第19話 すれ違い
「……トさん!」
深い闇の中で、誰かが俺の名前を必死に呼ぶ声が聞こえてくる。なんだか聞き覚えのある声だ。瞼の隙間から僅かに漏れる光が眩しい。
「うっ……」
「ケイトさん……! 大丈夫ですか……?」
「おっ、起きたようだな。」
視界には、俺の顔を覗き込んでいるアーベルトさんと、ほっとした表情を浮かべたサナが映っていた。地面がゴツゴツして体が痛い。周りを見渡すと、例の光る石板が近くに見える。どうやら俺はここで気を失っていたらしい。なんだか長い時間眠っていたような感覚で、二人の顔も見るのが久しく感じる。
「あれ……俺は一体……?」
「お前はこの部屋でずっと寝てたんだよ。何があったんだ? 心配したぞ坊主?」
「ケイトさんだけでも無事で良かったです……」
二人の表情から察するに、どうやらただ事ではなかったらしい。そうだ、俺は確かこの部屋でマキと喧嘩したんだ。その後ゴーレムのシワケに襲われて……
「っ!? マキは無事だったんですか!? あいつ俺のことを庇って……」
アーベルトさんは取り乱す俺のことを見ると、まるで何かを察したように悲しげな表情を浮かべた。
「そうか、坊主も知らねえのか。それがよう……あれから探して回ったんだが……見つからなかったんだ」
「えっ……」
「てっきり先に帰ったかと思ったんですけど……ケイトさんを見る限りそうじゃなさそうですね……」
頭の中には、俺のことをゴーレムから庇うマキの後ろ姿が、今でも鮮明に焼き付いていた。必死でその後のことを思い出そうとするも、記憶の糸はそこで途絶えてしまっている。
「そんな……俺ちょっと探しに……!」
「待て! この辺りにはまだシワケが残ってる……今の状態で探しに行くのは危険だ。あのリースのシワケは一筋縄では倒せねぇ……」
あのアーベルトさんがこんなにも頭を悩ませている意味がよく分からなかった。リースのシワケならあの時マキが簡単に倒していたじゃないか。
「えっと……リースって賃貸取引だからそんなに難しい仕訳ではないと思うんですけど。ただ単に、借方に費用の賃借料、貸方に負債の未払費用を計上すればいいだけじゃ……?」
「いや、リースってのはそんな簡単なもんじゃねぇんだ。リースってのはその取引形態によって、仕訳が大きく変わるんだよ。さっきマキーナさんが倒したリースとちょうどこの辺りにいたリースは性質が違うんだ。このあたりにいるリースの仕訳はこうだな」
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リース資産 3,600,000 / リース負債 3,600,000
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「えっ……なんで賃貸取引なのに資産が……? それじゃあ借りたというより、購入したみたいじゃないですか!」
アーベルトさんの言っていることが理解できない。確か予習した限りでは、リース取引は賃貸借取引だったはずだ。ただ単に借りている資産が貸借対照表に計上されることなんてあるのだろうか。……ていうか、そもそもどんな資産が貸借対照表に計上されるのか、その基準が自分の中で曖昧だ。
「お前……さては勘違いしてるな? そもそも貸借対照表に載っかる資産つーのは、『購入したモノ』みたいな明確な所有権があるものに限らねぇんだよ。確かにリースっつーのは賃貸借取引だが、ある要件を満たすかどうかで処理が変わっちまうんだ」
「ある条件って……」
「リースした資産が貸借対照表に計上される条件は、『契約が解約不能』でかつ『リース資産から生じるコスト・経済的利益が借り手に帰属する』だな。この二つの要件を満たしたリース取引を行うと企業の貸借対照表にリース資産が計上されることになる」
「じゃあさっきのリース取引に資産が計上されていたのは……」
「それはこのリース契約が途中で解約できないからだ。要するに、さっきの条件を満たすリース取引は、その資産を購入することと大差ないから、会計上は売買取引として処理する必要があるってことだ。ちゃんと予習したんじゃなかったのか?」
「そっ、そんな……」
急いで俺は近くに落ちていた簿記のテキストを手に取り、昨日折り目をつけておいたリースのページを確認した。そこには確かに、今アーベルトさんが説明した内容がしっかりと太字で記載されていた。
「おっ……お兄ちゃん! またさっきのシワケが来てるよ……!」
サナの指さした方向を見ると、またもさっきのゴーレムが大きな足音を立てながらこちらに向かって来ている。しかも今度は一体だけじゃない。まるで俺たちの逃げ道を阻むように、次々に入り口から複数のゴーレムたちが流れ込んできている。
「ちいっ……おい坊主、とっとと転移魔法でここから脱出するぞ」
「まっ、待ってください! まだマキがどこかに……痛っ!」
「ダメですケイトさん! これ以上は危険です!」
ボロボロの体で無理やり立ち上がろうとするが、サナによってそれは阻止された。どうやら体にかなりのダメージを負っているらしい。体の節々に激痛が走り、顔が歪んでしまう。
「ほら! とっとと逃げるぞ!」
アーベルトさんを中心に、足元に薄く輝いた魔法陣が展開される。
「駄目だ……っ……マキ……」
やがて魔法陣は強く光を照らし、俺たちを包み込んだ。
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