第17話 野望に向けて

俺がアルグレイトの屋敷に住み始めて、数日が経った。

この屋敷は、中世ヨーロッパの建築様式のうちゴシック建築の様式に近かった。

俺は高校生の頃、世界史専攻で、洋風の建築様式に興味があったから、異世界にもハマったんだよなあ。

別に日本の家屋が悪いというわけではない。

異国情緒に溢れた、あの外観、日本の木造建築には見られないあの重厚感、歴史を彩る数々の有名な建物。

どれをとっても俺に心地よい刺激を与えてくれた。

そんな感じで俺は、一時期ハマった、そんな洋風建築の屋敷に住んでいる訳なのだが、まあ、元々がアルグレイトの家系は王族だし、城ではないが、かなりデカイ。

建物自体は四階建ての尖塔が付いた屋敷で、部屋数もかなり多い。

それに元々ここは、執事をはじめ、多くの人間がこの屋敷て住み込みながら働いていたのだから、多くて当然なのだが…


また、屋敷がそんな感じなので、それに比例するように、屋敷が建てられている敷地の広さもかなり広く、これらの管理も大変だ。


アルグレイトがこの屋敷を出ていってからも、ここにいた使用人のうち、半分近い人間がこちらに残っていて、庭の花や植木の手入れは、それら使用人が綺麗に管理をしてくれている。


また、アルグレイトはさらに俺のために執事を筆頭に使用人や奉公人等、この屋敷で働く人間を増やしていた。

本人曰く、

「ヒロシ様は成り立てとはいえ大公なんだから、あのような宿屋住まいの感覚は捨てて、今後は貴族として振る舞って欲しい。」

と言われ、生活資金も税金でまかなわれる事になってしまった。


あー、やっぱりこうなってしまった。

面倒臭いと言っていたのは、こうなることを恐れていたからであり、自分の自由な時間が失われる事が一番嫌なのである。

それに貴族として振る舞えだと?

そんなこと知ったこっちゃねえ!


俺は俺のやりたいことをやる。


そのためには別に大公等という階級はいらない。

まあ、そんなことで、一度、アルグレイトに大公は辞めさせてくれと言ったのだが、俺がそう言うと大慌てで、

『好きなことは今後もやってもらって結構だから、それだけは辞めると言わないで欲しい』

と言われてしまった。

まあ、どうしても俺を囲い込みたいのだろう。

まあ、それも今後、俺に子供が生まれたとしても、世襲制にするのはめてもらい、俺一代限りの『大公爵職』ということで、話はまとまった。

なので、仕方なく、やっている訳なのだが何とも居心地が悪いと言うか遠慮してしまう。


俺は、基本的に小市民なのか、それとも、単に基本がオタクで引きこもりだからなのか、偉い階級や贅沢な暮らしにもあまり興味は無い。

誰にも縛られず、のんびりと美味いものを食いながら好きなことをして毎日を過ごせれば良いと思っている。

なので、俺には賢者というか仙人の様に世俗を離れて山の中で生活する方が性に合っているのだろうと思う。

まあ、元々があまり、責任感の無い男なのだから仕方がない、ある程度長く生きた俺の性格は変えようもないだろう。


そんな俺が、アウトドア派だったにしろ、インドア派のオタクにしろ、この広い屋敷の中で『大公爵』という階級に縛り続けられ、籠り続けるのはちょっと俺にはキツかった。


というのもちょっと屋敷には俺的に問題があって、屋敷の中の人間との関係に少し問題を抱えていた。

言うほど大したことはないのだが、ここの屋敷の執事はアルグレイトに使えていた執事達のうちの一人が残っていた。

名前をギムレットと言って、かなり優秀だ。

なので、俺が宿屋と同様に、ベッドでダラダラとしていると、怒りはしないが、小言をチクチクと言われる。


「貴族となられましたからには、規則正しい生活をなされますようお願いします。」

とか、食事の時も、大きな音を立てないでもらいたいとか、マナーがどうとか…


まあ、悪い奴じゃないんで、適当に相手をしているが、俺は一言言いたい。


『お前は俺のオカンか!』


なので、直ぐに外へ飛び出して行く癖がついてしまった。

まあ、そんなこんなで、今日は、この間頼んでいた、鍋や釜が出来ているか見に行く予定であった。


俺は久しぶりに、ヤーカー村にやって来た。

ゼンドワの家に行くと、ゼンドワがどや顔で出迎えてきた。


「ヒロシ様じゃねえか!噂は聞いてるぜ!なんか、色んな町や村で人々を助けてるらしいじゃねえか?!」

「あ、ああ、まあな。」

バーリンゲンのナイファートの時とは少し違うが、あまり人助けのことについて正面からあれこれと言われるのは正直恥ずかしいものだ。

なので、ちょっと照れながら答えるとゼンドワの娘のアカネが、

「父ちゃん、ヒロシ様にそんな口の聞き方をしたら失礼だよ!」

と言う。

どうも俺が、大公爵になったことを誰かに聞いたようだ。

とは言え、大公爵というもの自体がどういうものか知っているのかどうなのかというところなのだが。

まあ、アカネのレベルだと、俺はちょっとお城の偉いさんになった程度の認識だと思う。


「ところでゼンドワ、例のものは出来ているのか?」

俺がゼンドワに確認する。

例のものとは、当然、鍋や釜の事だが、鍋はズンドウ鍋と片手鍋などの鍋が数種類、釜は飯炊き用の大釜、それに包丁は菜切包丁と三徳、刺身、小型の使い勝手の良さそうなサイズのもの数本、あとフライパンは大小2つ、その他、調理用ハサミ、ボウル、お玉、ピーラー、トング、泡立て器、金属製スプーン各種そして、木製の菜ばしとまな板と計量スプーン、陶器製の皿や椀、コップ等々、調理に関して自分が必要だと思う調理器具を注文していたのだった。

なお、木製品や陶器製の商品についてはゼンドワではなく、ゼンドワの勧める木工職人や陶工に依頼してもらっていた。


「ああ、出来てるぜ!」

ズラリと並べられた製品はいずれも素晴らしい出来映えであった。


「素晴らしい!ブラボー!」

俺は感動で涙が出てきた。

今の日本なら、100円ショップ等で簡単に手に入るような物もこの世界では直ぐには手に入らない。

既製品も多少はあるが、ここの世界の人々が使用しているものと俺が求めている物とはやはり少し違う。

だから、どうしても規格というかサイズや材質など細かい部分で納得出来ない時は、オーダーメイドとなり、自分が欲しいものは全て一から注文しなければならないのだ。

それだけに、出来上がったときの感動はひとしおだ。


「ありがとう。」

俺はゼンドワに握手した。

ゴツゴツした手が、腕利き職人の証だ。

「こんなに喜んでもらえて、ワシも何だかうれしいよ。」

ゼンドワも鼻の頭を掻いて少し照れている。


「何かまた必要な物があったら言ってくれ。」

「わかった。」

俺はゼンドワとアカネに手を振りながら飛び立った。


俺は全ての道具類をインベントリに収納し、一度、屋敷に戻る。

屋敷の台所には、俺専用の調理場を増設し、いつでも料理が出来るように改築し、セッティングしていた。

この改築には助っ人が加わり、大いに助かった。

その助っ人とはこの屋敷の料理長で名前をデリオという男で、料理の腕前ははなかなかで、しかも俺が目標としている『カレーライス』の話をすると、未知の食材、未知の料理に興味を持ち、

「私も、ヒロシ様のお力にならせてください!」

と、俺の目標に賛同し、大変協力的な態度となったのであった。

まあ、料理人という人種は新しい味や美味しい料理を常に求めている、言わば、冒険者みたいなものだ。

先祖伝来の味や伝統を守る者もいるが、それだけでは歴史の波に飲まれ、取り残されてしまう。

素材も昔のものとは違って、常に新しいもの、品質の良いものに改良され続けている。

だからこそ、時代の波に飲まれないように変化を求められる。

料理の世界とはそんなものだ。


ということで、厨房の改築には、俺の指揮により厨房の横にある部屋を使って作った。

それに加え、敷地の庭の一部を潰して、今後、新しく発見するであろう食材を育てるための畑をいくつか作った。

当然ながら、ギムレットの反発はあったが、俺が、

『俺は、世界中の美味いものや未知なる料理を食べたいのだが、厨房が狭くて、調理がままならないので、広くする。また、そのためには、未だに発見されていない食材を集めたり、ここの敷地でそれらを実験的に作り増産する必要がある。』

と言ったのだった。

ギムレットは、

『そんなことをする必要は無いのでは?』

等と言ってきたので、

『俺が、今後、大公爵として、付き合う人間を招いての盛大なパーティーで食事を振る舞う際に、厨房が狭くてそれらの料理が出来なかったり、今後、加えられるであろうそれらの新しい料理が、材料が無いために料理自体が出来なくなって、客にお出しする事も出来ないような状態に陥って、俺に恥をかかせるつもりであるならば構わないが。』

と言ってやると、ギムレットは顔を真っ赤にして、

『それならば結構です。』

と言って、改築案を了承したのだった。


なので、食材などの保管場所もついでに増築し、【瞬間冷凍魔法】や【冷蔵魔法】等で長期保存できる様にした。

インベントリに入れても良かったのだが、料理人が料理を作る際に、自由に食材を取り出せる場所にしておかないと都合が悪いのでこういう形をとった。


ということで、さらに俺は自分の野望に向けて邁進する事となった。


【スキル 神の目 探索】の結果によると、『米』に似た植物は、やはりこの世界に数種類あるようで、まだまだ把握はされていない未開の土地にあるようだ。

それらも入手して、俺が目標とする『カレーライス』に最適な『米』を見つける予定だ。

それに、香辛料だが、既に存在が把握されているものと未把握のものを選別していき、米と同様、理想の味を求めて追求していく。

その他の材料としては、まず小麦粉は必要だが、これについてはパンが存在しているので問題はないだろう。

後、ジャパニーズカレーライスなら、ジャガイモと人参、それに玉ねぎは外せない。

そして忘れてはならないのが、肉だ。

魔猪の肉もいいのだが、カレーライスに合う、極上の肉も探さなければならないだろう。

カレー用の肉は、ステーキ肉と違い、脂身が多くては駄目だ。

それでは油脂が鍋の中で溶けてしまい、油でドロドロでギトギトの不味いカレーになってしまう。

ここは臭みのない赤身の肉がいい。


まあ、その辺りの情報もデリオから少しづつ取り入れていくつもりだ。


そんなこんなで、ある日、俺は、厨房のデリオを呼んだ、ある計画を実行するためだ。


「デリオ!」

「はい、何でございますか?ヒロシ様?」

「俺は今日から、食材の旅に出る。」

「やはり、この周辺の食材だけでは無理でございましたか。」

「ああ、それは以前からわかっていたことだ。俺の旅は既に決まっていたことであり、やむを得ないことだからな。」

「確かに…それでは、ご無事を祈っております。」

「うむ。」

俺は、デリオに当面の間、俺が食べるための大量の料理を作らせ、それをインベントリに放り込んだ。

恐らくは人家のない場所ばかりだろうし、野宿もしなけれはならないだろう。

まあそれも覚悟の上だ。

また野宿や食材収集に必要な物も色々と用意した。


準備が整うと俺は再び、東へ向けて空を飛んでいた。

当然だが、東の方には未だ俺以外に足を踏み入れた者はいない土地ばかりだ。


前回の時、俺は『米』以外の食材には見向きもしなかった。

だが、今回は食材という食材、料理という料理に対してあらゆる可能性を求めた旅だ。

なので、うまく行けば、かなり期待が出来る。

まあ、その間には人助けもしなきゃならんときもあるだろうが、その時はその時だ。


美味いものを食べたいという気持ちに限界はない。

どんな旅になるのか、ワクワクしてくる。


俺の伝説は今始まったのだ。

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