第8話

 私は夏が来るたびに死んでしまいたい気持ちになった。

 毎年の誕生日が近くなると、鬱状態になり寝込んでしまうことが多くなった。最後の手紙と婚姻届けはずっと捨てることができなかった。燃やしてしまえばラクになれる、だが庸二さんの思いを捨てたり燃やしたりすることなどできるはずがない。


 一緒に市内のドライブをした場所を通ると過呼吸で苦しくなることに気がつき、心療内科に通院をした。カウンセリングは三年ほど続けたが、そんなに効果があるようでもない毎日。

 私は大学を最低の単位と出席日数で卒業すると、市内の小さな広告代理店に就職することができた。これもやっとのことで、留年するなら中退でも良かった。

 庸二さんの後を追って自殺することを選ばなかったのは、おそらく庸二さんに怒られるからだと私は思う。あちらに逝ったとしても、会えるとも限らない。叱られるだけだ。悪いことをした人は地獄に行くと蜘蛛の糸にあった、子供の頃に読んで覚えていた。


 きっと今を生きろと言うだろうから。あの人はそういう人。

 庸二さんは中学の教師を辞めて、予備校の講師をするつもりだったと後で聞いた。教え子だった私と結婚すれば学校にいることが厳しくなるので、転職をするつもりだったと葬儀で親しかった橋井先生から聞いた。

 なのに、私が死んだら? 庸二さんの死を無駄にしない、逆に、百歳まで生きてやると思った。庸二さんだけを愛している自分だけがいれば、庸二さんは残ると信じて。いくら鬱で寝込んでも、何も食べなくても死なない。私は体重を十キロほど落としてしまったが、心は図太くなった。

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