第9話 仕事は愛よりも優先されるべきものか

「ねえ、朝日あさひさん。どう思います?」

「どうと言われましても……」


 ある日、私は紅葉あかばちゃん……いえ、今はもうモミジ先生ですね。次の刊についての相談として、彼女の家に呼ばれた。

 初めこそ登場人物についての相談を受けたり、話の展開の仕方についてのアドバイスをしたりなどでしたが、時間が経つにつれて少しずつ違和感を感じ始める。

 いつも通りのことなので止めたりはしませんし、それがモミジ先生の原動力なのでいいのですが……。


「こういう告白って、男の子にウケますかね?」

「いいと思いますが、露骨な特殊性にこだわるのもいかがなものかと」


 仕事一筋で生きてきた私に恋愛相談をされても、正直困っちゃうんですよね……。

 小説のことならなんでも答えられる自信はある。けれど、彼女が聞いてくるのは小説のことであって小説のことではない。

 実のところ、私はとっくに紅葉ちゃんが一郎いちろうくんへ向けている気持ちに気がついています。

 というよりかは、『特定の誰かに向けて書いている』と気がついたからこそ、ネット小説時代から彼女に目を付けていたので、実際に顔を合わせてみて、その相手が彼であることは一目瞭然でした。

 だって、持ってくる小説全てが幼馴染とのラブコメディ。おまけに、やけにリアリティのある思い出話まで付属されれば、気付かない人はいないでしょう?


「純ラブコメでは、告白シーンにおいて重要な要素があります。それは、神視点で見ている読者が結果を見透かせること」

「……どういうことですか?」

「要するに、成功するだろうなと思わせることが大事なんですよ。そこまで出来れば、後は成功しても納得、失敗しても意外性として映せる。それを可能にするのが、それまでの小さな出来事の積み重ねです」

「なるほど……」


 丁寧にメモをとっているけれど、きっと今考えているのは小説ではなく現実での告白のことでしょう。

 モミジ先生は紅葉ちゃんとして一郎くんに想いを伝えたい。けれど、恥ずかしくて伝えられないから、遠回しに小説で伝えようとしている。

 普通に考えれば面倒な方法ですし、そもそも伝えられるルートを与えてもらえるだけの技術が無いと話になりません。

 ですが、彼女の小説は実際に商品にできるだけのレベルに達したのです。私の目からしても、他の作者に見劣りしません。

 それだけでも十分にすごいことだと思います。モミジ先生の執筆の原動力、一郎くんへの想いがそれだけ真剣でエネルギーのあるものだと言うことですから。


 しかし……ここで問題が出るんですよね。

 紅葉ちゃんの才能は、宝石ではありました。ですが、それを磨いたのは私です。

 目を付けてから、コメントとしてアドバイスを送ったりもしました。実際に会ってからは、他の仕事を軽くしてもらえるように頼んでまで、彼女の小説家としての成功に全てを注ぎました。

 私の仕事はいい小説を1本書いてもらうことじゃない。いい小説家を生み出し、たくさんの小説を創造してもらうことです。


「ヒロインは主人公に一度断られていますよね?すぐに立ち直れるとは思えませんし、すぐ告白しても読者は『またかよ』と感じるだけだと思いますよ?」

「そ、それもそうですね……」


 もう、分かりやすく言ってしまいましょう。

 もしも、紅葉ちゃんの恋が成就してしまえば、彼女にとっての『小説を書く理由』がなくなってしまうんです。

 そうなれば、丹精込めて育てあげた時間も水の泡。また新たな素質のある人間を探すという手間がかかります。

 ……いえ、それだけで済めば生ぬるい方ですね。

 他の仕事を減らしてもらってまで力を注いだ小説家が居なくなれば、他の編集達はなんのために代わりに仕事をこなしたのか分からなくなるでしょう。

 会社にとっては時間のロス、大きな不利益にもなります。最悪の場合、私の首が飛ぶことも有り得るわけです。

 だからこそ、私はモミジ先生を離すわけにはいかない。彼女には才能がある、絶対に売れる。理由さえ潰えなければ、必ず大きな何かを残してくれるはず。


「ここは、動揺からつい告白を断ってしまった主人公側から『やっぱり好きだ』と言わせるのが筋かと」

「それです!その線で行きましょう!」


 もう一度言いましょう。紅葉ちゃんはモミジ先生として書く小説に沿って一郎くんに想いを伝えようとしています。

 つまり、小説が恋の成就から逸れれば、紅葉ちゃんも想いを伝えられないままになるということ。

 私はそれを利用して、せめてあと3巻……いえ、5巻は書いてもらおうと思っているのです。


「なら、ヒロインも告白してもらえるように動かないとですよね?」

「っ……そうだった!朝日さん、ちょっと一郎……じゃなくて、出かけてきます!」

「はい、鍵は私が帰る時に閉めておきますね」

「よろしくお願いします!」


 慌てて部屋から飛び出していく後ろ姿を眺めながら、密かにほくそ笑む私。我ながら性格が悪いとは思いますし、紅葉ちゃんには悪いことをしている自覚だってあります。

 でも、仕方ないじゃないですか。これは仕事、モミジ先生の執筆だって仕事です。そこに私情を挟む方が間違っているというものでしょう?

 私はモミジ先生が売れるものを書けるよう誘導してあげているだけ。会社の利益を尊重しているだけ。何も間違っていませんよね?


 もちろん、最後には成就の機会を与えるつもりですよ。物語もいつかは完結しますからね。

 ハッピーエンドかバッドエンドか、はたまたトゥルーエンドになるのか。

 モミジ先生自身がどんな結末を綴り、紅葉ちゃんがどのような終点を迎えるのかは、その時にならなければ私にもわかりませんが、ね。

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