第21話 疑惑の真相と犠牲山羊

「えっ?ヒロシ様はアカネ様をお手付きなされたのではなかったのですか?」

はい?お手付きだと?

どこで、そんなややこしい話になっているんだ?

俺が変な顔をしていると、イケズウがそれを見て、

「いやあ、なんでも、この間、ヒロシ様に紹介した鍛冶師のゼンドワさんが店にやって来て、えらくヒロシ様には世話になったと言われていまして、その時に一緒に来ておられた娘さんのアカネ様がヒロシ様とはと言われていましてね…。」

と俺の心持ちを探るように話す。


「まあ、仲良くはしているが…で?」

「はい、当店に立ち寄る冒険者の者達からも、『ヒロシ様はイドンの『ファングオブラビット』という10代中頃の少女達で構成する冒険者パーティーをいたく可愛がっておられるらしいから、そういう趣味を持たれているのだろうと思う、それにそのアカネという少女も、その話ではもう大公爵様のになられていると思うよ。』と言われたのでてっきり、そうなのかと…それで、その時に隣にいたヒロシ様のお屋敷の奉公人の方もその話を聞いておられたようですね。」

とイケズウはミラージュを見ながら答えた。


それでか!

俺が『ロリコン賢者』という二つ名になった理由がようやくわかった。

アカネを『様』付けで呼んだりして、アカネが完全に俺の支配下にあるような表現ではないか!

うおおーい!何かとんでもない事になっているぞ!

俺が完全に幼女趣味の兄ちゃんになっているじゃないか!

これは、マズイ!マズ過ぎる!

何とかしなくては!

このままでは、俺が社会的に抹殺されてしまう。


「イケズウ、お前、絶対何か勘違いしているだろう?」

「えっ?それはどういうことでしょうか?」

「あのな、俺はそのアカネとは全く何の関係も持ってはいないし、カナリア達のパーティーも、たまたま冒険者としてのクエスト中に二回ほど命を助けただけだ!それ以上でも以下でもない!」

俺はその後、イケズウにこれまでの経緯や詳細な話をしてやった。


「あーなるほど、そういう訳でしたか、よくわかりました。」

「ふー、わかればよろしい。」

と俺はホッと胸を撫で下ろす。

だが、イケズウはまた違う問題フラッグを立ち上げてきた。


「それでは、こちらのお嬢様が、ヒロシ様の本当のお手付き様だと?」

とイケズウはミラージュを見ながら尋ねてきた。

「なんでそうなる!」

「いや、ヒロシ様にはそのようなご趣味があるとかでは?」

「断じてない!こいつはな…」

俺はそう言ってミラージュの事も、しっかりと説明しておいた。

そして、イケズウには、今後、俺の事は幼女には興味のないノーマルな人間であることを店に来る人間にしっかりと伝える様に依頼したのだった。


「わかりました、ヒロシ様がそんな方であるとは、私は全く思ってはおりませんでしたので、ご安心ください。」

「ホントかよ、さっきは完全にミラージュを俺のお手付き様と思っていただろう。」

「め、め、め、滅相もない、それは誤解ですから!」

イケズウは慌ててその疑惑を否定する。

俺はそれ以上はイケズウを追及することはなかった。

とりあえずはこれで俺の疑惑は解けていくだろう。


俺がこうして、『シュセン堂』で誤解を解き、店外に出たが、ダブルグレイザーはまだ、その場に膝を付き頭を押さえていた。


俺はその後、ダブルグレイザーにコンコンと説教した。

『俺は、このシュセン堂へは、『ロリコン賢者』と噂を立てられているのが嫌なので、それを調査するため目立たないように極秘で店に来たというだけなのに、お前の一言で大々的に注目を集めたことは、お前が全く、主人の事情や今回の訪問の目的を理解していない無能の証拠であり、何故、お前に大公爵騎士団長等という地位が与えられているのが不思議であると言うことと、それに加えて、俺が望んでいないのにも関わらず、街の者達に土下座をさせたことは、少なからず一般大衆が大公爵オレに対して反感を覚えたことは間違いないことであり、自分の行動が誉められるものと思って見せたあのドヤ顔は見るに耐えない、お前は平の兵士として一からやり直せ!』

と言って、本人のプライドを粉々に砕く。


ダブルグレイザーはその場で土下座をして、泣きながら俺に謝って許しを乞うてきたが、俺はさらに、奴の耳元で、

「今回のお前の一言で、俺がミラージュを連れていた事が皆に目撃されてしまい、余計に変な誤解を招く状況となってしまったぞ。俺の『ロリコン賢者』疑惑の話が街中に定着してしまったら、お前の責任だからな、覚えていろよ!どうしても、許して貰いたかったら、この街の者全員に誤解を解いてもらってこい!もし、そのやり方が悪かったりして、それが元で、俺がさらに悪い風評の被害者となってしまったら覚悟しろ!」

と言うと完全に固まってしまった。


ダブルグレイザーは自分で立つことも出来なくなるほど精神的に俺に詰められたので、部下の騎士達に肩を借りながらヨロヨロと帰っていった。


まあ、ダブルグレイザーにはちょっと可哀想かなとは思うが、この件の内容を知らない他の者に対しても、とにかく俺を怒らせたらこうなるぞと思って貰わなければならないから、彼にはある意味、犠牲山羊スケープゴートになってもらった訳だ。


まあ、異世界から来た俺が、この世界の人間にどう思われようが、本当はどうでもいい事なのかも知れないが、せめて俺の知っている身近な人間にだけは、分かってもらいたいものなのだが…。



俺とミラージュは、その後は、街の見学に回った。

案内は、中々の切れ者である、ウチの屋敷の執事の一人であるジンだ。


因みにギムレットは一応執事長として、ウチの屋敷の中の事全般を執り仕切っているが、他にもその下にジンの様な何人かの執事がいて、様々な事を分担して行っている。

ジンは頭も切れるが、腕にも中々覚えがあるようで、外出の時は、騎士団とは別に身辺警護や身の回りの事について世話をしてくれる。

それだけに、気を使わせたら脳筋のダブルグレイザーの比ではなく、比べるのもおこがましい程の優秀さだ。


なので、ジン等の優秀な執事達は大公爵家の経理や管理などを分担して行っているところがある。

なお、政務についてはまた別で、俺に筆頭補佐官を含めた補佐官の連中が何人か付いているので、俺は彼らにほぼ丸投げ状態だ。

と言うのも俺は大公爵として領地の統治に関しては元アルグレイトの領地の管理を任されているのだが、それらについては素人なので、政務に加え税務や行政、治安維持などはアルグレイトから指名された精鋭の者達が俺のバックを固めている。

何度もダブルグレイザーを引き合いに出すが、ああ言った奴は逆に少ないくらいだ。


国が平和になれば、俺のような『戦力』は次第に必要では無くなる。

そのためには俺はあまり、それら政治的な事に口を出さないようにしている。

それをしてしまえば、『軍事国家』とか『独裁政治』となってしまうからな。

だからこそ、人の上に立つ俺としては、ダブルグレイザーの様な、脳筋の癖に力を誇示し、王族とか騎士というだけで権力や威光を傘に、民衆に対して偉そうにする奴だけは許されないと思っているし、許さない。

それではまるで、この間までのウィルマジス王国と同じであり、ただ、単に頭がすげ変わっただけの話だからだ。


今回の街の見学は切れ者である政務筆頭補佐官のウェルネストの発案で、俺の外出に付け加えて、街の様子を見て、俺の目線で気付いたことを報告してもらいたいとの提案であった。

まあ、俺もエルネイアの街はそんなにじっくりと見た訳ではないので、この際に良く見ておこうと思った訳だ。

まあ、観光の一環と思えばいいだろう。

俺もそう思っていた。


だが、この見学が、この地を新しい街に進化させるきっかけとなるとは、俺はこの時思いもしなかった。


この街というか国の問題は、先ず、異世界モノのテンプレにありがちだが、生活水準の低さだ、食事に関しては美味いと思っていたが、衛生面について、非常に管理が悪かった。

特に水に関しては、川の水に排水や汚水を垂れ流していて、悪臭を放っていた。

飲料水はもっぱら井戸水だが、料理で湯を沸かす程度であり、その他に使用する水などは煮沸消毒すらせず、生水なんかはそのまま飲んでいる状態だった。

そう思いながら、水の臭いを嗅ぐと、どことなく臭う。

この世界には細菌等の観念が未だに乏しく、これまで、大規模な食中毒とか感染症等がなかったというのが不思議なくらいだ。

これは早いうちに上下水道の整備が必要があるなと思われた。

また、医療関係についてだが、水と同様で異世界あるあるを地で行くような実態であった。

医師や薬剤師等は、呪術師とか錬金術師みたいな胡散臭い奴が適当に祈祷してとか、得体の知れないものを煎じて、薬と称して高額で売り付け、飲ませたりして、効かないと文句を言われれば、身体に合わなかったのだろうと誤魔化していた。


そんな奴らに人の命は預けられないなと思った。

ここも医師は資格制度にして、しっかりとした医療形態を確立させ、薬なども効能がしっかりとしたモノを研究、開発させて、安価に供給出来るような体制が必要があった。


また、俺は痩せ細った孤児が路上に数多くいることに気付いた。

これは戦争により両親や身内を無くし、行き場を無くした子供達、いわゆる路上生活の少年ストリートチルドレン達である。

こんな時、異世界モノのラノベ等では、身寄りのない子供達は教会などの施設に引き取られて育てられている事が多く描かれているが、実際はそんな事など不可能に近い。

そもそも教会とはそんな施設ではない。

それに教会などの受け入れる事ができる子供の量など限られている。

それをするならばちゃんとした施設であり、きちんと子供達を世話して管理できる専従者が必要だ。


この世界は、学校も少なく、教育制度も確立されていない。

そんな子供は日に日に増加していて、全く国のスペックが追い付いていない状態なのだ。


戦争により親を奪われた子供達次第に増え続け、教会などで引き取ってもらえない子供達は路上で物乞いをして生きるしかない。

そして、最後には栄養失調や病気で野良犬のように道端で寂しく最後を迎えるしかないのだ。

戦争は大人の勝手な事情で行われているが、子供達はそんな大人の事情に振り回され、輝かしい未来を奪われていく。


ジンの話では、もし、引き取って貰える家庭があったとしても、そんな中には奴隷の様な、今で言えば児童虐待になるような扱いをしている者も少なくはないらしい。

公には禁止されているらしいが、他にも、子供を拐って、人身売買的な事をしている輩もいるらしく、そんな事を陰で専門にやっている者達の存在も噂に聞くという。

何とも世知辛い世界だな。


直ぐには出来ないだろうが、これらの問題を解決していかねばならないなと俺は漠然と思っていた。

これは、法整備が最初に必要だな。

あと、早急に子供の問題を何とかしなくてはな。


まあ、他にも色々と突っ込みどころがあったのだが、俺は、屋敷に戻ると政務筆頭補佐官のウェルネストに先程の内容を伝えた。

すると、彼は、

「やはり、お気付きになられましたか、ヒロシ様が御指摘なされたように、上下水道については、以前から着工の予定はあったのですが、ウィルマジスへの献金による財政の圧迫もあり、中々進めることが出来ませんでした。医療形態に付きましては、新たに医療部門の法整備と、医療の研究開発と医師免許を資格制度による取得制にして、人々が安全な医療を受診できる様に現在は、原案を作成しております。子供の件につきましては、今現在、その正確な人数を調査させております。そして、その子供達の収容施設の建設もアルグレイト様からの指示で進めております。」

と答えた。


俺は頭を殴られたような気がした。

俺は自分の事しか考えていなかった。

それなのに、彼等は既に国民全体の事を考えて動いていたのだ。

何とも恥ずかしい気持ちで一杯となる。


そんな、心境もあって衛生面については、俺の発案なのだが、先ずは度数の高い酒等のアルコールを利用した、消毒液の開発と、河川や家屋等の清掃を推進させ、街全体の衛生面を高める方向を提案した。

疫病はこの世界に無い訳ではない、ただ、人々の運が良かっただけだ。

だが、ずっと、そのような運試しの様なことをしている訳にはいかない。

そんなことをしていたら、いずれは大きな病気が街を国を襲い、未曾有の感染災害を惹き起こしてしまうであろう。

そのためにも、衛生面の監理は重要だ。

衛生面を向上すれば、疫病の防止が飛躍的に向上し、死亡者数が劇的に抑えられるはずだ。

だが、俺にはこれくらいしか言うことは出来なかったが、ウェルネストは大いに賛同し、その方向性を採用していく気らしい。


というのも、以前から、

『河川の浄化』

というものなどについては国を上げて取り組んでいたのだが具体的な方法が出ず、中々、上手くいかなかったという経緯があったようで、これは、法整備に先駆けて、我が国の喫緊の課題として取り組もうということになっていった。

そのため、仕事にあぶれた者で、やる気のある者を集め、ある程度の教養を受けさせた上で、仕事にかからせることとした。

先ずは下水道の作成と、それに伴う汚水の排出先と処分方法の確立。

また、上水道は、如何に安定して安全な水を各家庭に供給出来るかが課題となった。

山の湧き水や、井戸とはいえ、実際は雑菌だらけである。

しっかりとした上水施設は必要だ。

俺も、地球にいた頃の知識をフルに発揮したいところだったが、オタクの俺にはかなり限界があったので、ある程度のわずかな知識しか与えることが出来なかった。

これはかなり悔しい、もっと勉強しておけば良かったと今更ながらに悔やまれた。


何が【全知全能】だ!

そんなものはただ、この世界の図書館にある余り役に立たない知識をかき集めただけじゃないか!

本当に欲しい知識は俺にはなかった。


何がカレーライスが食いたいだ!

何が大賢者だ!

俺は自分の全能感に酔っていただけの大馬鹿者だったことに、今更ながらに気付く。

多くの人間の命を奪う力はあっても、多くの命を救う力は持ってはいない。

まあ、この世界で言うなれば俺は死神の様な存在だろう。


この世界を救う力が欲しい。


そんな、漠然とした、目標を掲げたとして、どうなるものでも無いのだが、ぼんやりとしたものが俺に光を差していた。



『【スキル 神の目】が【スキル 神眼 異世界の知識探求】に進化します。』


【神の導き手】さんの声が俺の頭の上で流れていた。

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