第5話

 そのとき、神社の奥の方から懐中電灯の明かりが見えた。

「見つかったか?」

 庸二さんは私の手を取り、全力で山門に向かって走り出した。私はサンダルを履いている。走れるはずなんてないのに、何度も転びそうになって懸命について行く私の顔を見てまた笑う。

「何がそんなにおかしいの?」

「お化け屋敷は去年で終わったんだよ、今年は壊してもうないのさ。今は展望台に改装中だって」

 今はそんな会話をしている場合ではない。後ろから警備員か神社の職員が私たちのことを追いかけてくるのに……。


 なんとか逃げ切った私は帰りの車の中で、少しだけ笑った。でもそのとき19歳だった私の中でこの夏が一番好きだった。あんな出来事さえなければ。

 庸二さんは29歳。出会った時は二十五歳だった。今もあの頃と何も変わらない。銀縁のめがねに、ツーブロックの短い髪型、教師のくせに。

 後でわかることだけれど、庸二さんは教師を辞めるつもりだった。

 私も庸二さんもお互いに本当の気持ちをこのときぶつけておけば、手紙の中に何が入っているのか聞いておけば。後悔することになろうとは、このとき思うはずはない。ひと夏の思い出はあまりに苦い、毒薬だ。私の誕生日さえなければ。

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