第4話 感想を口にするのは難しい
俺はコンコンとノックをしてから、扉を開いて中へと踏み込む。
ここは
置いてあるものは、かつて小説家として活動していた彼女の父が使っていたもので、年季の入った机やら本棚からは微かにインクの匂いがしていた。
俺がここに来たのは、もちろん紅葉に用があるからだ。
「読み終わったぞ」
「……そう」
紅葉は差し出した小説を受け取ると、それを机の上にそっと置き、回転するタイプの椅子をくるりと回して俺の方を振り返る。
実は、紅葉が垂らした鼻血で文字がところどころ読めなくなってしまい、結局彼女が
血がついた物をコレクションする趣味は無いが、せっかく買ったものだし、明日にでも本の修理なんかをやってる店に持っていこうと思っている。
その前に、『作者』に伝えるべきことがあるのだ。
「……で、どうだった?」
紅葉はワントーン低い声でそう聞くと、僅かに体を前に傾ける。こう聞いてますよ感をぷんぷん出されると、こっちまで緊張しちゃうな。
これが『モミジ先生』への最初のファンレターになると思えば、ランドセルを背負わなくても背筋ピーンになる。
「面白かったぞ、すごく」
「……で?」
「えっと、話の構成とかも良かったと思うし、キャラも個性があって……」
「そうじゃなくて、なにか思うことは無かったの?」
思うこと?そう言われても、読んでいて楽しかったし、キャラも好きだったし、何から何まで俺好みの作品だったってことくらいしか―――――――。
「あ、そう言えば……」
「何か思いついた?!」
俺が「ああ」と頷くと、彼女は転げ落ちそうなくらいに体を前のめりにし、結局イスごとひっくり返った挙句、誤魔化そうと思ったのか前転をしてから何事も無かったかのように俺の前に立った。
怪我でもしていないか心配だが、ここで聞く方が残酷だと思うから、何も見なかったことにしておく。
「読んでてずっと思うことがあったんだよな」
「どんな?」
「お前の書いた主人公、やけに共感できる部分が多い気がする」
「……で?」
「ん?それだけだけど」
俺ならこうするなって思うことを、主人公の
まるで俺の頭の中のストーリーをそのまま書き写したかと思うほど、太郎は俺にそっくりなのだ。
「太郎が俺に似てるのか、それとも俺がラノベ主人公に似てるのか。謎だよな」
「えっと、それぞれのシーンで身に覚えがあったりなんてことは……?」
「ないに決まってるだろ。いくら紅葉が書いたとはいえ、物語の出来事が現実に起こるわけないし」
「……はぁ」
当たり前のことを言ったつもりなのに、すごく呆れられている気がする。
そりゃ、隣の家に幼馴染が住んでるってことは太郎と同じだけどさ。俺は高校生活でラブラブコメコメした記憶なんてないし。
普通に友達と遊んで、普通に紅葉と笑ってただけ。もちろん太郎が起こしたラッキースケベとやらにも身に覚えはないし、この人生に何ら特別なことなんて起こっていない。
「その鈍感っぷり、我ながらよく文字に起こせたものね……」
「ん?何か言ったか?」
「何でもないわよ!」
「何を怒ってるんだ?」
「怒ってないから!」
完全に怒ってるだろ。返したばかりの本を強制的に持たされ、部屋から無理やり追い出される始末。
これで怒っていないと言うのなら、紅葉の中に怒りという感情が存在していないことになりそうだ。
怒りで思い出したけど、今日の晩御飯にはイカリングが出るらしい。ゲソも好きだけど、やっぱり揚げ物っていいよな。
「もう一度目を通してくること!私の込めた気持ちに気付くまで繰り返しなさい!」
「そ、そんな……」
バタン!と鼻先で扉を閉められ、言い返す言葉すら遮られてしまう。
でも仕方ないよな。あいつが喜ぶことを言ってやれなかったのは俺の責任だし。今日は徹夜かもな。
「あ、もうひとつ伝えて起きたいことがあったんだ」
ドアの前でそう呟くと、『……何よ』と声が返ってきた。
「最後の告白シーン、描写もセリフもすごく良かった。考えたこと無かったけど、俺もああいうのに憧れるなって思わせられた」
紅葉がこの感想をどう受けとったのかは分からない。ただ、少し間を開けてから『……そう』とだけ聞こえた。
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