第4話 俺、キレて兵士を土下座させる
俺はカイナド村の村長アズキの見送りを受け、一路イリノス領にあるイドンに足を向けた。
地図の機能でそこまでの経路を表示するが、イドンの町までは西へ数十kmと結構な距離があった。
まあ、アズキの話によれば、カイナド村自体が森の中とは言え、森に入って直ぐのところにあるので、イドンの方向へ向かえば、必然的に魔物のいる森から離れるため、危険性も低くなり、人が通行するのにも比較的安全
なので余程の事が無い限り、魔物に襲われることはないと言えた。
しばらく、西へ向けて歩いていると、アズキが教えてくれたように、川幅が500m以上もある大きな川が見えてきた。
アズキが言っていた『アズニ川』である。
この川に掛かっている橋は、この周辺ではこれ一本だけであったが、この橋は少し変わっていた。
一見して何の変哲も無い橋であるが、これは大賢者グラビナイトが作ったという物で、『一度、森側から渡った者でないと、反対側からは渡れない』ようになっていた。
こちら側、つまり、カイナド村側から渡った者は、森の方に戻れるが、一度も森側、要はカイナド村側から渡った者でないと橋が通行を拒否し、対象者の目から橋が消滅する仕掛けとなっているらしい。
これはグラビナイトが、カイナド村の村人を守るために作ったものであり、他者を寄せ付けないための仕掛けであった。
そのため、何とかカイナド村に入りたいと、向こう、つまりイドン側から一旦、川を泳いで森側に来ようとした者がいたらしいが、『アリゲイザー』という川に住む巨大で獰猛な怪魚に喰われたらしく、それ以降は町から森へやって来れた者はいないらしい。
ちなみに上流には恐ろしいドラゴンが棲んでいるといわれる『アズニュート火山』があり、余程の事が無い限り、誰もが恐れて近付こうとはしなかった。
ちなみに『アズニ川』の『アズニ』は山の名前『アズニュート』からきている。
村長の名前は関係ない。
また川の下流は海まで繋がっているが、また別の問題があって行く者はいないという。
まあ、とにかく、それがグラビナイトが考えた橋であり、追われる者にとって最高の防御壁と言えた。
なお俺は森側から渡る者なので何ら制約を受ける事なく橋を渡る事が出来た。
この世界は、俺の考えた世界とよく似ているとは言うものの、俺自体が、その能力の設定を忘れてしまっていて、何かきっかけがあれば思い出せるというような状況であったが、それらの能力は、俺がその昔に、脳内で作り上げ、設定したチートスキルの数々なので、ひとつでも思い出せればとんでもない程の恩恵を受ける事となっていた。
そんな中で、俺はイドンという町の名前を聞いたが、全く聞いたことが無かった。
ということは、この町は恐らく設定をしていない、つまり、この世界のオリジナルなのであろう。
そういうこと。で、今の俺は、俺の考えた設定と、この世界のオリジナルの環境との狭間の中で生きていると言えた。
だが、確信を持って言える事は『俺が思い出した設定は必ず、自分の能力となる。』であり、逆に言えば設定していない事は、いくらこの世界で後付けで設定を作り上げたり、考えたとしてもそれは俺の能力にはならないと言うことだった。
とは言うものの、今のところそんな状況に遭遇はしなかった。
ということは、俺の頭のレベルが20年近く前から変わっていないと言うことなのだろうか。
だが、例えば無限収納、つまり、インベントリという言葉などは、今でこそゲームで頻繁に使われているのだが、確か、これは元々コンピューター用語であったはずだ。
俺はパソコンが出始めだった頃に、会社で使わせてもらっていたが、俺が当時そこまでのゲーム等の知識を持っていたのかどうか、よく覚えてはいなかった。
なので少し矛盾点も有りそうなのだが、その原因が何なのか、自分でもそれが何なのかわからなかった。
いずれ『思い出す』ことがあるのだろうか。
それに、村を出た俺は『今、俺が使える魔法やスキルは一体何なんだ?』ということについて、思い出すというか、もう面倒臭いので、手っ取り早く【神の導き手】に確認してみた。
するとあっさりと教えてくれた。
なんと、俺が過去に設定したスキルや魔法は現在までに、俺の脳内で何度か更新されており、新しいキーワード等は古いものと置き換えて統廃合を繰り返しているとの事であった。
スキルや魔法は、思い出すための『キーワード』があれば直ぐに思い出せるということであり、試してみたところ、まあ、当時流行っていたRPG等のゲームで使用されていた魔法は全て修得できた。
あと、俺は賢者を何かと勘違いしていたのだろうか、それとも別の話の設定とごちゃ混ぜになったのか、スー○ーマンの様な飛行能力等も持っていたり、好きだった時代劇の影響で、剣術や忍術なんかもスキル設定に入れられていた。
なので、俺はイドンの町の近くまで新たに修得した【スキル 超人】の飛行能力で飛んで行ったのだった。
ちなみに、これは魔法ではなく、スキルという認識になっていたので魔力を使うことはなかったが元々魔力も∞なので余り心配する必要も無かった。
イドンの町の近くに接近すると、国境となる場所に検問所が設けられているのが見えた。
巨大な外壁がかなりの距離に渡って設置されていた。
俺は、スー○ーマンが持つ遠視スキルで検問所をかなり遠くの場所から発見していたので、その手前で地上に降り立ち、そこから歩いて検問所まで向かった。
何故かというと、まあ、あまり目立ちたくなかったからだ。
目立つのはいつでも出来るが、この世界のことが十分にわかっていないのに、目立つことは出来る限り避けたいところだ。
下手をして、自分と同じ能力を持っている奴がいたら、それこそ命取りだからだ。
だが、そんな考えもあることがきっかけで、すぐに目立つことになってしまった。
「貴様!止まれ!」
検問所の兵士が俺に声を掛ける。
大賢者グラビナイトの装備一式を装備した俺は、どこから見てもこちらの人間だと思っていたが、そうではなかったようだ。
というか、あの危険なマイズカインの森の方角から一人でやって来たからだろう。
マイズカインの森の手前付近は危険度がEとレベルが低いのだが、さらに奥の森は危険度がAとかに引き上がる。
それに、例のカイナド村から来たとなれば村人の装備というか服装をしていなければならないのに、どう見てもそうではない賢者の服装をしている俺は、彼等にとってみればどう見ても『不審者』な訳だ。
だが、俺はこの言葉に何故かキレてしまった。
だが、いくらなんでも初対面の者に『貴様』は無いだろう。
礼儀というか言葉遣いを知らない村人ならまだしも、君達は仮にも兵士だろ?
せめて、呼ぶなら『君』とか『あなた』とかでしょ。
俺はここが異世界だとてこの言葉には容赦出来なかった。
この国境検問所は国の要衝である。
そのため、当然、配置されているのは屈強な兵士である。
立っていたのは二人で、それぞれ手には大きな槍を持ち、体格も村人のそれとは違い、筋骨隆々で身長も190cm近くもある。
続けてもう一人の検問所の兵士が俺に尋ねてきた。
「おい、お前、どこから来た?何者だ?」
さらに俺に対して『お前』とか言ってきたので、俺は『コイツら何様』と思ってしまったのだ。
なので俺はこう応えた。
「お前とは誰に言っているのだね。君達は俺にそのような口の聞き方をしてもいいと思っているのか?」
と言うとその兵士は眉を寄せながら、
「何だと?」
と俺に突っ掛かってくる。
「君のその言葉使いひとつで国が滅ぶこともあるんだぞ。国の問題を君が一人で責任をとれるのか?」
「何だと?コイツ、頭がおかしいんじゃないのか?」
「君は俺の力を知らないと見えるな…俺がどこからやって来たと思っているんだ?」
と言いながらマイズカインの森の方向をチラリと見た。
俺がそう言うとさすがの兵士も顔色が変わる。
やはり、マイズカインの森は彼等にとって恐ろしい魔物の森なのだ。
大体、初対面の者にこんな事を言われれば大概の奴は狼狽える。
「えっ?なっ?そっ、」
既にその兵士は次の言葉が浮かばないくらいまでテンパっていた。
俺は隣にいたもう一人の兵士に声をかける。
「お前達はここで一体何をしているのだ?」
と逆に俺が聞くとその兵士も慌てて俺の方を向き、
「いや、あの、私達はここを通る者に声をかけて国に害を成すものであれば、通さないか、捕まえなければならないので…」
と焦りながらも何とか俺の質問に応える。
「で、俺が、この国に害を成す者に見えたのか?だから『お前』とか『貴様』とかで俺を呼んだのか?お前達は、俺がどんな身分の者か、それをわかっていて言ってきたのだろうな?」
こういう奴等は偉いさんに弱い。
ちょっと『俺は偉いんだぞ』感を出すと直ぐに尻込みをしだす。
俺は若そうに見えるがコイツらよりは年を食っている。
だからその分、頭も回るし、口もなめらかに動く。
口でやり込める手腕は転移前の日本で鍛えてある。
『【スキル 営業マン】を思い出しました。』
なんだそれ?まあいいんだけど。
「あ、えっと、それはコイツが…」
その兵士は顔面から汗を流しながら、最初に『貴様』と言った隣の兵士にその責任を被せようとし始める。
「お前達の言動は、俺を辱しめたことに間違いはない。どちらが言ったにしろ、これは二人の責任だ…それが元で俺がこの国を滅ぼしても文句は言えないよな…」
「えっ?」
二人の顔から血の気が失せる。
魔物が跋扈するマイズカインの森からやって来た人物である。
怒らせれば、何をされるかわかったものではない。
次の瞬間、俺は外壁とは反対側の草原方向に向けて、思い出したての巨大な爆裂魔法を展開した。
ドオオオーーーンンンーーー!!!
検問所から約300m程離れた場所に巨大な炎の柱が立ち昇り、その爆心地から、凄まじい轟音と衝撃波がこちらへ向けて暴風の様に押し寄せる。
まあ見せる魔法としては結構迫力があるので、この魔法を使った訳だが、思惑通り兵士達にはかなりの効果があったようだ。
腰が抜けたようにその場に座り込む二人。
そして、呆然と炎の柱を見ている。
本当は目立ちたくはなかったのだが、兵士から言われた『お前』と『貴様』にキレてしまった。
まだまだ俺も若いな。
反省しなくては…
と思いながらも俺は二人に声を掛けた。
「おい。」
「は!はい!」
二人はその場に正座する。
とんでもない人物にケンカを売ってしまった、やってはいけないことをやってしまったという表情である。
このままでは、俺が言った通り、自分達の責任ということで、先程のとんでもない魔法を使って国を滅ぼされてしまうのではないかという気持ちがあるのだろう。
ガクガクと体が震え、精神が崩れていく。
俺はさらに言葉で追い詰める。
「俺が、さっきの魔法をこの外壁に使っていたらどうなっていたと思う?」
「はっ、はっ、はっ」
二人は過呼吸の様になってしまい、とうとう声が出せなくなっていた。
だが俺が二人に対して、
「仕方がないな、では、お前達の責任で国を滅ぼすことにしよう。」
と言うと、流石にこのままでは駄目だと思ったのか、兵士の一人が声を絞り出す。
「お、お許し下さい、お許し下さい。何卒、我々の非礼をお許し下さいませ!」
と土下座して俺に許しを乞う。
まあ、国を滅ぼすというのは当然ながら冗談なのだが、俺がその答えを教える前に、またややこしい展開になってきてしまった。
それは、先程の爆裂魔法の轟音で、外壁の内側にある待機所の方で待機していた別の兵士が、慌てて検問所の方に出てきたのだ。
「何だ、何だ、何事だ!?」
その数、約10人程度。
全員が鎧に身を包み、剣を抜いている。
爆撃があったとでも思ったのだろうか?
そして、この時、彼等が外壁を出て最初に見た状況が、先程の検問所の兵士が俺に土下座している最中であったから、たまったものではない。
本当に大変な事になってしまった。
「お、お、お前は一体、何者だ!」
出て来た兵士の一人が腰の剣を抜いた上、俺に対してやはり『お前』と言ってしまったのだ。
それを聞いた土下座兵士がビクっと反応した。
そして、次の瞬間には、その兵士に飛び掛かり、
「この人にお前と言うな!謝れ!謝れ!謝らないと、謝らないと…とんでもないことに…」
土下座兵士は暴言兵士にしがみつきクシャクシャの顔をして大粒の涙を流して泣いている。
飛び掛かかられたその兵士も何の事だかわからないため、さらに状況を悪化させる。
「コイツが何かしたのか?先程の物凄い音は一体何だ?」
別の兵士がまたもや暴言を吐く。
「だから、『コイツ』とかこの方に言うなあ~!」
土下座兵士二人はもうヘロヘロで体に力が入っていない状態だ。
『コイツ』と言った兵士が俺の所に近付いて来た。
そして、
「こら!お前!一体何をしたんだ!」
と俺の最終スイッチを押してきた。
俺は土下座兵士達に、
「おい、コイツを殺していいのか?」
と尋ねる。
すると、二人は、すぐさま俺の前に飛び出て、再び土下座して、
「お止めください、お許し下さい!お許し下さい!国を滅ぼさないで下さい!」
と懇願する。
その状況を見て、ようやくこの事態の深刻さを感じ取ったのか『コイツ』と言った兵士らが俺から、一歩、二歩と離れて行く。
その顔からは血の気が引いていた。
その姿を見て俺はようやく気付いた。
やり過ぎたかなと…俺、早く気付けよと…
俺は転移前はこの様な性格ではなかったと断言する。
多分、もう少し控えめだった様な気がする。
だが俺は、転移によって強大な力を得た事で、精神的に麻痺して『オラオラ』とか『ざまあ』的な高圧傲慢な性格になっていたのだろうか?
それとも、この世界に存在する何らかのスキル等の影響でこのような高慢な性格になってしまったのであろうか?
だが俺は、この様なめったにない展開に、これはどこまで彼らに絡んでいけるのかという気持ちも少なからずあったが、このまま突き進んでしまっては、この町を本当に滅ぼしかねない状況になってしまうと思ったため、何とか気持ちを鎮め話を進めることとした。
俺は兵士に対して、
「俺は自分の身分を証明するものは一切持ち合わせていない。だが、この国を通る事が出来るのか?」
と聞いた。
土下座兵士はそれを聞かされても、今度は偉ぶることはなかった。
頭をブンブンと縦に振ると、
「そ、そうですね、無ければ仕方がありませんね。それでしたら私共の方で身分を保証する証明書をお作りさせてもらいますが?」
とこれまた丁寧な言葉遣いに変わっていた。
もう一人の土下座兵士は、他の兵士に先程の事の顛末を説明し、自分達の言葉遣いが元で国が滅ぼされそうになっていた事を伝え、さっきの爆裂魔法が俺の魔法であることを知るや、さらに顔を青ざめさせ、すぐに俺の所に飛んできて、全員が平謝りを連発したのだった。
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