第20話 真相
俺があの洞窟を訪れてから3日が経過した。マキがいなくなった事実を受け入れられなかったが、全身の負傷が酷かったため、今こうしてマキの家のベッドで安静にしている。
「入りますよ~? ケイトさん、体調はどうですか?」
ベッドで横になってる俺の背中越しから、可愛らしいサナの声が聞こえてくる。
「ああ……なんとか落ち着いてきたよ。今日は雨なのに、いつもありがとうな」
「えへへ~♪ どうです? 私、結構回復魔法には自信があるんですよ~!」
ここに運ばれた直後はまともに歩けなかったが、こうやって合間を縫ってサナが身の回りの世話をしてくれるおかげで、順調に回復している。
だが、どんなに優秀なサナの回復魔法でも、心の穴までを埋めることは不可能だった。そんな俺の内面は悟られまいと、背中越しで彼女との会話を続ける。
「あれからどうだ? たしかアーベルトさんがマキのこと探してくれているんだろ?」
「はい。……でもまだ見つかってないみたいです。……無事だといいですね、マキーナさん」
「そうか……」
結局あれからマキの行方は掴めていない。もしかして現実世界に帰ったのだろうか? いや、あいつが俺に黙ってそんなことをするはずがない。アイツはいつだって俺にしつこいほどつきまとっていたのだから。
「すまないサナ……これは全部、俺が悪いんだ」
「えっ?」
初めてこの世界に来た時に聞いた、マキの言葉が頭をよぎる。
――会計っていうのはただ暗記すればいいってものじゃないの。形式面に囚われず、実態を反映して仕訳は切られるわ。これだけは絶対に覚えておきなさい!
「……俺がきちんとリースの取引を理解していれば、あんなことにはならなかったんだ。実際、リースを予習する機会なんていくらでもあったし、アーベルトさんの説明すらも面倒くさくて適当に流してたからな……」
そう、今回の事件の引き金を引いたのは、紛れもなく怠惰な俺自身だ。思えば俺は、形式的な知識を身につけて安心したのか、周りには斜に構えた態度を取り続けてしまっていた。後悔しようにもしきれない。どうすれば罪を償えるのかすらも思いつかない。
「そっ、そんなことないです! 実際、リースの会計処理ってすごく難しいんです。ケイトさんが斬れないのも無理ないですよ?」
サナのあからさまな優しい言葉は、今の俺にとって逆効果だ。もしマキの身に何かあったら……そんなことを考えるだけで、体中の活力が抜けていく感覚に陥ってしまう。
「それにさ、こんな体じゃとても魔力をあげることなんてできないし。これじゃあ元の世界にすら帰られないよな……ははは……」
そんな弱々しい言葉が自然に出るほど、精神は完全に疲弊しきっていた。
「……実はそのことについて、ケイトさんに少しお話があるんです」
「えっ……?」
サナの意味深な言葉を聞いて、思わず横になってた体を起こし、彼女の方へ体を向ける。俯いた彼女の目は前髪で隠れきっていたが、少しの沈黙の後で、真剣な表情をしながら目線を俺に向けた。
「本当はマキーナさんに内緒にするよう言われていたんですけど……ケイトさんはいつでも元の世界に帰れるんです」
「はっ……!? どっ、どういうことだ?」
「そもそも変だと思いませんでしたか? 向こうの世界からこっちに来ることはできるのに、帰ることはできないなんて」
いや確かに、なんで帰れないんだよとは長い間ずっと思っていた。でもマキが言うもんだから、そういうもんなのかと納得してしまう自分がいた。マキは昔から全体に嘘なんてつかない性格だったから、そんな思い込みが自然と生まれていたのだ。
「実はマキーナさん、『事故から助けるためとはいえ、この世界に来たからには会計を知識をつけさせる!』って言って、ケイトさんが帰れることを隠していたんです」
「そんな……」
「マキーナさんはケイトさんが簿記をちゃんと学べるように嘘をついていたんですよ。だから遺跡の石版も乗り気じゃなかった。あんなことして魔力を上げてもケイトさんのためにならないって」
そんな馬鹿げたことがあるかと思ったが、確かにマキなら言いそうなセリフだ。余計なお世話だと言わんばかりに、昔からそうやって何かしらのお節介をかけてくる。……特に今回のはお節介の限度を超えているが。だがそれも今思えば、全て折れのことを思っての行動だったのだ。
「お兄ちゃんから言われたんです。『これ以上この世界にいる理由はないから、この前みたいな危険な目に合う前に帰れ』って。後のことはお兄ちゃんに任せて、元の世界に変えるのも選択肢だと思います」
サナは水分を含んだ瞳でこちらを見つめながら、そう話した。まるで何か覚悟したかのように、表情は険しい。
「……そうか、分かった。少し考えさせてくれないか?」
「はい……また明日、同じ時間にお邪魔しますね」
そう言い残して、サナは家を出ていった。ガチャリ、という音が響いた後、部屋には静寂が訪れ、外の雨音がよく聞こえていた。
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