第3話 結界設置とプレゼント
翌朝、俺の名前を呼ぶ声がして俺は目を覚ました。
肉体的な疲れはなかったと思うが、精神的にかなり疲れていたのであろう。
ぐっすりと寝ていたようだ。
見たことの無い天井を見て、しばらく思考が停止したが、やがて、異世界に転移したことを思い出し、現実に戻る。
『夢じゃなかったのか…』
朝日がベッド横の窓から差し込み、鳥の鳴き声も外から聞こえている。
ようやくだが、再度、異世界転移を実感する。
「賢者ヒロシ様。」
村長のアズキがノックをして俺がアズキから提供された部屋に入ってきた。
「何だ?」
俺はベッドから体を起こしてアズキに向き直る。
こちらが入室の許可もしていないのにいきなり入ってくるとは中々礼儀を知らない無礼な奴だなと一瞬思ったが、泊めさせてもらっている身分でもあり、アズキの慌てたような表情を見て、『何かあったのか』と思考を切り替える。
「はい、実はこのカイナド村はその昔、大賢者グラビナイト様が住んでおられました。」
とアズキが話を切り出したが、以前住んでいた賢者など俺にはあまり関係ないと思ったがとりあえず話だけは聞くこととした。
「ふーん、大賢者か。それで…」
「はい、この村はご覧の通り魔物の住む森に近くというか、村自体が魔物の棲む森に一部かかっていて、普通、人間が住める様な土地ではございません。ですが、私達はそのグラビナイト様の張られた結界のお陰で
「なるほど、それでか…」
俺はこの村が何故この魔物が大量に跋扈する様な辺ぴな場所にあるのか不思議であった。
「はい、ですが、つい先日、その結界が魔力を失い、消滅してしまったのです。」
「何と?それは本当か?」
そんなことになれば、この村が大変な事になるのは目に見えている。
驚かない方が不思議だ。
「ええ、ですから、その事に気付いたのか、ゴブリンどもがこの村に現れるようになってきたのです。」
俺はアズキが何か奥歯に何か挟まった様なしゃべり方をしている事に違和感を覚える。
「何が言いたいのだ?」
「えっ、あっ、あの、」
アズキは突然、俺の前に再び土下座する。
「ヒロシ様!あなた様にこの様な片田舎にいて下さいとは申しませんが、何卒、大賢者グラビナイト様が張られた様な魔法結界をこの村に張り直しては頂けないものでしょうか?!もちろんゴブリンを討伐してもらった上に、この様な勝手な申し出をすることはヒロシ様に大変失礼であるのは重々承知しております。ですが、まだまだあの森には魔物がたくさん住んでおります。なので、このまま結界が無い状態では、この村はいずれ魔物に飲まれてしまうでしょう。ですから、何卒、何卒…結界を村に…」
アズキは床に額を擦り付ける様にして俺に頼んできた。
俺は何も鬼ではない。
反対に、人に頼まれれば断りきれない性格である。
それに、実は村長から『結界』という言葉を聞いた瞬間に【特殊魔法 結界設置】を思い出したのだった。
「ちっ、仕方がないな。」
俺はこのカイナド村に結界を張ることにした。
これは、範囲及びそこに出入りする人間をあらかじめ指定して、それ以外の者は入ることが出来ない仕様になっている。
また、悪意のある者や、犯罪者(凶悪なもの)等、村にとって問題がある者達も立ち入ることが出来ない。
さらには強力な魔法や物理攻撃も弾く程の強さを誇る。
「で、では…」
アズキが顔を上げる。
そこにはわずかに期待を含む表情が垣間見れた。
「ああ、やってやるよ。」
俺はニヤリと笑顔を見せて立ち上がった。
「あ、ありがとうございます!」
アズキが再び頭を下げる。
俺は一張羅のカッターシャツを羽織るとアズキの案内で村の真ん中にある井戸までやって来た。
井戸の回りにはこの村の住民と思われる者達が集まってきていた。
恐らくアズキが、賢者が村にやって来たと触れ回ったのであろう。
しかし、ここに集まっている村人は多目に見ても30人ほどしかいない。
「他の村の者は?」
俺はアズキに尋ねる。
「これで全員でございますが、何か?」
「いや、そうか…」
俺はこの村の現状が悪くなっていることを理解した。
多分、結界が失われた事により、魔物が幾度となくこの村を襲い、村人の命が奪われたのだろう。
これは急がなくてはいけないな。
俺は結界設置の呪文というか、普通に日本語で、
「結界設置、村内に立ち入れる者は村人、またはその関係者とする。許可の無い者、悪意のある者、犯罪者等、この村に害を成すものの立ち入りを禁じる。もし、その禁を破り入ろうとした者は死の呪いを受ける事とする。」
と言った。
すると、俺の体から不思議な光が溢れ出て、村を包み込んだ。
「おお!」
「凄い!」
村人の驚く声や歓声が上がる。
「ありがとうございます、ヒロシ様、私には何を言っておられるのか全く理解ができませんが、村を結界が覆ったことはわかりました。」
とアズキが俺に近付いて来た。
他の村人には【日本語】は全く聞いたことがない言葉であるため、魔法の呪文に聞こえるだろう。
「ん?」
アズキが、その場に膝を付き、神に祈るように両手を組み合わせて頭を下げる。
「おいおい…村長、」
村人達の前で、アズキが俺に祈るような格好をしたので、俺が止めさせようとした。
だが、それはアズキだけではなかった。
村人全員が俺に向かって祈るように頭を下げていた。
「賢者ヒロシ様、あなた様の御慈悲に感謝します。あなた様は私達の救世主です。この御恩は村人一同、終生忘れることはないでしょう。」
アズキがそう言うと、村人達も口々に、
「ありがとうございます。」
を連呼した。
まあ、確かにこの様な危険な森では結界無しで生活を続けるなど、無謀でしかない。
だが、彼らにはこの村、この森以外に行くところはないのだ。
それを考えるとこのような行為をしてしまうのも仕方がない。
だが、俺としてはかなり恥ずかしいので、すぐに村人達を立たせようとした。
中々立ち上がろうとしなかったので苦労したが、アズキを立たせて、他の村人を立たせる様に指示するとようやく、全員が立ち上がった。
「ヒロシ様、少しお話が…」
アズキが家に戻りながら、俺に話をしてきた。
また、頼み事か?と思ったがそうでは無いようであった。
「実は、大賢者グラビナイト様は亡くなられる前、『私の結界の魔力には限りがある、もし、この地に別の賢者が現れ、私の代わりに結界を張り直してくれる事があれば渡して欲しい。』と言われたものがありまして。」
と言ってきた。
「渡したいもの?」
何だそりゃ?と思いながら、それが保管されているという場所に案内された。
そこは、村の共同の建物らしく、木造平屋の建物で中はいくつかの部屋に分かれていた。
アズキはその一室に入る。
鍵などは無い。
村に物を盗むような奴はいないのだろう。
まあ、さっき俺が犯罪者に死の呪いがかかるように結界を設置したから、今後、そんなことをする奴がいればとんでもないことに なるだろうが…
アズキが部屋の奥に入ると、部屋の隅の方に木製の箱が置いてあった。
しっかりとした造りで、箱の角は金属の補強が為されていた。
だが、これにも施錠はされていない。
「中には何が?」
「いえ、わかりません。鍵は掛かっていないのですが、私共では開けることが出来ないのです。」
「そう言うことか。」
俺は、この箱に魔法で開けられないようにしてある事を理解する。
すると、あることを思い出す。
『確か、解錠の呪文とか設定したかな?』
と、思った瞬間、
『【解錠呪文】取得しました。』
と頭の周辺で声がした。
はいはい、ありがとさん。
アズキの方を見たが何の反応もない。
恐らく、アズキには【神の導き手】の声は聞こえていないだろう。
俺は今度も日本語で、
「『開け』」
と言うと、箱は一瞬だけ光を放って元に戻る。
俺は静かに箱に手を触れる。
すると、箱は音も立てず静かに蓋が開く。
「何だこれは?」
中には濃紺の布生地が入っていた。
俺はそれを手に取り拡げてみた。
「ローブか…」
よく漫画や映画の中で魔法使い等が着ているのを見た事がある。
他にもこの世界では高級品と言われる様な衣服や靴の他、金貨や銀貨等の通貨が大量に入った革袋も入れられていた。
そして、一番下に手紙が入っていた。
俺はそれを手に取り中を見た。
こちらの文字で書かれているが、俺には【スキル 異国言語理解】があるので、どんな文字も日本語に見える。
『私はグラビナイト、この手紙を見ているということは、あなたが再び結界を張り直してくれたのであろう。まずは消えた結界を張り直して貰ったことに礼を言う。この村の者達は、私が連れてきた者達であり、戦争から国を追われた者達である。住む場所が奪われたためこの様な魔物が現れる様な所に住まなければならなくなってしまったのだ。あなたにも自分の人生があるだろうから、この村に残ってくれと無理は言わないがこの村の事を忘れないで欲しい。あとささやかだが私のプレゼントをもらって欲しい。あなたのこの先の人生に祝福を。』
俺が手紙に一通り目を通すと、手紙が一瞬で炎で包まれた。
全く熱くはなかった。
それどころか、その手紙の代わりに手元に一冊の本が変化して現れた。
小さな本であったが、表紙には【魔法全鑑】と書かれていた。
『これは俺の設定に無かったな。』
とりあえずこの本は後で中身を確認することにして、俺は有り難くグラビナイトがくれた物を身に纏った。
ローブは魔法が掛けられているのか、暑くもなく快適である。
全てこちらの世界のものに着替えると、今まで着ていた物は全てインベントリに収納する。
俺は建物を出ると一旦アズキの家に戻り、食事を取る。
そして、アズキからこの村や周辺の事をよく聞いた。
この村は、基本的に自給自足の生活をしており、他の街とはあまり交流はないとの事であった。
だが、生活必需品はここから一番近いとされるイドンの町にいかなくてはならないようだった。
イドンはイリノスという領地にあって、その辺りはウィルマジスという国が治めているらしい。
俺の地図にもその名前が表示されていた。
イリノス領は比較的領主が温厚であり、国の支配を受けていない治外法権的なカイナド村に対しても友好的に接してくれている様子であるが、ウィルマジス国自体はそうでもなく、税の取り立ても厳しく、場所によっては国境付近で他国と激しく争っているところもあるらしい。
ここのカイナド村には、その様な戦渦からグラビナイトにより救い出された人々が、争いの無い場所としてこの森に連れてきてもらったとの事だった。
「【チュートリアル】!」
『どうしましたか?』
俺は旅の序盤ならチュートリアルの機能は対応するだろうと踏んで【チュート】さんを呼び出した。
「次の目的地を示してくれ。」
『次はイドンを経由しイリノスの中心地の街エルネイアに向かう事をお勧めします。』
「はあ、やっぱりイリノスか。」
結局、俺はこのへんぴな場所にあるカイナド村を出ることにしたのだった。
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