第20話 ロリコン賢者と呼ばれて
あー、嫌だ嫌だ、ミラージュを屋敷に連れて帰るなんぞ、絶対に変な目で見られることは目に見えている。
街に到着する前に、俺はミラージュに、今後、この人間の社会で、従魔として生活するうえにおいての決まり事を教えておいた。
それは、
・絶対に、人間は食べないこと。
・腹が立っても、絶対に自分から人間に手を出さないこと。
・自分の命が危ないときは必要最小限の抵抗にとどめること。
・その判断がわからなければ、俺を呼ぶこと。
俺が、それを教え込むと、ミラージュは、
「わかりまちた。」
と敬礼しながら答えた。
ホント、マジ頼むよ。
エルネイアの街が見えてきた。
俺は気配を消しながら、屋敷の方に戻る。
そして、ミラージュを連れて屋敷の玄関前へ静かに降りていく。
気配を消していたはずだが、俺の気配をどうやって感じたのか、はたまた、只の勘なのか、それともたまたま偶然のタイミングなのかギムレットが玄関扉を開けて外に出てきた。
うお!何で?
「お帰りなさいませ、ヒロシ様。」
「あ、ああ、ただいま。」
「おや、そのお子様は一体?誘拐でもなされたのですか?」
「何故そうなる?」
「いえ、冗談です。」
「君が言ったら、冗談に聞こえないから!」
「で、そのお子さまは一体、どういう経緯で?」
ギムレットは俺の突っ込みをさらりと躱す。
「それがな…」
俺は、これまでの状況と経緯を説明した。
まあ、実際に目の前で見ないと信じられないとは思うが…
「はあ、なるほど、あくまでも、その少女は保護者が見当たらないので『保護』という名目で勝手に連れてきた人間の子供ではなく、魔物であると?」
「何かその言い方、トゲがあるな。だから、さっきからそう言っているだろ!魔物だって!」
「どうも、信じがたい話なので。」
「俺もだよ!とにかく、この子が着る服を何とかしてやってくれ。」
「
「ミラージュは肉食だからな。生肉か、焼いた肉だな。」
「あの、野菜は?」
「コイツには不必要だ。」
「でも…バランスの良い食事の方がよろしいかと…」
ギムレットはまだ、ミラージュを人間の子供だと思っているようだ。
「おい、ミラージュ!」
「あい、なんれすか?」
「元の魔物の姿に戻れないのか?」
「うーん、もろれないことはないかもれす。あれ?もろれるのかな?えっと、もろれることはないことはないれすから。ん、もろれないのれしょうか?」
ミラージュは上の方を見ながら考えている。
「ええい!どっちだよ。」
思わず突っ込んでしまう。
「とりあえず、出来るかどうかやってみろ!」
「あい、わかりまちた。」
ミラージュは大きく背伸びのような格好をしたと思った瞬間、例の大きな魔物の鳥『ヒートヘイズイーグル』の姿に戻った。
ギムレットは巨大な鷲の姿が目の前に現れたのを見て、大きく目を見開く。
「うわああ、た、助けて…」
ギムレットが、ようやく一呼吸置いてミラージュの大きさと恐ろしい姿を認識したのか、驚いて腰を抜かす。
「どうだ、わかったか?」
「わ、わ、わ、わかりました。もう結構です!」
ギムレットは尻餅を付いた状態で頭を縦に振って応える。
ギムレットにもようやくわかってもらえたようで、俺もとりあえず一安心した。
「ミラージュ、もう戻ってもいいぞ。」
「あい。」
ミラージュはそう言うと、再び少女の姿に戻る。
着せていたシャツが破れたので、再び予備のシャツなどを着せる。
「しかし、ヒロシ様、この様な子供の姿をした魔物を連れて歩いていましたら、街に住む者達から色々と噂を立てられる可能性がありますが。」
まあ、魔物と知られれば大騒ぎになるという話だが、いや…それよりもギムレットが言わんしているのはミラージュが、『少女』の姿をしている事自体に問題があるという事であることは十分にわかっていた。
「それは、分かっている。」
「もう既に、奉公人や使用人の間ではヒロシ様は『ロリコン賢者』ではないかとか噂をされていますが。」
「うおい!えらく、早いな!」
「いや、この話は、ミラージュ様の事ではなく、イドンの町の10代半ばの若い女性冒険者達を二回も助けたとか…偶然にしては少しおかしいとかで、何か後を付け回していたのですか?」
「偶然だよ!誰がそんなことするかよ!ストーカーじゃないんだし、誰だよ、そんな噂を立てたのは?」
「国王親衛隊長のスワシュワ様ですが…」
「あいつか!とんでもない二つ名を付けやがったのは!」
「いや、ヒロシ様とその女性冒険者達は年も近いですし、どちらかと言うとそれは確かにストーカーかなと…なので、その『二つ名』つまり『ロリコン賢者』の事は関係ないと思いますが。」
「さらっと、格好良く『二つ名』って言うな!不名誉な称号だよ!」
「では、『ストーカー賢者』という事で…」
「ストーカーも立派に不名誉な称号だよ!まあ、それは置いといて、じゃあ、誰だよ?そんな『ロリコン賢者』なんて不名誉な称号をつけた奴は?」
「えーっと、確か、ドワーフの鍛冶職人の娘さんがどうとか何とか言っておったらしいですが…。」
「アカネかよ!で、何で、ギムレットにそのの話が届くんだよ!」
「当屋敷の奉公人の何人かが派遣元の店から伝え聞いたと言っておりましたが…」
「奉公人の派遣元と言えば…『シュセン堂』か!あのオヤジ、アカネの話を真に受けて、奉公人にどんな伝え方をしてるんだ?」
「まあ、どちらにしましても、ミラージュ様を連れて歩かれますと、真実味が増すかと…」
「何の真実味だよ!」
段々と頭が痛くなってきた。
俺の恐れていたことが現実に起こっていた。
『ロリコン賢者』
その称号だけは絶対に避けなければならない。
しかし、アカネの奴にも困ったもんだ、どこで、そんな言葉を覚えたんだ?
とりあえず何とか対処しなくてはな…
ということで、俺は不名誉な噂の元を正すというか、誤解を解くために、『シュセン堂』に向かうことになった。
それも、今後のためにミラージュも連れてだ。
だが、俺がミラージュを連れて街中を飛んで行けば非常に目立つし、また、歩いて行ったとしてもミラージュ付きなのでまた、変な噂を立てられても困るということで、ギムレットに相談したところ、馬車が良いのではないかということで、馬車で行く事となった。
馬車であれば、店の入り口前まで姿を見られることは無いし、さして目立つこともないだろうという考えからであった。
だが、これがまた、とんでもない事になってしまったのだった。
一応、俺は『大公爵』という身分のため、馬車などで移動する場合は、必ず護衛が付く。
例えば、国王なら国王親衛隊等の『衛士』と呼ばれる兵士が護衛の部隊で付くし、国を持つことが出来るレベルの『大公爵』、つまりは俺の階級であれば、大公爵騎士団というのが配置されるのが決まりであり、この世界では当然の事らしいのだ。
くそ!
ただ、単に不名誉な噂を取り消させるためにこっそりと『シュセン堂』に行くはずだったのに、何なんだこの、大集団は?
こっそりどころか、恥の上塗りになりかねない。
ちょっと出歩くというだけで、こんな大事にされては、とてもじゃないが、『ちょっとそこまで、話を付けに行ってくる』なんて事が出来ないではないか!
だが、既に、馬車だけではなく、ギムレットの要請により大公爵騎士団は手配されてしまい、俺は、大公爵就任に伴い新たに作られたという、それは豪華な大公爵専用の馬車に揺られて目的地『シュセン堂』に行くのであった。
また、護衛の騎士団長は例のスワシュワの横でテクノスと一緒にいた奴で、名前をダブルグレイザーという大層な名前の奴だ。
俺は嫌な予感がしてならなかった。
そう、俺が懸念しているのは、このダブルグレイザーがあのテクノスの同僚であったからに他ならない。
あの、デコロンディアのバーリンゲンで、町の者に土下座をさせたテクノスの同僚というだけで、俺には『たぶん痛い奴』に間違いないという認識しかしてこない。
ちなみに王国の騎士団長はガルディスという人物で、会ったことはないが、かなり出来る奴がいるとの噂であり、俺としてはこちらの方が良かった様な気がしていた。
それなのに、俺のところにはダブルグレイザーがやって来たのだ。
それはその後、案の定、というか、俺の予想のはるか右上を行く形で実現することとなるのだった。
出発前、ダブルグレイザーは、俺のところにやって来て、
「ヒロシ様!この度は、私を大公爵騎士団長に抜擢して頂きまして誠にありがとうございます。今後は、この身を粉にして団長としての責務を全うしていく所存で御座います。」
と挨拶をした。
俺が抜擢したわけではないのだが…
俺は、ダブルグレイザーを見て、かなり気負っているなと思ったため、テクノスの時の二の舞だけはしてもらいたくないという意味を込めて、
「あーわかった、わかった。だが、これだけは言っておく。いらぬ事をして、俺に恥を掻かせたら殺すからな。」
俺が冗談混じりにそう言うと、ダブルグレイザーは、
「は、はい、誓って、このダブルグレイザー!身命を賭して努めさせていただきます!」
と胸を張って答えた。
だが、この俺の不安は、俺にとって最大の事件となる『負の称号事件』が起こるまで消える事はなかった。
そんなこともあり、俺が憂鬱な気持ちでいたが、そんな気も余所に、大層な警備の中、大公爵の専用馬車は、『シュセン堂』の前に到着した。
俺は、馬車の扉が開くと、なるべく目立たないようにと、ミラージュを連れ、静かに馬車を降りて、店内に入ろうとした。
だが、俺が危惧していた通り、ポンコツ騎士団長はやりやがった。
これが、ダブルグレイザーによる『負の称号事件』の始まりだった。
「皆の者!恐れ多くも、大公爵殿下の御前であるぞ!頭が高いわ!控えおろう!」
とダブルグレイザーは俺の側にいて、大声で周囲にいた街の者達に叫んだのだった。
おいおい水戸黄門かよ!
って言うか、大声で叫ぶの止めろよ!
俺の【スキル 超人 超聴力】で土下座している街の者達の声が聞こえてくる。
『おい、あれだよ、例の…』
『ああ、ロリコン賢者な…へへへ』
『何か、女の子連れてるぜ…』
『やっぱり、ロリコンという話は本当だったみたいだな…』
『だな…うえへへへ』
と頭を下げながら噂している声が聞こえてきた。
俺は、一般人から土下座をされたりするのが嫌で、ダブルグレイザーに『恥を掻かせるな』と言ったのだが、このアホは、それをどう勘違いしたのか、俺を衆人環視の中心に持っていき、さらには馬車の周囲にいた者達全員に土下座をさせてしまったのだった。
そして、さらに俺を目立たせてしまったためにミラージュを見られてしまい、例の二つ名を確定されてしまったのだ。
そう、俺史上最悪の事件、『負の称号事件』の発生である。
「おい、ダブルグレイザー!」
俺は、直ぐに彼を近くに呼んだ。
「はい!何でしょうか?」
ダブルグレイザーは街の者に俺の権威を保つために土下座をさせた事で、俺に誉められるとでも思っていたのだろうか、満面のドヤ顔を俺に向けた。
その顔を見た瞬間、俺のイライラの限界は頂点を突破した。
俺は、すかさずダブルグレイザーの頭に拳骨を落とす。
【スキル 超人】を使うとサクッと殺してしまうので、さすがにそれは止めておいたが、そうでなくとも身体能力が他の人間より高いので、ダブルグレイザーは地面に頭がめり込むかというほどの勢いで頭を打ち付けた。
「ぐがあ!」
物凄い音がしてダブルグレイザーは地面を転げ回る。
「馬鹿者!誰がそんなことをしろと言った!もっと頭を使え!」
ダブルグレイザーは頭を抱えながら、何故俺が怒っているのか全くわからないといった表情であった。
俺も、こんなことをしていては、時間の無駄だし、早く用事を済ませなければと思い、直ぐにミラージュを連れて『シュセン堂』に滑り込む。
そして、この店のオーナーであるイケズウを呼び出し、どのような経緯で俺の事を『ロリコン賢者』として奉公人に伝える事になったのか確認する事にしたのだった。
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