第25話 禁断の恋の行方
ジュリアナの語った話の内容はこうだった。
彼女は約二ヶ月ほど前、フォーレイヤの森に入って薬草採取をしていた。
ここの森は、比較的安全な森のため、女性一人でもある程度なら入っていける程だった。
だが、その日は採ろうと思っていた薬草の数が少なかった事もあり、少しだけ森の奥に足を延ばした。
だが、それが彼女の身に大変な事を惹き起こしてしまった。
フォーレイヤの森の中でも、決して出逢ってはいけないと言われていた狂暴な魔物の熊『魔熊のジェイソウル』に鉢合わせてしまったのだ。
その巨大な姿は熟練の冒険者でさえも恐れをなして逃げ出してしまうとさえ言われていた。
冒険者でもないジュリアナはその恐ろしい姿を見ただけで、その場から動けなくなってしまったのだ。
まあ、後はお分かりだろうが、彼女はそのジェイソウルから襲われそうになり、今にも喉元を食い千切られるかと思った瞬間、ロウミオが放った氷の槍魔法でジェイソウルが串刺しとなり、間一髪助かったのだった。
あとは、この二人が、恋に落ちるのに時間はいらなかった。
そりゃどちらも美男美女だし、恋人同士になるには、絶好のタイミングだからな。
そして、二人は魔族の男と人間の女という相容れぬ種族同士による禁断の恋に落ちた。
二人はその後、この森で密会を繰り返した。
しばらくは、この関係がばれる事はなかったのだが、一ヶ月程経ったある日、ジュリアナが頻繁に森へ入っていくのを不審に思った父親のマーケイが長男のルモスに、ジュリアナの後を付けるように言う。
そこで、ルモスはジュリアナがロウミオと密会をしているところを目撃する。
その時、不用意にロウミオが魔法を使っているのを見たルモスは、ロウミオが魔族の男であることを知る。
そして、家に戻り、その事を父親のマーケイに報告する。
当然ながら、猛烈に反対するマーケイだが、ジュリアナは頑として別れる事を拒否した。
マーケイは町長としての面目を保つため、公にしたくないという気持ちがあった。
そのため、街の人間に頼んでロウミオを何とかしようとかは思わなかったし、そもそも魔族の様な恐ろしい存在をどうこうする事自体出来なかった。
そんなことをすれば、被害が拡大したり、話が大きく広がって、事実が公になれば、この街にはいられなくと思っていたからだ。
マーケイは、苦肉の策として以前、自分を助けてくれ、しばらくこの町で滞在していた大魔導師ウィーダリーに何とかロウミオを倒してもらおうと考え、手紙を出したという事だった。
ジュリアナは家を飛び出し、隠れ家となっていたこの洞窟でロウミオにその事を告げたが、ロウミオは、
『何とか話をさせてもらって二人の事を許してもらう。』
と言って、あくまでも街の人間や魔導師とは争わない事を誓っていた。
もし、どうしても、許してもらえなければ、二人でどこかでひっそりと暮らそうと思っていたと話した。
くそ!
ロウミオがもっとカス野郎だったら、俺も躊躇なくやっつけられたのに…
何だよ、メチャクチャ良い奴じゃないかよ!
魔族なら、いくら大魔導師ウィーダリーが掛かっていったとしても、絶対に敵わないだろう。
街を滅ぼしてジュリアナを強引に奪うことも出来るはずだ。
魔族と人間の強さにはそれほどの差があるのだ。
ウィーダリー自身もそれがわかっているだけに、こちらに来ることを渋っているのかも知れないしな。
だが、当のロウミオは全く人間とは争うつもりは無い様子だ。
それならば、フォーレイヤの街に被害が無かった事も頷ける。
こんなことなら、二人の事を何とかしたいと思うのが人情じゃないでしょうか。
見た目は若者、頭はオッサン!名賢者ヒロシが何とかしてやろうじゃないか!
という事で、俺は一計を案じる事にした。
まあ、ちょっと言い方は古いが、細工は
とりあえず、俺は、ジュリアナを連れてフォーレイヤの街まで帰ってきた。
外壁の門番兵士が遠くに見える俺達に気付いて手を振る。
だが、門番兵士の様子がちょっと変だ。
何か俺達の方に何か言っているぞ?
あれ?
と俺が後ろを振り替えると、その後ろには巨大なあの『魔熊ジェイソウル』がいるではないか、初めて見るが、それは大きさが10m以上もある化け物だった。
グウウオオオオーー!!
地響きがしそうな程の恐ろしい咆哮だ。
「うわあ!」
「キャー」
俺やジュリアナは殊更に大きな声を出した。
当然、これは俺の仕込みだ。
ミラージュに俺の【変化の魔法】を使わせて、魔熊に変化させている。
まあ、これに襲われていると見せかけて、ロウミオに止めを刺させるという寸法だ。
そのため、後ろにはロウミオを控えさせている。
そして、俺がここで、街の兵士に言う。
「町長を呼べ!このままでは街が大変なことになるぞ!」
流石に、大魔導師ウィーダリーだとて、普通は森の魔熊を相手にする事は出来ない。
段違いで負けるからだ。
それは、街の兵士でも知っている。
それほど魔熊は強さで言えば群を抜いている。
とりあえず、俺は兵士が町長を呼びに行っている間、ミラージュが変化した魔熊に怪我をさせないように、弱い、というか見せかけの火の魔法を放つ。
当然ながら、全く効くことはない。
だが、ある程度、魔熊を威嚇しているようには見える。
何という芝居上手。
そうしながら、俺が不用意に魔熊に近付いて殴り飛ばされ、気絶するフリをしている間にロウミオがジュリアナを助けるという筋書きだ。
魔熊になったミラージュは立ちあがり、さらに大きな咆哮を放ち、俺達を威嚇した。
『いいぞ!ミラージュ!なかなかやるな!』
ミラージュの芝居上手に感心する。
そうしている間にも、マーケイや他の街の者達もやって来て外壁越しに、俺達の様子を見ている。
だが、流石に門を開ける事はない。
そんなことをしたら、街の中に魔熊が入り込み、街の中がとんでもない惨事になる事がわかっているからだ。
だから、俺や自分の娘であれ、見殺しにするしかない状況なのだ。
『そろそろだな。』
俺は、町の者がある程度、外壁の上に現れた頃合いを見て、現れたミラージュが変化した魔熊ジェイソウルに向かって行った。
手には一応、炎の魔法らしきものを展開している様に見せかけながら…
ドゴーン!
俺はミラージュ魔熊の右フックで吹っ飛ばされる。
まあ、一応防御魔法を展開しているので何ともないのだが、俺は、10mくらい吹っ飛ばされ、そこで倒れたままとなる。
一応、気絶するという、情けない設定だ。
まあ、本当の人間ならこんな感じになるんだけどね。
「キャー!」
ジュリアナが悲鳴を上げる。
よしよし、良い調子だ。
声が出てるねえ。
えっ?
吹っ飛ばされた俺の目の前にゴスロリの格好をしたミラージュが立っている。
「はい?」
俺は一瞬であったが、その意味がわからなかった。
何故お前がここに立っている?
だが、次の瞬間、俺を吹っ飛ばした魔熊の身体の情報が、頭の中に入り込む。
そして、二ヶ月前にロウミオの氷の槍で突き刺された傷痕が背中にあるのが、自分の位置から見えた。
「はっ!ほ、本物!?生きてたのか?!」
俺は立ちあがり【スキル 超人 超高速移動】を発動し、ジュリアナを、救おうとした時だった。
既に、ロウミオが氷の槍で、今度は確実に魔熊ジェイソウルの心の臓を貫いていた。
まさに、絶対絶命の中で、危機一髪といった状況での救出劇だった。
少しでも遅ければ、ジュリアナの命は無かった。
そんな、状況だったのだ。
俺はミラージュに尋ねた。
「何で?魔熊に変化したんじゃなかったのか?」
「本物が出てきまちたのれ、あたちは、れなくてもいいかなて、おもいまちた。」
「うーん、まあ、確かに結果的に成功なんだが…」
俺はミラージュを怒れなかった。
だって、本物とミラージュの区別が付かなかったのは、俺の責任だしな。
ミラージュだと思い込んでスキルを発動せず、消していたのがいけなかった。
ま、ここは責任者であり、プロデューサーの俺が全ての責任を取らないとな。
とは言うものの、ロウミオも無傷ではなかった。
芝居だと思っていた魔熊が、後ろから近付いてみると自分が付けた傷を持つ『本物』と咄嗟に気付き、予定であった背後からの攻撃を止めて、魔熊の正面側に周り込み、魔熊がジュリアナに与えようとしていた一撃を、その間に入り込みジュリアナを庇って代わりに受けてしまったのだ。
まあ、俺が迫真の演技と思っていたジュリアナの悲鳴はこの時のものだった。
流石の魔族の男も、魔熊の渾身の一撃を受ければ只では済まない、だが、ジュリアナの前に回り込む時に覚悟を決めていた事や、既に氷の槍の魔法を展開していたため、攻撃を受けながらも、カウンターで魔熊の心臓に氷の槍の一撃を返すことが出来たのだった。
俺は、直ぐに死にかけのロウミオの側に駆け寄り、【部位蘇生】と【究極回復】で完全回復させた。
重症状態で気を失っていたロウミオが何とか目を覚ます。
「うぅ、ジ、ジュリアナ、」
まだ意識が朦朧としているロウミオが視界に入ってきたジュリアナを見て、少し笑顔を見せる。
「ああ、ロウミオ…」
ジュリアナがロウミオに抱きつく。
そこへ、事の一部始終を見ていたマーケイが外壁の門を出てやって来た。
ジュリアナの様子を見て、この人物が例の魔族の男だと理解し、そして、先程の一連の行動によって自分の娘に対するその男の純粋な気持ちに気付かされたようであった。
そして、俺のところにやって来て一言、
「完全に私の負けですな…」
と言いながらも、その顔は何故か満足そうに笑っていた。
「そうだな…」
俺がそう答えると、マーケイは俺に頭を下げる。
「俺は、この件を王国に伝えておく。」
俺がそう言うと、マーケイは驚きながら、
「えっ?いや、しかし、」
と何か言いたそうにしている。
今、魔族捜索で来ていたウィーダリーに、王国へ魔族の存在を知らされれば、せっかく自分が許した魔族の男の命が危うくなるのは目に見えている。
それは本人がどうしても避けたい事であることは俺も十分にわかっていた。
「いや、この事は伏せておく。まあ、調査の結果、この街には何事も無かったとでも言っておく。」
「おお、」
マーケイが目に涙を溜めながら、再度頭を下げた。
彼自身、本当は最初から心の奥では彼女とロウミオとの事を許していたのかも知れないな。
という事で何とか、魔族の問題は解決したし、良かった、良かった。
と言いながら俺も、この件で、アレリカイア王国に動かれても困るんで、適当な理由をつけて派遣を中止させないとならないからな。
ちょっと寄り道してアレリカイア王国の王都にでも行ってみるか。
マーケイには言っていないが、ちょっと気になる事もあるし…。
「さて俺も、これで心置きなくこの街を出れるな。」
こうして俺はミラージュと共に静かに、フォーレイヤの街をフェードアウトした。
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