第30話 死神ヒロシ
イゴウルスは集落に住む魔族全員を自分の家の前に呼び出した。
ほぼ、集落にいる魔族全員が、魔王の家の前に集まった。
「皆の者!ようく聞け!俺が進めていた人間族の住む国への侵攻は中止とする!」
とイゴウルスは大声で全員に伝える。
洞窟なので、その声は反響によりよく響いて聞こえた。
俺は、イゴウルスの家の中からそれを聞いていたが、案の定、素直に聞き入れる者ばかりではなかった。
「何故ですかイゴウルス様!何か不都合でもおありでしたか?」
側近と思われる者がイゴウルスに尋ねてきた。
イゴウルスは頷きながら応える。
「お前達に伝えなければならない重要な事がある。それは、今、俺の家にある人物が来ているのだが、その者から我々は『死の呪い』と呼ばれる魔法をかけられた!」
イゴウルスがそう言うと、全員がザワザワとし始めた。
「『死の呪い』って、一体?」
「それは、人間の国に攻め込もうと思っただけで死んでしまうという呪いらしい。既に、それによりレオルゲイラが死んでいる。」
イゴウルスがそう言うと、先程のざわめきが一層大きくなる。
「何ですって?あのレオルゲイラが?!」
「何かの間違いでは?」
「信じられん。」
口々にレオルゲイラの死を疑う。
「信じられないのはわかるが、これは事実であり、既に何人かは亡くなっているのだ。」
「そ、そんな!嘘だろ!」
とほとんどの魔族の者達が騒ぎ始めだした。
そんな中で事件が起こる。
一人のいきり立った魔族の若い男が叫んだ時だった。
「そんな事、信じられるか!あんな弱い人間の種族なんぞ、俺が行って全員を殺し…」
そこまで言ったとき、その男がみんなの見ている前でドサリと倒れる。
「おい、大丈夫か?!」
近くにいた者達が、その魔族の男を抱え起こす。
「し、死んでる…」
抱え起こした魔族の男の顔が恐怖に歪む。
「うわあ!」
「助けてくれえ!」
「死にたくない!」
魔族の者達は、目の前で人間を襲うと口にした瞬間に自分達の同族が死ぬのを目撃し、完全にパニックになっていた。
まあ、そうなるわな。
俺は、魔族の者達が恐怖に騒いでいるのを尻目に、魔族の集落を離れようとした。
だが、また一人の魔族の者が余計な一言を言い出した。
「その呪いを掛けた人間を殺せば呪いが解けるのではないのか?」
「あ、そうだ、大体、魔法なんてものは術者が死ねば、呪いは解ける!」
「そうだ!そうだ!」
「術者が死ねば問題はないんだ!」
等と騒ぎ始めたのだ。
こりゃダメだな。
「術者を殺せ!」
「術者を殺せ!」
その声が、集団の中にいくつか上がったが、その瞬間に、その者達も次々に倒れて死んでいった。
「止めろ!殺したいと思うな!それを口に出すな!そうしないと全員が死んでしまうぞ!」
イゴウルスは目の前で次々に魔族の者達が死んでいく光景を見て、慌てて叫ぶ。
その声で、全員がシーンと静まり返る。
「何て事だ!何とかならないんですか、魔王様!」
「そうです!何とかして下さい!イゴウルス様!」
「人間の国を攻め込むと言い出したのは魔王様なんですから、この呪いを何とか解いてください!お願いします!」
「そうだ、そうだ!」
いつの間にか魔王が彼等の標的になっていた。
だが、彼を殺したところで呪いは解けない。
第二第三の魔王が出ないとも限らないからな。
えっ?子孫は大丈夫だろうって?
うーん、どうなのかな?
これは遺伝子レベルの呪いになっているからな。
呪いが遺伝すれば、同じ状態が継続するだろうな。
まあ、これに懲りて、人間を襲おうとしなければ良いんだけどな。
俺は、魔族の集落を出て、再びアレリカイア王国に戻る。
王城内には、超高速の速度で入り込み国王の前に直接現れた。
アレリカイア王国国王シングレアス・フォルト・アレリカイアは王の間にいた。
王の間にいた他の者達も、まさかこんなに早く俺が帰ってくるとは思っても見なかった様であった。
そして、魔族の者達には『死の呪い』を掛けたので、もう襲われる事はないと伝える。
その呪いの発動条件も教える。
あと、魔族には言わなかったが、その『呪いの解除条件』も伝えた。
これは、アレリカイア王国が『ある事』をすれば解除されるようになっていた。
まあ、無いとは思うが…
ハッキリ言って、俺のやっていることは神の所業に近い。
真似事とはいえ、人間の生き死にを自在に操る人間は、もう人間とは呼べないし、そんな人間を誰も敵に回したくはないだろう。
そう思うのは自然の摂理と言うか、死への畏れだろうか、シングレアスが王座から立ち上り俺の前に進み出る。
そして、俺の前で跪いた。
「国王様!何という事を!」
そこにいた、王族や貴族の者達は、シングレアスの行為に驚く。
普通であれば国王が人に跪く事はない。
だが、そうせざるを得ない状況と判断したのであろう。
「ヒロシ様、今回の事につきまして…、神の如き御業をもって、恐るべき魔族、避け難き国難から我々を救って頂きましたこと、誠に有り難うございます。また、申し遅れておりましたが、長きに渡って続いていたウィルマジス王国との戦いを終結に導いたのも、ヒロシ様のお陰であり、それらの件も合わせまして、ヒロシ様には誠、感謝の念に堪えません。」
と深々と頭を下げる。
国王自らが俺に跪き、頭を下げるのだから、他の者が下げない訳にはいかない。
王の間にいた全員が、俺に向かって跪き頭を下げた。
実際に魔族の集落を俺が制圧したのかどうかも確認が取れておらず、わからない状態で、国王がこの様な行為に走る事について、賛否が分かれるところであろう。
この行為に納得しない者がいるであろうが、誰も俺を殺そうとは思わないだろう。
何故なら、この能力を解説すると、
『ただ単に殺す気もないのに『殺す』と言ったくらいでは死なないが、俺に対し殺気と言うか殺意を持ったり、放った瞬間に、それを察知した『全自動反撃システム』が作動してしまい、何らかの形で反撃を受け死んでしまう。』
というものだから、
つまり死なないとその真偽がわからないからだ。
誰しも、死ぬのが怖い。
俺に殺意を向けて死にたくないという気持ちがあるのは理解出来る。
だからこそ、今は王を含め全員が沈黙している。
ここにいる全員を『探した』ら、感情が『恐怖』状態になっている者がほとんどだった。
まあ、確かに怖いわな。
俺だってこんな奴が近くにいたら逃げ出しているだろう。
よく考えたら、俺の存在ってある意味『死神』みたいなものだよな…
とにかく、形の上でも、俺はアレリカイア王国を救ったのだから、少しは『感謝』の感情が欲しかったなと思った。
俺にとって力や恐怖によって人を抑え付ける事は簡単だが、それでは真の信頼は得られないだろうな…
まあ、そこを何とか出来る方法を考えるとでもするか…
俺はミラージュを連れて、少し寂しい気持ちでアレリカイア王国を後にした。
「ご主人たま、どうかちまちたか?」
空を移動しながらミラージュが尋ねてきた。最近のミラージュはこうして、人の顔色を見ている様なことが時々ある。
魔物といえども、人間の生活に慣れ、その辺りの感情の機微が分かるようだった。
「何でもない。それより、国に帰ったら色々とやることがあるからな。」
「あい、わかりまちた。」
俺達が屋敷に戻ると、俺の部屋に執事長のギムレットがやって来た。
「ヒロシ様、政務筆頭補佐官のウェルネスト様から、ヒロシ様が帰られれば、魔族の件の事を伺いたいと仰られていました。」
「わかった。」
「よろしくお願いします。」
そう言うとギムレットは頭を下げ、さらに、何か言おうとしていたがそのまま俺の部屋を出て行った。
俺は出発前に、冒険者ギルド・エルネイア統括支部の支部長プレデンターから魔族調査の依頼を受け入れたことをウェルネストに伝えていた。
その調査の結果次第で、こちらの国にも影響を与え得る存在ならば国内全域に警戒を出しておかなければならないところであり、ウェルネストとしても気を揉むところであろう。
「ま、もう心配は要らないんだがな。」
既に魔族達は人間の国に攻め入る事を諦めているだろうし、もし、そうでなかったとしたら、もう、この世には魔族という存在はいないだろう。
実のところ、例の『死の呪い』はアレリカイアだけでなく人間の国全てに対する攻撃を対象としているので、このイリノス王国も例外ではない。
ギムレットが部屋を出ていってからしばらくして、ドアをノックする音がする。
ウェルネストが来たようだ。
「入れ。」
「失礼します。」
部屋に入ってきたウェルネストは俺から、魔族やその長である魔王イゴウルスに対する措置を説明された。
「はぁ、し、『死の呪い』ですか…?」
ウェルネストはあまりにも突拍子もない俺のやり方に驚いていた。
「それは、なんと言いますか…余りにも人智を超えたやり方でございますな…」
「そうだな。」
「はー、恐れ入りました。ですが、アレリカイア王国の者達は、この件によりヒロシ様にかなり畏れを抱いておりましょうな。」
「うむ、王の間にいた全員の目が『恐怖』に濁っていた。恐がらせるつもりは無かったのだがな…」
俺がそう言うとウェルネストは、
「ヒロシ様はあまりにも強すぎます。その力は神にも匹敵する力だと私は思っております。さすれば、あまり、その力を見せつけることはお止めになった方が得策かと存じますが。」
と俺に忠言した。
俺が誤った事をしていると言ってくれる人間は有り難い存在だ。
時に耳が痛い事を言ってくれるのは、その者の事を思って言ってくれているのだから。
だが、俺の様な存在に対して口を出すということはかなり勇気がいることだろう。
「わかった、これからは控える様にする。」
俺は素直にウェルネストの言葉に従うよう応える。
「それがよろしいかと…」
ウェルネストもそれに頷く。
「ところでヒロシ様、王都で勇者が現れたという話をお聞きになられましたでしょうか?」
えっ?勇者って、あの勇者?
世界の危機から人々を救うために現れる、人間達のヒーロー!それが勇者。
ある時は、魔王と戦い、恐ろしいドラゴンを退治し、国や人を幸せへと導く存在だ。
そんな奴が、この地に生まれていただと?
「いや、それは初耳だ。」
【全知全能】とは言っても大したことはない、ただの巨大図書館だ。
文書として載っていなければ、自分から探そうとしなければ知ることも出来ない。
恐らく、それは
「王都では、かなり噂になっているとか…」
とウェルネストが、眉を寄せて話をする。
かなり眉唾物なのだろうか。
「ふーん、名前は?」
「セブンワンダーとか言っておりましたな。」
「セブンワンダー?七不思議って…何だか。」
やはり、胡散臭い。
「はっ?七不思議とは?」
「いや、こちらの話だ、で、そいつは何故勇者と?」
「はい、何でも、アズニュート火山のドラゴンを退治したとか…」
「ほお、アズニュート火山の…」
アズニュート火山は、先日俺が行った空飛ぶ城『天空城トランクラージュ』を呼び出す場所にもなっている火山だ。
その頂上付近にはドラゴンが棲むと言われていたのだが、そうか、倒されたのか。
と言うか、あそこに一匹しかいないのか?
「ええ、そのドラゴンの牙と角を討伐の証拠としてギルドに持ち込んだとか…」
「王都のギルドと言えば、新しく出来た王都の冒険者ギルド・ゴートワイナリ支部だな。」
「ええ、そうです。」
「で、それは本物なのか?」
「その真偽のほどは、現在、鑑定中とか…かなり硬い素材らしく、本物ではないかと…」
「ふーん、面白い話だな。」
「ヒロシ様、余り無茶はしないで下さい。」
ウェルネストは俺に釘を刺す。
「わかってるって。」
俺は見た目は18歳だが、実際は45歳のオッサンだ。
流石に、先程、忠言されたことを忘れるほどバカな若者ではない。
それにしても勇者とはな。
俺はその興味の対象に向けて【スキル 魔神眼】の【探求(改)】を使用することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます