らく秋穂はおおよそ理解しているのだろう。


「そっか、困った後輩だなぁ、毎日監視してやらないと」

秋穂の言葉に朝田は笑いながら、そうしてやってください、と告げた。


秋穂を送り届け、家に帰る途中七海からのメールが届いた。


『朝田、今日は本当にありがとう。秋穂先輩のことも。やっぱり通り魔はもう人間ではなかった、もしかしたら黒木さんや朝田も狙われるかも知れない、目撃者は消すって。朝田も気を付けて』


今日は出来るだけ人が多い道を通って帰ろう。


今この瞬間も誰かが襲われているかも知れない。そう考えると朝田の心は少しだけ重くなる。都市伝説には語る人が必要だ、被害に遭う人も簡単には殺されたりはされないだろう。でも、秋穂先輩や花純さんのように心には傷が残ってしまう。その恐怖は誰かに伝播していき、その人数が増えるごとに『都市伝説』は力を増していく。


暗くなった通りのどこかであの足音が響いたような気がした。

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