第10話 見つめられるとドキドキする

「…………」

「…………」


 ものすごく横からの視線を感じる。

 久しぶりにトランプタワーを作ってみようと、物置から一番綺麗なトランプを見つけてきたのが5分ほど前。

 作業を始めたのが3分前で、紅葉あかばが部屋に入ってきたのもほぼ同時だ。

 それから彼女は、何かを言うことも無くベッドに腰かけ、机の上でタワーを作ろうとしている俺をじっと見つめてきている。

 ずっと見てきた俺にはわかるぞ。お前が挨拶をしない時は、小説について考えている時だってことがな。

 だから、あえて俺からも何も言わなかったんだが……。


「……ダメだ、集中出来ん」

「あっ、もしかして邪魔だったかしら」

「いや、居てくれるのはいいんだ。ただ、視線がな……」


 考え事をしている時の紅葉の目はやけに鋭い。何もしていないのに、悪いことをしているような気分なるのだ。

 集中力と繊細な動きが必要なトランプタワー作りにおいて、それはまさしく天敵のようなもの。素人の俺にはそれに耐えながら作ることなど不可能だろう。

 そんな俺の心と共鳴するかのように、目の前で2段目まで作っていたタワーがバラバラと崩れ落ちた。


「ご、ごめんなさい……」

「大丈夫だ、どうせ1回目じゃ成功しなかっただろうし。それより、小説のことで悩んでるのか?」

「……そんなにわかりやすかったかしら」

「ああ、すごくわかりやすいぞ」


 どれくらいわかりやすいかと言うと、生焼け肉とこんがり肉の見分け方くらいわかりやすい。まあ、ゲーム側から分けてくれてるしな。

 ところで、生焼け肉だってわかってるなら焼き直せよと思うのは俺だけなのか?


「続きの方針は決まったの。でも、書くための材料が足りなくて……」

「材料?紙とインクか?」

「そういう意味じゃないわよ。というか、私はパソコンで書いてるから、もっと環境にやさしいのよ」

「まあ、本になったら優しくないけどな」

「……確かに」


 紅葉は「私が小説を書くと、環境が破壊されて……」と落ち込んでしまったようだったが、すぐに首を横に振って気を取り戻した。


一郎いちろうを観察して、ネタを探そうと思ってたのだけど……」

「そういうことならいいぞ。四六時中見てても文句は言わないから」

「そ、そんなに見てられないわよ!だって、お風呂とかあるし……」

「確かにそこは見たくないか!」

「見たくないというか、見たら倒れるというか……」


 何かよく分からないことをブツブツ言ってるけど、まあ、多分小説のことだろう。ラノベに入浴シーンという名のサービスシーンは欠かせないからな!


「出来る限り、観察させてもらうわね」

「了解だ」


 ほんのりと頬が赤い彼女へ、俺は大きく頷いて見せた。小説の手助けができるなら、ファンとしても幼馴染としても、断る理由はないしな。

 むしろ喜んで名乗り出たいくらいだ。


「一緒に居れば、私にドキドキするタイミングだってきっと……」

「ん?何か言ったか?」

「いえ、なんでもないわ。タワー作りを続けて」

「おう」


 崩れたトランプを集めてひとつに固めると、そこから2枚を抜き取って机との三角形を作っていく。1段目は簡単なのに、その後が難しいんだよな……。


「…………」ジー

「…………」

「…………」ジー

「…………」

「…………」ジー

「…………」


 あれ、もしかしてだけどさ。ずっと観察されるって、何気に辛いことなのでは……?


「…………」ジー


 まだ数分しか経ってないのに緊張がすごい。冷や汗までかいてきたし、心臓もドキドキし始めた。

 なんだろう、この感覚。とてつもなく居心地が悪いぞ。何とかして一度1人になって落ち着こう……。


「ちょっと水を飲みに行ってくる」

「私も行く」

「あ、やっぱり散歩にしようかな」

「ついて行くわ」

「えっと、トイレに……」

「一緒に行く」


 あれ、どこにも逃げ道がないぞ。ていうか、自分が言ってることの意味、紅葉自身は分かってるのか?


「あの……トイレに……」

「だから、一緒に……って、行けるかい!さっさと行ってきなさいよ!」


 うん、やっぱり分かってなかったな。彼女は手に持っていたメモ帳を床に叩きつけると、俺に向かってシッシッと手を払った。

 ここ俺の部屋なのに……とは思ったが、解放されるチャンスが出来たのでよしとしよう。

 俺はその場から立ち上がると、足早にトイレへと向かった。

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