第23話 手がかり

 サナと一緒に歩く道中、俺は身体を小刻みに震わせていた。全身はずぶ濡れで、前髪からはしずくが滴っている。寒くて凍え死にそうだ。


「武者震いですか? 安心してください、私が居ればどんな敵でも打ち任せてやりますよ!」


(何をどう見たらこれが武者震いに見えるんだ?)


 結局あの後、「せっかく来たんですし、とりま打たれてみません? 滝?」という謎の言葉とともに、俺は半ば無理やり滝行をさせられた。今なら断言できるが、滝なんてものは、とりま打たれてみるもんじゃない。全身からは力が抜け落ち、こうやって歩くだけでも精一杯だった。


 そんなこと考えているうちに、俺たちは目指していたギルドへ到着した。時間も経ったことだし、もうそろ新しい依頼が来ているだろうという話になり、ここまで戻ってきたというわけだ。


 まだ昼だというのに、相変わらずギルドの中は薄暗く、人で賑わっている。


(この人達は普段どんなことをしてる人たちなんだろう)


 そんなことが頭によぎりながら、人の間を縫うように受付へと向かっていった。


「ようお前ら!」


 突然後ろのほうから聞き覚えある声が聞こえてきた。


「お兄ちゃん!」


 後ろを振り返ると、四人がけのテーブル席でポツンと座るアーベルトさんの姿が見えた。片手にはビールジョッキを持っている。


(なんでこんな真っ昼間から飲んでるんだよ……)


「あっ……どうもこんにちは」


「なんだ坊主? やけに元気が無いぞ? それに、どうしてそんな濡れてるんだ?」


「ははは……」


 アーベルトさんはそんなことを話しながら、ジョッキに入ったビールを一気に飲み干した。顔が火照っているところを見ると、かなり前からここで飲んでいるのだろう。


「またそんなに飲みすぎちゃって……あっケイトさん! 私向こうで依頼に空きがあるか聞いてきますね!」


 サナはそう言うと、小さい歩幅でトコトコと受付の方へ走っていってしまった。頼む行かないでくれ、俺独りで酔っ払いの相手はきつすぎる。


 俺はひとまず、席が空いてることを確認した後、アーベルトさんから見て正面の席へ向かい、ゆっくりと腰掛けた。


 そして正面を向くと、ジョッキを置いたアーベルとさんと目が合った。


(そういえばこの人と二人っきりになる機会って今まで無かったよな……)


 そんなことがふと頭に浮かび、前からずっと気になっていたことを聞いてみることにした。


「あの……」


「ん? どうした」


「……前に4人で集まってご飯食べたとき、マキと二人でなにか話してませんでした?」


 そう話した途端、さっきまで気の抜けたアーベルトさんの顔が、急に涼しい顔へと一変する。


「なんだ……聞いてたのか」


「あっ、えっと…………すみません。好奇心でつい……」


 突然会話の雰囲気が変化したのが伝わってきた。声色も少し重い。


「……確か不正なシワケが生まれたとか。マキから聞いたんですけど、確か不正って経営者が会社の利益を不当に大きく見せることですよね?」


 あの時ドアの前で聞いた二人の会話を思い返しながら、そう問いかけた。


「……よく知ってるな。ほら、前に売上取引のシワケを斬ったことがあったろ? あの時のシワケの中に、どうやら不正から生まれたものが紛れ込んでたらしいんだ」


(売上取引……確かキノコのシワケを斬ったときか。そういえばあの時のマキ、なにか言いたそうにしてたな……)


「マキーナさんは特殊な能力の持ち主でな。不正によって生まれたシワケを判別することができるんだ。……まあ本人曰く精度はそこまで高くないし、あくまで疑惑があるってところまでだけどな」


「そうだったんですね……」


「……ところでお前、このことについて他の誰かに話したりしたか?」


 空になったジョッキをテーブルにゆっくり置いた後、どこか鋭い眼差しを向けながらそう話しかけられた。


「えっ……? いえ、まだ誰にも……」


「そうか……」


 アーベルトさんはそう言った後、姿勢を少し正して黙り込んでしまった。なにか考え込んでるように見える。そうして少しの沈黙が訪れた後、再び口を開いた。


「……実はマキーナさんの居場所が分かったんだ。どうやら一連の不正を隠そうとする連中に、身をさらわれたらしい」


「えっ……!」


 アーベルトさんの口から出た衝撃の言葉に、思わず席を立って彼の方へと身を乗り出してしまった。


「それって本当なんですか!?」


「ああ……実はすでに準備は進めててな。明日にはマキーナさんを助けに、敵の本拠地へ出発する予定だ」


(その話が本当ならマキが助かるかもしれない……)


「あのっ……! 俺も一緒に連れて行ってくれませんか?」


 俺は気づけば反射的に、その言葉を口にしていた。マキが助かる可能性があるなら、少しでもそれに貢献したい。そんな思いを持ちながら懇願した。このチャンスを逃してしまったら、もう次がない予感がしたのだ。


「ああもちろん。そうしてくれたほうがマキーナさんも喜ぶだろう。いいか? この作戦はとても危険だ。絶対誰にも言うんじゃねぇぞ? 特に妹を巻き込むわけにはいかねぇんだ」


「ギルドにも言ってないんですか?」


「ああ。今回はお前と俺の部下にしか言ってねぇ。他の奴らにはマキーナさんはしばらくこの世界に来ないって伝えてあるからな。ひとまず、明日準備ができたらギルドが開く頃にまた来てくれ」


 そう言い残すと、アーベルトさんは空になったジョッキをテーブルに置いたまま、席を立って出口の方へ向かって行ってしまった。


(明日って、こりゃまた急だな……)


「ケイトさーん!」


 そんなことを考えていると、アーベルトさんが去っていった逆の方向から、可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。声の方向を振り返ると、しょんぼりした表情を浮かべたサナが、ちょこんと俯きながら立っている。


「依頼やっぱまだ受注できませんでした……ってあれ? お兄ちゃんもう帰っちゃったんですか?」


「ああ……そうだな。」


「えー……それは残念です。あれ? もう! お兄ちゃんたらカバン忘れてる!」


 サナのその言葉を聞いて見てみると、さっきアーベルトさんが座っていた椅子の下に、黒っぽいカバンが放置されていた。酔っ払ってたということもあってか、どうやら忘れていってしまったらしい。


「まあとりあえず、依頼が無いなら、ひとまず今日はもう帰るか」


「えっ! ちょっ、もう帰っちゃうんですか~!」


 俺は明日の準備をするために、一旦家に戻ることにした。

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