第2話 オッサン賢者森を抜ける

俺が『マイズカインの森』に転移して、三時間は経っただろうか。

普通、ライトノベルなら、転移後、直ぐにエルフの美少女とかお姫様とかが襲われているのを助けるというのが鉄板なんだが、流石にこんな魔物がいる森のど真ん中で人がうろついているはずもなく。

ただただ寂しく鳥の鳴き声を聞いているだけであった。


よーく地図画面を見ると、【チュートリアル】の【チュート】さんが言う通り、奥などはかなりレベルの高い魔物ばかりが跋扈している森であった。

なので、魔力量がいくら高くても使える魔法がそよ風じゃ倒せる相手も倒せまいということで、最初は防御について何かいいスキルはなかったかと思い出すことにした。


そして何か、強力な防御壁をイメージしていたら、【自動絶対防御】というスキルが頭の中で浮き上がる。

どんな攻撃でも自動的に防御してくれるという有難いスキルで、自分が意識しなくても無意識に発動するようで、かなり重宝するスキルであった。


ということで、ある程度、自分を守るスキルの入手は終わったが、インベントリには食料が入っていないし、このままじっとしていても餓死を待つばかりなので、ここから移動することにした。


だが、はたと気付いた。


で、俺はどこへ向かえばいいのだろう。

それに、その目的地で俺は何をすれば良いのだろう。

今のところ何も目的がない。

異世界で生き延びるにしても目標とかが無ければそれはただの生きる屍である。

『生きる屍』と言えば、ある意味アンデッドよりたちが悪いかもしれない。

アンデッドなら『人間を襲う』ということで確固たる目的というか宿命がある。

何にもないというのはただ生きているだけの動物と同じであり、精神衛生上、体にも良くない。

とりあえず人間でも襲うか?

いやいや、一応、職業が賢者ってなっているで賢者らしいことをしなくてはいけないんだろうけど、そもそも賢者っていうのは一体何をすればいいんだ?


普通、何でも知っていてこその賢者だが、俺はこの世界の事は全く何にも知らない。

何も知らない者が賢者を名乗って良いものなのだろうか?


だが、今、ここでの一番の目的は『この森を脱出する』というのが最大の目的なので、とりあえずは近くの町か村に辿り着いてから考える事にした。


『ここから一番近い村『カイナドの村』はどうでしょうか?』

早速、【チュート】さんが案内をしてきたぞ。

村が近くにあるという情報は有難いが、先程地図を確認して20㎞四方には民家が無いことを確認している。

なので、それ以上離れた場所にあるということだけはわかっていた。

「45過ぎのオッサンに徒歩で歩かせるとなると結構キツいぞ!」

と言ったが、先程のステータス画面の年齢で18歳となっていたのを思い出す。


まさか、俺、若くなっているのか?

そう思いながら、カッターシャツのボタンを外し、自分の肉体を確認する。

うおー、あれだけ脂肪が巻き付いていた腹が何と言うことでしょう、スッカリ贅肉が無くなり、腹筋バリバリスリムボディになっているじゃないですか!

鏡が無いのでよくわからないが、恐らく顔もほっそりとしている様な感じだ。

俺はそれを見て確信する。

「45歳は訂正だ、18歳ならばこの森を抜ける事は可能だろう。」

と…


俺は迷うことなく【チュート】さんの指示する方向に歩いていく。

信じるものは救われるだ。


地図画面の中央に赤く光る点が点滅している。

これが自分の今いる場所だ。


森を通っている間中、何か色んな魔物が襲ってきた。

危険度が低級のためなのか、やってくるのが主としてゴブリンやウルフ、魔猪で、それも

これらの魔物も集団で来られれば、ちょっと面倒くさい存在なのだが、有り難いことに、いずれも単発でやって来ていた。


そして、全ての個体は【自動絶対防御】の強力な防壁のお陰で自滅の一途を辿っていく。

学習すれば良いのだろうが、頭が悪いのか彼らは全てが防壁に全力で体当たりをし、交通事故で頑丈な壁とぶつかったような格好となり、衝撃のため全ての魔物が瀕死状態となっていた。


お陰で最後のとどめを刺すのは楽であった。

移動中に思い出した土系統の魔法『ザ・ロック』で大きな岩石を空中に作って、彼等に落とすだけという、至極簡単な方法でやっつけていった。

その最中に、

『素材を採取しますか?』

との案内があった。

案内によると、この世界の魔物は、人類にとっては脅威の存在であり、それだけに、その素材を採取すると高価な値段で取引してもらえるらしい。

当然ながら無一文の俺は、迷わず素材を剥ぎ取る事にしたが、ナイフも無ければ包丁もない。

剥ぎ取りの道具が無いのでとりあえず、追加で思い出した水魔法『水分操作』で魔物の体内から血抜きをしてインベントリに収納した。

まあ、慌てる事はない、素材は村で買い取りをしてもらう時に解体してもらうか、買い取りをしてもらった金でナイフでも買ってから剥ぎ取っても良いだろう。

この調子で、魔法を思い出していけば村に付く頃にはそこそこ魔法が使える賢者くらいにはなっているだろう。

だが、思い出したが使っていない魔法もある。


火魔法だ。


土系統の魔法と違い、こんな森の中でついうっかり火の魔法なんか使ったら、とんでもない規模の森林火災になってしまうかも知れないので、思い出すことは思い出したが使用は控えている。

まあ、野宿する時に焚き火をしたり、肉を焼いたりするくらいには使おうと思っているのだが、上手く調節が出来るかどうかも見ておきたいので、出来る限り開けた場所で試すつもりだ。


しかし、どれくらい歩いたであろうか、肉体の強度が高いためなのか、疲れや空腹は余り感じなかったが、同じ様な景色の森の中をずっと歩き続けるのは精神的にかなりこたえる。

それに、もう辺りは真っ暗で光魔法が無ければ足元の障害物で転倒しまくっているだろう。


「もう、10時間以上は歩いているぞ。」

腕時計やスマホの時計はこの世界に入るなり停止していたため、全くその用を成さなかった。

とんでもない事に巻き込まれたと今更ながら感じる。


だが、捨てる神あれば拾う神ありとは良く言ったものである。

遠くに村のものと思われる灯りが見えてきた。

余り整備もされていない様子であり、村というよりか集落と言った方がいいだろう。

だが、近付いてみると、外敵からの侵入を防ぐため、村の周囲には板壁が張り巡らされ、入り口前には見張りの者が数人立っていた。


俺はその見張りに声を掛けようとしたが一瞬、躊躇した。

こんな森の奥からやって来た人間を見て、怪しまない奴はいないだろうと思ったからだ。

だが、村へ入るには彼等に声を掛けなければ絶対に無理なことはわかりきっているため、俺は勇気を振り絞り、彼等のうち、一番自分に近い場所にいた男に声を掛けた。


「あのお…」

俺が声を掛けると、そこにいた男が体をビクッとさせてこちらを見る。

まあ、音もさせずに真っ暗な森の中から近付いたもんだから驚くのは仕方がない。

森の魔物に気付かれないようにしていたら、【感知不能】のスキルが発動していたのだ。

これは、敵などに見つかりにくくするためのものらしい。


「$%"~&!」

一人の村人が驚いて腰を抜かす。

だが、当然ながら言葉は異国語だ。

しかし、その時、

『【スキル 異国言語理解】を習得しました。』

とのお言葉。

やること速いなー。


ここに立っていた男達は、門番と言っても、凄腕の兵士ではない。

ただの村人が交替番で入口に立っているだけなのだから、戦闘術や兵法どころか持っている棒で戦う技すら知らないだろう。


その声を聞き、近くにいた門番の村人二人が、腰を抜かした男に駆け寄り、持っていた棒を俺に向けて尋ねてきた。


「だ、だ、だ、誰だ?!」

完全に腰が引けている。

そんなに怖かったらこんな村に住まなきゃいいのになあと思いながらさらに声を掛ける。


「怪しい者じゃあないんだけど…」

と言ったところで、全員、手ぶらで森の中から出てきたこの俺を、不審者と見ているのは火を見るより明らかだ。


なので、俺は極力、相手を刺激しないように、ゆっくりとした口調で話しかけた。


「あのぉ、俺、ここにいるんで、村長か誰か、話が出来る方と会わせて貰えないか?」

「な、な、何?村長だと?お、お前は一体、何者なんだ?どうしてあの森から?」

男の一人がビク付きながらも俺に問い掛けてきたので応える。


「俺はヒロシ、森からやって来た。まあ、職業は賢者としか言えないんだが…」

「け、賢者様?!」

男は俺に向けていた棒をすぐに下げ、頭を下げた。


賢者様だと?

この態度を見る限り、この世界では賢者はかなり立派な印象を持たれていると思われた。


直ぐに男の一人が村の入口の戸を開けて中に入っていった。


そして、しばらくするといかにも村長とおぼしき高齢の男性が中から現れた。


「あんたが村長か?」

俺が先に尋ねた。

「そうです。私はこのカイナド村の村長でアズキと申します。この者達から聞きましたが、あなた様は賢者であると申されたと聞きましたのでな。まことならいいのですが、嘘ならばあなた様を捕まえなければなりません。」

「なるほど、で、俺にどうしろと?」


確かに、いきなり森の奥から現れた若造が『俺は賢者だ。』と言っても直ぐには信用は出来ないからな。

ならば、実力を示すだけと言いたいところだが、彼等に何をもって賢者と言わしめるのかを聞いてみた。


「賢者様は大きなドラゴンになれるとか聞きましたが?」

は?

村長の質問がぶっ飛んでいた。

ドラゴンになれるかだと?


「そんなものになってどうするのだ?何か意味があるのか?」

「あ、いや、賢者様は何でも出来ると聞きましたので、もしやと…」

アズキもそれを言った後で、自分自身バカなことを言ったと思ったのだろう。

ちょっと恥ずかしげに下を向く。


「賢者はそんなバカなことはしない。それは愚者がすることだ。」

「はあ、そのようなものでしょうか?」

「当たり前だ。賢者を一体何だと思っているんだ。それよりもお前達、何か困っている事とかはないのか?」

と結局、俺が相手に質問をしていた。


すると、少し考えていた村長が俺に話をしてきた。


「じ、実は、この森の奥にゴブリンが住んでおりまして、私共の村を度々襲ってきては村の者に怪我をさせたり、村の食料を奪っていくのです。」

と話してきたのだ。

ほうほう、それは確かに、鉄板中の鉄板みたいな話ではないか。

「賢者様なら何とか出来ますでしょうか?」

「ふん、そんなことか。」

「えっ?そんなこととはどういう?」

俺は、先程からインベントリに放り込んでいたゴブリンの死体の山を放出した。

ここに来るまでの10時間の間に狩りまくったゴブリン達どもだ。

他の魔物とはインベントリ内で選別して、ゴブリンだけ出していた。


「ざっと150匹はいるかな。先程、森で駆除しておいた。」

そのゴブリンの山を見るなり、村長の目から涙が溢れ出る。

そして、ヒロシの前でひれ伏した。

横にいた門番の男達も同じ様にひれ伏す。


「おおお、賢者ヒロシ様、お許し下さい。お許し下さい。私はあなた様を疑っておりました。この様な恐るべき力を持たれた方とは露知らず。無礼な態度を取ってしまいました。どうか、どうか御容赦を!」

村長も門番の男達も涙を流し、体を震わせている。


森の奥からここまで歩いてきた俺的には、既にゴブリンなどは雑魚魔物となっていた。

だが、【神の導き手】の話によると、この村にとってゴブリンは、村を襲い、食料を奪う恐ろしい魔物であり、その数と凶暴性は他の魔物と比べて類を見ないらしい。


とにもかくにも、俺はそのまま村の中へ入らせてもらう事になった。


まあ、そんな村なんで、ちゃんとしたとは言い難かったが、寝床を確保できた事はラッキーだった。

飯も粗末なもので、森の中で採取される芋とか果実とかであったが、有り難く頂いた。

代わりに倒した猪を渡してやるとまた涙を流して喜んでいた。


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