第14話 ヤーカー村の鍛冶師
俺が再び『シュセン堂』に戻り、店主のイケズウに話を聞きに来たのは、『トライア鉱山』の件が片付いた次の日だった。
「いらっしゃいませ、ヒロシ様、『トライア鉱山』の魔物を討伐なされたとか?」
「流石、耳が早いな。」
「いえいえ、大したことは御座いません。こちらに立ち寄られる冒険者のみなさんがヒロシ様のことをよく噂されますので…」
「なるほどな…」
イケズウは人の斡旋をしているが、基本的に冒険者ギルドのような危険な仕事は扱っていない。
どちらかと言えば使用人やお手伝いさんなどの派遣である。
だが、冒険者にも色々な人間がいる。
冒険者登録はしているものの、危険なクエストが苦手な者もいて、適当な採取クエスト等がギルドにない場合、仕事を探してこの『シュセン堂』にやって来るのらしいのだ。
ここなら、危険な仕事はまず無いし、ギルドと掛け持ちをしていても規約違反にはならないような仕事をイケズウが回してくれるので、よく利用する者もいるのだ。
規約違反になるのは、例えば用心棒のような荒事をするような仕事が該当する。
これは、本来、冒険者ギルドが受ける仕事では無いのだが。
これを専従してやられると、冒険者がみんなそちらに流れてしまうからで、それをさせないために禁止となっているらしいのだ。
何故かって?
用心棒はいざという時は大変だが、普段は特に何もなくても報酬がもらえるのと、基本的に、冒険者ギルドが請け負う商人の馬車の護衛任務のような単発のものと違い、長い期間に渡って店を守るのが仕事なので、 一定期間の賃金が保証され、三食昼寝つきというのもあり、非常に魅力的なためだ。
なので、そんな仕事に冒険者が流れるような事があってはいけないので禁止されているのだ。
また、用心棒はそういった面があるため、かなり敷居が高い。
冒険者から流れてくる者もいるが、それならば元A級以上、冒険者の経験がなければ、国の国家試験を受けて、合格しなければならない。
つまり、この国では用心棒は『護衛警備業』として資格がいるのだ。
そして、その合格率は約5%程度で、なかなか難しいらしくて、最低でも20人と試合をして勝ち抜けなくてはならないらしい。
この制度は元々ウィルマジス王国が行っていたもので、実際は実力のある兵士をスカウトするため人材発掘のための試験でもあった。
新たな人材を確保するために色々な手段を講じていたようであるが、この制度はイリノス王国でも引き続き採用されることになっていた。
まあ、横道に逸れてしまったが、俺がイケズウの所に来たのは、例の鍛冶師を紹介してもらうためだ。
「ヒロシ様のお陰で、鍛冶師の仕事もまたうまく回りそうで、何とか良い鍛冶師も紹介できそうです。」
「そうか、すまないな。」
「いえいえ、こちらこそ、では早速ですが、こちらをご覧ください。」
そう言ってイケズウは奥から一枚の紙を出してくる。
そこにはエルネイアの街にいる鍛冶師の名前が書かれていた。
「ここに書かれている鍛冶師は腕はもちろん一級であり、いずれも素晴らしい技術を持っています。後は得意な分野によって依頼先が変わる程度ですので、必要に応じて依頼されればよろしいかと…。」
「なるほど、では見せてもらおう。」
俺はその名簿を詳細に確認した。
当然、【スキル 神の目 探索】を使ってだ。
刀鍛冶や鎧兜専門、包丁等の刃物専門もいれば金属製食器の鍛冶師もいた。
そして、俺が探していたのは…
いた!これだ!
そうそれは、調理用の鍋や釜等の他、金属製調理器具全般を扱っている鍛冶師ゼンドワであった。
これで俺が欲しいものが作って貰える。
全てはアレのために…
本来ならその情報は対価を支払わなければならなかったがイケズウはお金を受け取らなかった。
俺はイケズウに礼を言って店を後にした。
俺はイケズウから教えてもらった鍛冶師のゼンドワのところへやって来た。
ゼンドワはエルネイアから少し離れた村である、ヤーカー村に住んでいた。
俺は、スキルを使うことなく歩いて移動する。
時間を気にしているのならば飛べば良いのだろうが、初めて通る道は余程遠くない限り、なるべく歩いて行くことにしている。
それは、周りを良く見れば、眼前に広がる自然の美しさや色取りどりの芳しい花や若々しい草木の匂い、体に触れる柔らかな風の感触、全てを感じる事が出来るからだ。
それは飛んでいては感じられない事であり、また、他にも理由はあるのだが…
とりあえず、俺は、ヤーカー村に向かっていた。
途中、道は整備はされているものの、結構大きな森の中を通らなければならなかった。
俺は、その薄暗い森の中を通っていた時であった。
「うわあーー!助けてくれー!」
うーん、イベント発生か?
男の声だな。
俺は【スキル 神の目 探索】と【スキル 超人 超速度等】を展開する。
襲われているのか?
探索終了と同時に現場に到着した。
まあ、音速以上の速度だからな。
人の声が聞こえる範囲なら即時だ。
そして、俺は現場を確認したが…
うーん、これは…
まあ、状況を説明すると、森を通っていた馬車を襲おうとした三人の盗賊が、逆にその馬車を操っていた女の子にボコられていたようだ。
女の子は短かめの金髪に村人が着るような粗末な服装、年の頃はカナリア達と同じか少し下くらいだろうか、多分カナリア達より強いと思う。
素手で刃物を持った男達を叩き伏せていた。
なので例の悲鳴は盗賊のものだった。
「あんた達が、私の荷物を盗ろうなんて100年早いんだよ!」
とその子が拳を挙げると盗賊達は、
ヒィー!
と声を出して、転がるようにその場を退散していく。
女の子は汚れた服をパンパンと手で払いながら何事もなく馬車の方へ戻っていく。
馬車は幌のない一頭立ての小さな馬車だ。
そんなに荷物は載せていない様だが、あの盗っ人達は一体何を盗ろうとしたんだろう。
まあ素人だな。
とか思いながら様子を見ていると、その女の子はようやく俺に気付いた。
「誰、あんた?あの盗っ人達の仲間?」
とジロリと俺を睨む。
「ははは、まさか、俺はヒロシ、この先にあるヤーカー村に用事があってここを通っていたところで、たまたま遭遇したんだよ。」
「ふーん、あっそ。私はアカネ。」
その子は余り俺に興味を示さなかったが、自分の名前と事の経緯は簡単に教えてくれた。
「エルネイアへ商品の納品に行った帰りに、ここでちょっと休憩していたらあの馬鹿者たちがやって来てね。」
「あーなるほどね。でも君、強いね?」
そう言われると嬉しいのかアカネは少し得意気に、
「まあね、アイツらが弱すぎるだけだよ。」
「そうなのか…」
「そうだよ、あんな奴ら、ウチの父ちゃんに掛かっていってたら殺されてたよ。」
「へぇー、それは怖いな。」
俺は【スキル 神の目】でアカネを『探し』た。
アカネ…女性、10歳、ドワーフ族、鍛冶職人ゼンドワの娘。気性は勝ち気、感情状態…普通。加護『水神の加護』
なるほど、ドワーフ族か、それなら力が強いし、まあ、普通の人間なら敵わないだろうな…加護持ちみたいだし。
それに、この子ゼンドワの娘か?じゃあ…
俺はスキルの探索結果を隠してアカネに話しかけた。
「ちょっと聞きたいんだけど、ヤーカー村にゼンドワという人がいると思うんだけど?」
「えっ?あんたの用事って、ウチの父ちゃんにあったの?」
まあ、当然の反応だな。
俺はそう思いながらとぼけた演技を続けた。
「あ、そうなのか、じゃあ話しは早い。俺をお父さんのところへ案内してくれないか?」
「見たところ、あんた料理人って感じじゃないよね?うーん、魔法使いとか?」
「まあ、そんな感じだな。」
「ウチの父ちゃんは料理人専用の鍋や釜とか、まあ、包丁とかもたまには作ってるけど、剣士用の剣とか、魔法使い用の杖なんか作ってないわよ。」
「ああ、わかってるよ。」
「じゃあ、何を頼みに来たのよ?」
「決まってるじゃないか、鍋とか釜だよ。」
「えっ?嘘?」
「そんなとこ嘘付く必要ないと思うけど?」
「まあ、確かに…わかった。ウチの家まで案内してあげる。でも、途中で私に変な真似しないでね。」
「そんな趣味はない。」
実年齢45歳の男が10歳の女の子に手を出したら、それはいかんでしょ。
いわゆる犯罪というやつですから。
というか俺の知っている女性の中で宿屋の女将リカルディアや国王親衛隊長のスワシュワ以外に30歳過ぎはいない、年齢が低すぎる。
何度も言うが、俺は30を過ぎた女くらいがちょうどいい。
俺の実年齢より年上とかは遠慮するが…というか神様、何卒それでお願いします。
俺は心の中で土下座する。
ついに俺まで土下座かよ。
【神の導き手】さんは沈黙を保っていた。
これは、導いてくれないのね。
まあ、考えたらそんな設定したことないし…
とか考えながらアカネの馬車に乗り、しばらく揺られているとようやく森を抜けた。
まあ、魔物も出ず、盗賊と言ってもあのようなチンピラレベルなら比較的安全な森だと言えるだろう。
盗賊と言えば、この間、イケズウが、
『最近、王都の近くで結構大きな盗賊団が出没しているみたいですよ。何でも、王都に行こうとしていた大商隊を襲ったとか…それでかなり死人が出たみたいです。』
とか言ってたなあ。
まあ、ここはどちらかというと田舎だからな、まあそんな奴等とは縁がないだろうな。
森を抜けたすぐのところにヤーカー村はあった。
村の人口は約100人程度で、アカネやゼンドワの様なドワーフ族が移り住んでいる。
ドワーフといってもパッと見は、俺達と何ら変わらない。
ちょっと身長が低い程度だ。
馬車が村の中に入っていく。
マイズカインの森近くにあったカイナド村や国境付近のイドンの街の様に町や村を守る壁や塀もなく、検問する所もない。
まあ、近くの森があんな感じだから作る必要もないのだろう。
「着いたよ!」
アカネの大きな声が響く。
そこには木造のこじんまりした可愛らしい家が建っていた。
丁寧な造りで、一応二階建てになっているようだ。
まあ、俺達にすれば小さいのだが、彼等の体のサイズに合わせて造ればそうなるのだろう。
俺は馬車を降りて、アカネの後に続く。
アカネは、家の一階に取り付けられている可愛らしい木製の扉を開け、中に入る。
俺もそれに続けて、扉の枠にぶつけないように、少し頭を下げながら家の中に入る。
「父ちゃん!ただいま!父ちゃんにお客さんだよ!」
「わかっとるわい。ちったあ静かに出来ねえのか?」
「ははは」
アカネは部屋の中にいた小柄な男に叱られていたが、笑って誤魔化しながら、家の奥に入っていった。
これが、ゼンドワか…
ゼンドワはドワーフ族らしく、身長は150㎝にも満たないが、腕周りはかなり太く。鍛冶職人らしいと言えばらしかった。
髪は茶髪で、目の色は、薄い黄緑色。
鍛冶師らしく厚手の手袋に、前掛け、そして頭には頭巾を被っていた。
「で、何だって?兄ちゃん、ワシに仕事を頼みに来たのかい?」
「ああ、鍋と釜をいくつか…こちらの指定する大きさで…」
「ふん、誰に聞いてやって来た?」
「『シュセン堂』のイケズウに聞いてきた。」
俺がそう答えると、ゼンドワは少し考えながら、
「ふん、なるほどな、アイツが俺を紹介するとは、お前さんはそれなりの人物ということだな。」
と言って頭の頭巾を外し、部屋の中にあるテーブルの席のひとつに座った。
「兄ちゃん、一体、どんなものが欲しいんだい?」
「それなんだが…」
と言って俺は、宿屋で作成していた鍋や釜の図面を描いた紙を見せる。
「これは?」
絵を見たゼンドワは、その図面に釘付けとなった。
「お、おい、兄ちゃん、これを作れってのか?」
「ああ、頼む。」
「ううむ、しかし、」
ゼンドワは唸る。
「何か面倒な事でも?」
「こんなスゲエ鍋や釜は見たことがねえ、ワシの職人魂が燃えるってもんよ!だが、実はな、ここ最近、鉱山で材料の鉄鉱石がなかなか取れないみたいでよ、こんな立派な鍋や釜、作ろうにも材料が無いんだよ。」
とゼンドワは頭を振りながら下を向く。
「なんだ、そんな事か。」
と俺が言うと、ゼンドワが顔を上げて俺の言葉に文句を付けようとした。
「そんな事かって、兄ちゃ…って、あれ?」
俺はインベントリの中から、例の『アイアンスパイダー』の素材の一部を取り出し、テーブルの上に置いていたのだった。
「こ、こ、こ、これは!!?」
ゼンドワが驚いて立ち上がる。
「『アイアンスパイダー』の素材だ。」
と俺が説明すると、ゼンドワは俺に恐々、
「ち、ちょっと、触ってもいいか?」
と確認する。
「どうぞ。」
と俺が了解するとゼンドワは直ぐに素材に飛び付く。
「こ、これは、溶けてはいるが、まさしく、あの『アイアンスパイダー』の素材!兄ちゃん!一体これをどこで?」
ゼンドワが素材を持ち興奮しながら尋ねてきた。
「あーそれは『トライア鉱山』というところで…」
それを聞くとゼンドワは目を大きく見開いて、俺を見た。
「…ってことは、あの『アイアンスパイダー』を倒したという噂の賢者って言うのはあんたの事か?!」
「えっ?賢者?あ、ああ、そうだな。」
「あ、あ、ありがてえ!本当にあの化け物を倒してくれたんだな。」
ゼンドワの目に涙が溜まっている。
余程嬉しかったのだろう。
「このまま、あの化け物が『トライア鉱山』に居着いてしまっていたら、ワシらは仕事が無くなってしまって、いずれは全員、一家心中しなきゃならんところだった。それを、あんたは救ってくれた、命の恩人だ!」
「いや、そんな大袈裟な。」
「大袈裟なことあるもんか!実際、この村でもワシの仲間の鍛冶師が仕事が出来なくなって、別の仕事に手を出したくらいだからな。」
ドワーフ族はプライドが高い。
だから仕事にも誇りを持っている。
その仕事を辞めて、別の仕事に転職するというのは、その彼にとって苦渋の決断だったのであろう。
とりあえず、ゼンドワの問題は無くなったのだった。
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