第3話 幼馴染の小説読み始めました
俺が
「リラックスしてていいぞ」と言っても、「お構いなく」と返されるだけで、その雰囲気にあてられたのかこちらまで背筋が伸びてしまう。明日には5ミリくらい身長伸びてるんじゃないかな。
頭の片隅でそんなことを考えつつ、順調に読み進めること30分とちょっと。俺は
「よ、読み終わった?」
「いや、まだだ。さすがに目が疲れてきたから休憩しようと思って」
「もぉ、早く続きを読んで」
「無茶言うなよ。紅葉が一生懸命書いた小説は、万全の状態で読みたいんだよ」
「っ……そうよね、ごめんなさい」
彼女はどこか嬉しそうな表情をすると、前のめりになっていた体を元の体勢に戻す。それから、伺うような視線をチラチラとこちらに向けた。
「それで……どこまで読み終わったの?」
「えっと、確か―――――――」
紅葉の小説の内容は、高校2年生の主人公と美少女幼馴染との恋の発展を描いた王道ラブコメディ。
まず、主人公が友人と一緒に幼馴染の誕生日を祝うシーンから始まるんだが、「大きくなったなぁぁぁ!」って大泣きするんだよな。
いや、これは主人公への好感度爆上がりしましたね。自分の事のように喜ぶなんて、なんて良い奴なんだろうって。
ただ、良い奴の割に鈍感なのが欠点なんだよな。幼馴染が好意的なサインを出したり、昔の思い出を振り返ったりしてアピールしてるってのに、主人公の方は気付かない上に覚えていない。
好意が空振りした幼馴染は、ついつい照れ隠しでツンツンしてしまうという可哀想な展開がお決まりだ。
まあ、こんな美少女にアピールされて気付かないような鈍感男、現実にはいないだろうけどな。
それでなんやかんやあり、俺が読み終えた辺りでは、幼馴染が主人公の鈍感さに気持ちが抑えきれなくなって―――――――――。
「主人公がビンタされて、幼馴染が逃げ出すシーンまでだな」
「そこ、すごくいいとこなのよ?! 勢いに乗って読み進めないと……臨場感が大事なんだから!」
「そんなこと言われても目が疲れて……」
「まだ取れてないからセーフよ」
「暴論過ぎません?てか、取れてからじゃ手遅れだと……」
「いいから読め」
「……はい」
俺は強制的にイスに座らせられると、すぐ横から紅葉に見つめられながら読書を再開した。
1分ごとに「まだ?」「遅くない?」「はーやーくー」と話しかけられるせいで、読むペースは半分以下まで減速している。
ついには肩を掴んで体を揺らしてくる始末。こいつ、本当に読んで欲しいと思ってるのかと疑いたくなる程の暴挙だ。
「そんなに遅いって言うなら、お前が読み聞かせでもしたらどうだ?」
「は、はぁ?無理に決まってるでしょ?!」
「なら文句言わずにじっとしててくれ」
「っ……」
ついつい強く言いすぎてしまったかもしれないと思いつつも、俺は紅葉に向けていた視線を文字の上へと戻す。
そんな様子にカチンと来たのかもしれない。彼女は俺から本を取り上げると、「読み聞かせてやるわよ!」と宣言した。
「わざわざやってあげるんだから、感謝しなさいよ」
「それはありがたいこった」
「……耳が疲れたなんて言い訳はさせないから」
紅葉は一瞬だけキッとこちらを睨みつけると、小説へと視線を落とす。が、次の瞬間ぽっと頬を赤らめた。
「こ、こんなの口に出せるわけないでしょう?! これを読ませたいなんて、この変態!」
「いや、自分で書いた文章だろ?」
「書くのと読むのとじゃ、恥ずかしさが違うのよ!とにかくこのページは読めないから!」
なんて無責任ななやつだ。自分からやると言い出しておいて、恥ずかしいからやめるとは。
まあ、仕方ないと言えば仕方ないのか。乱雑に返された小説の開かれたページには、幼馴染から主人公への告白の言葉が書かれてあったのだから。
紅葉はこういうセリフを口にするタイプじゃないし、俺でもさすがに照れる。
でも、だからこそ言わせたいという気もしなくはないんだよな。少し挑発してみるか。
「紅葉は自分の文章に誇りを持ってないんだな」
「……なんですって?」
「人様に言うのが恥ずかしい文章を、お前は世に出したってことか」
「っ……違う。私は自分の小説に自信を持って……」
「でも、幼馴染の俺にすら音読できないんだろ?」
「…………」
ついに読み聞かせをする覚悟ができたようだ。彼女は俺の手から再度小説をひったくると、文字の上に目を落として大きく息を吸う。そして。
「
「あ、紅葉?! あかば!大丈夫か?!」
途中まで順調だったと言うのに、一瞬俺と目が会った瞬間、腹を押さえて倒れてしまった。
ぽたぽたと垂れる赤い液体を見て、血を吐いたのかと思ったが、支えながらベッドに座らせてみると、どうやら鼻血だったらしい。
そんなにも俺の前で告白の言葉を口にするのが嫌なら、先に言ってくれれば良かったのに。いや、言われたら言われたで俺が倒れるけどさ。
「な、なんかごめん……」
「私こそごめんなさい……」
結局、小説は自分の目で読むことになった。
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