第4話 ひたすら走る

 ひたすら走る




恐怖で目が覚めた。何に恐怖したのか、何が危なかったのか、何が失われたのか、ちゃんと覚えている。


「う、う、うわー!」


何も考えずに、廊下に飛び出し、エレベーターに乗り込む。10階、7階、4階、1階に着いた! 早く、早く行って、皐文の無事を確かめないと、いや、解っているはずだ。あの状況で無事なはずが無い。と、とりあえず、修業屋に行って、皆に話そう! アレは絶対ただの夢じゃなかった。そう思って、足がもつれて転んでも、体力がすぐ尽きて、息切れして、膝が震えても走った。そして、日が昇りだしたころにはボロボロになりながらも、修業屋に着いた。しかし、


準備中


と札がかかっており、


「はあ、ど、はあ、どうしよう、はあ」


肺が空気を求めている。私は座り込んだ。考えが悶々とする。もっと戦い方の訓練や、せめて、昨日の珠樹の誘いを断らなければ、こんな事にはならなかったかもしれない。そう思うと、昔の自分のやる気のなさに、憤りを感じる。


「どうされたのですか? アミ様。ここまで走ってこられたようですが」


そんな声が頭の上から注がれる。上を見上げると、


「乃理? なんでこんな朝早くに?」


「いえ、私はいつも朝早くから朝食をとってますので、長屋から走って出ていくのが、食堂から見えて気になったのです」


「皐文が、皐文がぁ!」


「皐文様がどうかなされましたか? まさか昨日の件で、怒られましたか? それなら、皐文様に、わたくしが一言……」


「違うんだ! 皐文が死んじゃったんだ!」


自然と涙がこぼれる。言葉にすると、本当の事だと思える。なんで私なんかを庇って!


「どういう事ですか? 皐文様が死ぬような状況など、思いつかないのですが」


「それが、私と皐文は外の世界に行っていたんだ。そこで戦いがあって、その際に私を庇って真っ二つに!」


「……んな訳ないだろ」


「誰!?」


「……私だ、神奈だ。単純に見間違いだ。水の入った錆びたドラム缶を斬られただけだ。との事だったな。少年兵は撃退したそうだ。今は寝ているから後で見に来るといい」


「へ? ほ、本当? 本当なのかい!」


「……ああ、まあこれに懲りたら訓練をするほうが良い。大切な物を落とさないように、大切な人を亡くさないように」


「うん、でも私にできるかな。なんでも逃げてきた、投げ出してきた私に」


「できますよ。貴女様なら。だって、悪魔憑きの皆が信じていますもの」


「でもそれは、私というより、上位の悪魔が憑いているからでしょ」


自分でも情けないことを言ったと思う。でも本心だ。そうでなきゃ皆ついてこない。上位の悪魔が憑いているからこそ皆ついてきてくれているっていうのはわかっているんだ。


「では、皆が付いて来たいと思うほどに強くなりましょう。いいえ、強くなくてもいい。いい頭に、又はいい司令に、一緒になりましょう。わたくしも修行中の身です。アミ様はいい司令に、わたくしは、よいメイドに共に頑張りましょう」


「うん、うん! 私少し頑張ってみるよ。大切な物を取りこぼさないように、大切な人を亡くさせないように」


 その言葉と共に、木の上から、何か影が下りてきた。


「いきなり気を失うからびっくりしたよ。まあ僕はこの通り大丈夫だよ。まあドラム缶に幻影もかけてたから、間違えて仕方ないんだけどね」


「皐文! ごめんなさい。あんな軽卒に突っ込んで」


「いいよいいよ、今から頑張って戦闘訓練していけばいいよ。で、基礎トレなんだけど、ここから森の近くまで走るよ」


「え、遠くない? しかも坂あるし」


「まあ、休憩しつつでいいから走ってみよう」


「う、うん」


私即行でやる気無くしそうなんだけど。だって、あそこまで走るの辛いよ。でも、ほっぺたを叩いて気合を入れて、


「うん、やるよ! でも、乃理もついて来てくれるかな?」


「はい、解りました。私も一緒に走るとしましょう」


そして三人で走りだした。私は即効で息を切らした。


「あれ? よく見たら、乃理はジャージなんだね」


「ええ、私は朝食の後、少々走るので、朝食時はジャージなのです」


「も、もう無理! ちょっと休憩」


「え、まだ100メートルぐらいだよ。そこまで息きれるかな?」


ダメ、死ぬほどしんどい! 息が整わない。いや、皆速過ぎるよ。私ついていけない。


「アミ様、いき絶え絶えですね。会話が出来なさそうです」


うん、無理。もう思考すらまとまらない。私は倒れるように、地面に転がった。マジで無理。しんどい!


「よし、少しここで休憩、森までは休みながら、走っていくよ。少しづつ少しづつ体力付けないとね、けどその為には、根性も必要だと思うんだ」


「だ、だか、ら、こん、な、きょ、うこう、ゲホゲホ!」


「無理に喋らないでください、アミ様。はい、スポーツドリンクです」


「あ、あり、が、とう」


「ゆっくり、少しずつ飲んでくださいね」


「ぷはっ。はあはあ、少し、マシになったかな。よし頑張るぞ!」


「アミ様」


「いい心意気だね! じゃあ、後5分後にまた走るよ」


「うん」


「わかりました」


こうやって私たちは、休憩を数十回はさみつつ、森まで走った。

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