第26話 アレリカイア王国入国
俺は、フォーレイヤの街の件の後始末でアレリカイア王国の王都であるヴァルファイアにやって来た。
この国はこの間まで、ウィルマジス王国の侵攻に対する激しい交戦で、街の経済は最初のうちはある程度『戦争景気』で流通もよく景気も上昇していたが、戦争が長期戦に突入すると、次第に戦いは消耗戦となり、需要と供給のバランスが崩壊し、国内が疲弊していった。
フォーレイヤの町は侵攻してくる側の反対に位置している場所のためか、全く被害はなかったし、王都の街の建物なども破壊されてはいなかったが、侵攻を食い止めていた国境付近の村などの荒れ方はひどい有り様で、家屋は焼け落ちて、ほとんどが焼け野原状態で、場所によっては餓死者も増えているようだった。
何故、その様な事が起こるのかと言うと、この者達には情報が無いため、自分達の町や村以外に安全な町や村が存在することすら知らず、その場から移動するという、彼等にとって『危険』な選択をしない者が大半であり、また仮に移動したとしても、そこでは自分達は余所者であり、そこで食べ物や住む場所、仕事など、生活を安定させるものを得られるという保証はない。
そのため、そこにじっとして自分達の『安全』を維持しているしか方法がないのだ。
現在、元ウィルマジス王国との境、つまり現在のイリノス王国との国境線に存在する町や村は、アレリカイア王国や我がイリノス王国がようやく始め出した援助のおかげで復興も進み出し、餓死者もようやく抑えられるようになってきたようだが、それでもまだまだ、元の生活水準まで戻すことは難しいだろう。
「大変だな、この国も…」
「誰か、たいへんなんでつか?」
ミラージュが俺に聞いてきた。
「ああ、みんな生きるのに大変なんだよ。」
「ふうん、そうなんでつか。」
ミラージュは初めて見る、自分の国とは違う国に興味津々である。
まあ、王都の街並みや立ち並ぶ建物の造りもイリノスと大分違うから、珍しいのはよくわかる。
少なからず俺でもワクワクしていた。
アレリカイア王国はデコロンディア等と同じく歴史のある国で、ウィルマジス王国が侵攻してくるまでは、平和な国であった。
ここの国には、大魔導師ウィーダリーを始めとする魔導師達が何人かいて、それらの者達がウィルマジスの侵攻を食い止めていたお陰で、国が守られたと言っても過言では無かった。
「じゃ、サクッと用事を済ませるか。」
「あい!」
俺とミラージュは、先ずは、王都に入るためには、今いる城下町ではなく、王都専用に張り巡らされた外壁の中に入らなければならなかった。
それまで俺達のいた場所は、『外街』と言われる部分であり、頑強な壁には守られてもおらず、まあ、攻められ放題というわけだが、今から入る『内街』は、かなり強固な造りとなっている。
俺は、一応、正規の手続きで『内街』に入るために、『内街』の外壁にある出入口門の検閲所に向かう。
検閲所門番の兵士に、俺の身分証となる『イリノス王国の大公爵のエンブレムの入ったバッチ』を見せる。
だが、それを見せるも、俺の身分自体が新しく出来たためバッチの紋章自体が新設でこの国にまで浸透していなかったのと、隣接のイリノス王国のエンブレム自体も見たことが無い兵士であったため、バッチを見せるなり、
「なんだあ、こりゃ?こんな紋章なんぞ、見たことも聞いたことも無いぞ!」
と言い始めた。
まあ、それは仕方がないのだが、お約束なのかフラグなのか、この間のイドンの町に入る時の事を思い出す。
「なんだお前、こんな子供を連れて、家来も連れていないのにイリノス王国の大公爵様の名前を騙るとは不届きな奴だな、調べてやるからこっちゃ来い。」
初老の兵士と若い兵士とのコンビだが、若い兵士は、
「ちょっと!ギムドウルさん、待ってくださいよ!もし、本当にこの方が大公爵様だったら、大変な事になりますよ!」
とギムドウルと呼ばれた初老の兵士の腕を引っ張る。
「なんだ、ヴァルカイト、何をビビっていやがる。こんなところに、そんな偉い方がやって来る訳がないだろう!それにイリノスから来るなら東門の方だろ、こっちゃは西門だし、お供の兵士も連れず、こんな少女を連れたロリコン野郎の若造が大公爵様であるはずがないじゃないか!」
「しかし…」
うんうん、わかるよ、ヴァルカイト君。
このギムドウル君の言うことは、筋が通っているからね。
でも、俺からも一言言わせてもらうよ。
という事で、俺はギムドウル君に声を掛ける。
「おい、お前、俺様がイリノス王国のヒロシ・オハラ・イリノスと名乗り、それをわかっていてわざとやっている事なのか?」
「えっ?」
俺がそう言うと、ギムドウルよりもヴァルカイトの表情が青褪める。
「俺は、確かにアルグレイトと姻戚関係を結んだ余所者だが、お前の態度は、俺だけではなくアルグレイト、つまり、イリノス王国国王の尊厳を著しく傷付ける事だということをわかってやっていると理解していいのだな?」
俺がここまで言うと、ヴァルカイトの方が震え上がってしまった。
そして、ヴァルカイトはその場に土下座した。
「大公爵様!た、大変申し訳ありません、この者にはよく言い聞かせますのでどうか、どうか、お怒りをお収め下さい。」
とブルブルと震えている。
逆にギムドウルは、怪訝な顔をして、ヴァルカイトを叱る。
「こらあ、ヴァルカイト!お前、何を訳の分からないことを言ってるんだ!?こんな奴に土下座なんかするんじゃねえ!こら!」
そう言うと土下座しているヴァルカイトを足で蹴り付けた。
流石にギムドウル君、それはいけないな。
という事で、俺は仕方無くギムドウルがヴァルカイトを蹴りつけていた足を【水魔法 水刀】で膝辺りから切り落とした。
「ぐぎゃあああああーー!!」
ギムドウルがその場に転げ回る。
「痛えー!て、てめえ、な、何をしやがったぁ!」
ギムドウルが足を押え、痛みをこらえながら俺に文句を言う。
「お前は、聞いていなかったのか?イリノス王国が再興した時に活躍した大賢者が、ウィルマジス王国に単身で乗り込んで国王を一瞬で殺したことを?」
それを聞いた瞬間、ギムドウルの顔色が土色に変わる。
全身の毛穴という毛穴から吹き出したのではないかというくらいの汗がどっと顔に流れ 出す。
「ま、ま、まさか、まさか、ほ、ほ、本当の、た、た、た、大、公、爵様?」
ギムドウルが痛みを忘れたかのように呆然としていたが、ハッと気付くとその場に頭がめり込むかの如くひれ伏す。
今更ながらだろ?ギムドウル君。
そこにヴァルカイト君が割って入ってきた。
「大公爵様!お許し下さい。この者は何も知らなかったのでございます。どうか、どうかお慈悲を~!!」
正に、自分の命を
その騒ぎに驚いた控えにいた他の兵士が慌てて門のところに現れた。
「あのな、俺は先に自分の素性を明かしたはずだ。それを嘘だ何だという前に、しっかりと確認すればいいだけの話ではないのか?」
と俺が言うとヴァルカイトは、
「ま、全くその通りでございます。」
と言って土下座の状態のまま顔を上げない。
後からやって来た上役と思われる兵士も、何が起こっているのか全くわからない状況のため、ヴァルカイトに尋ねる。
「何があったヴァルカイト?!それにギムドウルのあの足は一体?」
「オウルソング様、実は…」
ヴァルカイトは簡単に、俺の素性とギムドウルの粗相を説明した。
「何ということを!ギムドウル、貴様!」
オウルソングと呼ばれたその兵士は物凄い形相でギムドウルを睨み付けた。
そりゃそうだろ。
こんなことをしでかしたのだから、
それも、ウィルマジス王国を一瞬で崩壊させた大賢者に対しての無礼の数々、自分達の国も滅ぼされても文句も言えないレベルの問題に間違いはない。
「ひぃ!」
ギムドウルはオウルソングの鬼の形相に震え上がる。
余程恐ろしいのだろう。
オウルソングは俺の前に跪き、
「大賢者、いや大公爵ヒロシ様!この度は、我がアレリカイア王国の兵士による、無礼な所業、誠に申し訳なく思っております。つきましては、上司である私と、この者の命でお許し願えませんでしょうか?」
と申し出てきた。
中々、肝の座った奴だな。
俺は、自分の命を差し出すことにより、国の滅亡を防ごうとしたオウルソングのその潔い態度に感銘を受けた。
「…オウルソングとか言ったな、お前のその潔い態度に、俺の溜飲も下がった。それに既にその男の足は俺が切り落とし、それなりに罰は受けているだろうから、これ以上、この件でどうこう言うつもりはない。」
俺がそう言うと、オウルソングは、
「ははあ!有り難きお言葉!このオウルソング、もう二度とこの様な真似を部下にさせる事がないように誓いましてございます。」
と言って土下座の姿になる。
結局、いきなり土下座という展開は避けられなかったようだった。
まあ俺も、鬼ではないので、ギムドウルについては、すぐに切り落とした足を引っ付けてやった。
ギムドウルは俺に土下座して謝っていたが、大声で泣きまくっていたので、はっきり言って何を言っているのか全く聞き取れなかった。
「ところでヒロシ様は、この後、どちらまでお越しの予定だったのでしょうか?」
オウルソングは立ち上がると俺のところに近付き、尋ねてきた。
「あ、ああ、この国の大魔導師ウィーダリー殿に会わせて貰おうかなと思ってな。」
「左様で御座いましたか、わかりました、それでは私がウィーダリー様のお屋敷までご案内させてもらいます。」
そう言うとオウルソングは、部下の者にウィーダリーの予定を聞いて確認する。
「ヒロシ様はウィーダリー様とは、どちらかで会われたことがおありで?」
「いや、会ったことはない。初めてだ。」
「と言うことは?」
「少し彼に伝えたいことがあってな。」
「なるほど、わかりました。それでは、お城へ参りましょう。そう言えば、本日、ウィーダリー様の予定は、午後から登城だったみたいですので、すぐに会われるのであれば、城へ向かわれた方がよろしいかと…」
「そうか、それでは城に案内を頼もうか。」
「承知しました。では、」
そう言うとオウルソングは進行方向を変えて、ここからもよく見える巨大な王城に向かって歩き出した。
まあ、俺のスキルがあれば、迷うことなくウィーダリーや国王のところまで進むことが出来るのだが、まあ、コイツのことを見て気が変わった。
オウルソング・デヴァイス
人族、男性、年齢28歳、独身
アレリカイア王国外周騎士団第一部隊長
25歳の若さで100人以上から構成される外周騎士団の部隊長に任命される。
性格は、冷静沈着、人族には珍しく『魔法』の素養を持つ。
感情状態 『警戒』
まあ、何て優秀な奴だ。
背が高くて、男前だし、まあ、後ろを歩く俺が見てもよくわかるほど、周囲の、特に女共の奴を見る目が凄いことになっている。
モテモテだなオウルソング君。
とか心の中で思いながら、城門前にやって来た。
かなり大きな城門である。
城の回りには城壁と、さらにその回りには大きな堀があって、その堀を渡すように大きな橋が掛かっている。
「こちらで、少しお待ちください。城内警備の者に引き継ぎますので…」
オウルソングはそう言うと、城門のところにいる兵士に何やら耳打ちをする。
城壁の兵士はちらりとこちらを見てから、頭を下げる。
「先程の兵士が城内へ連絡をしに行っておりますので、少々城内の控えでお待ちください。」
オウルソングは俺のところに戻ってきてそう言うと、俺を連れて、今度は城の敷地内にある立派な建物の中へ俺達を案内した。
その建物の中は、部屋というかガランとした大広間という感じで、控えの間というよりも、大勢の人間を入れる集会所のように見え、その造りは中世ヨーロッパの教会の様に立派な細工が施されていた。
俺はこの時、この王国に着々と忍び寄る、恐るべき魔の手が迫っている事を肌で感じ始めていた。
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