奈落に咲え、
硯哀爾
序
あの人のことを考えると、胸の奥がじくりじくりと
そうなったのは、いつからだろう? あの人を見る度に顔が熱くなって、心臓が飛び跳ねて、焦れったくて苦しくて怖くて、それなのに何処と無く幸福感を覚えるようになったのは、一体いつからなのだろう?
考えても、考えても、答えなんて見付かりやしない。誰かに話せるようなことでもなかったし、自分の心が揺らいでいることを──とりわけ、勝手知ったる間柄の人々に知られたくはなかった。
これは何?
知らないままでいるのは、どうにも
絢爛なる絵巻物や
これは、恋だ。
その時のすとんと腑に落ちた感じは小気味良かったけれど、同時に不安を駆り立てるものでもあった。あの人との間でそれらしいことなんて、どれもしたことがなかったのだから。
歌なんて、下手くそだから送れない。
諦めようとは思えなかった。だからせめて、この未熟な恋心は、大事に大事に胸の内へしまっておくことにした。
いつかきっと、形にするのだ。どのような形にして伝えるかはまだ決めていないけれど、それでも構わない。物を大事にすることは、昔から言い付けられている。ちょっとしたことで放り捨てることはないだろう。
いつか
──何があっても、忘れないために。
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