トーチの光が橙色から黄金色に、黄金色から煉瓦色に。様々に移ろっている。その光を不安げに見つめているのはアルテナだ。かれこれ数時間、ここでトーチを見ている。

 トーチの操作をしているヘレナと違い、本当にただ黙って見ているだけだ。

 時空の穴は、今は閉じている。ヘレナの話だと、ゲートキーがなければ開かないのだということだった。

 だから、トーチを見ているしかないのだ。少なくとも、あの光が消えないうちはみんな無事にここまで戻ってこられるのだから。

「…フィーネ、大丈夫かな。アルドたち、フィーネを連れて帰ってこれるよね……兄さんも…無事に帰ってくるよね…」

 もう何度同じ言葉を繰り返したかわからない。一人でいると不安だった。待っているしかないことも、不安を増長した。

「みんな、早く帰ってきて」

 胸の奥がもやもやしている。不安で、恐ろしくて、目の奥がじわりと熱を帯びている。アルテナはギュッと目を瞑った。

「やあ、アルテナ。まだここにいたのかい?」

「…マスター」

 マスターはアルテナの横に並んだ。同じようにトーチの光を眺めている。「ふむ」と言いながら顎をさすっていたかと思うと、不意に大きく頷いた。

「うん、そろそろ帰ってきそうな感じがするな」

「えっ」思わずマスターの顔を覗き込む。「わかるの?」

 顔を向けたマスターの口元がニヤリと笑みの形を作る。

「勘だけどね」

 なんだ、勘か。文句の一つでも言ってやろうかと口を開いたアルテナだったが、すぐに閉じることになった。

 マスターが「ほら」と言いながら指差したのだ。誘導されるままに目を向けると、トーチがこれまで以上に強く光っている。

「反応あり!戻ってきたわ!」

 ヘレナが弾むような声を出してアルテナを振り返る。どうやらアルテナがずっと不安でいることを気にかけてくれていたらしい。

 それから数秒としないうちに、次元の狭間の空間に青白い光がバチバチと弾けた。

 時空の穴が開く。そして、そこから待ちに待った人たちが姿を現した。まずはリィカとサイラス、そしてエイミが。その後にアルドとフィーネ。最後にギルドナが戻ってきた。

「みんな、お帰りなさい」

 ヘレナが帰還を歓迎するように言うと、口々に「ただいま」と答える声が響く。

 その様子を見つめたまま動けないでいるアルテナの背を、マスターが軽く押した。

「君も行っておいで」

 声が更に背中を押す。一歩足を踏み出した後は、走り出していた。目指す先には、心優しい親友の姿がある。

 フィーネが気付いて顔を向けた。視線がぶつかると、フィーネは笑顔の花を咲かせた。

「フィーネっ!」

「アルテナ!」

 二人の少女は互いの体をギュッと抱きしめた。

「無事でよかった…!」震える声でそう言うと、フィーネもまた涙声で「心配かけてごめんね」と応じる。

 アルテナは体を離すと、ふるふると首を振った。目の端に涙を湛えたまま、悔しそうに言う。

「私こそ、助けに行けなくてごめんね…」

「ううん。アルテナには危ない目に遭ってほしくないから…それに、お兄ちゃんたちだけじゃなく、ギルドナさんも助けに来てくれたもの」

 フィーネは改めてギルドナを見た。「ありがとうございます」と改めて言うと、ギルドナはプイっと体ごと向きを変えた。

「…別に、お前のためというわけではない」

「あら、そうなの?でもフィーネを渡すものか、とか言ってなかった?」

 エイミが意味深に笑いながら指摘すると、ギルドナはますます背を向けてしまった。

 その時のことを思い出したのか、アルドは少し複雑そうな顔をした。

「そういえば、俺が言いたかったことを全部言われたような…」

 アルテナはギルドナの背中を驚きながら見つめた。

「兄さん…も、もしかして兄さんってば、フィーネのこと…」

「勘違いするな。俺はただ…アルテナが………いや、いい。俺はもう休む」

 言うが早いか、ギルドナはさっさと立ち去ってしまった。

「あ、ちょっと兄さん!……もう、冗談が通じないんだから。きっと、私のために行ってくれたんだわ」

「ふふ。そうだね。ギルドナさん、アルテナのことをとても大切に思っているもの」

「…そうね。でも、フィーネのことも何かと気にかけていることは間違いないと思うんだけどな…理由はまだ、わからないけど」

 そうかな、とフィーネは首を傾げる。

「なんだかんだ、ギルドナって優しいもんな。今回は本当に、ギルドナのお陰だからさ。あとで改めてお礼言わないと…それからアルテナも、ありがとう」

 突然アルドに礼を言われ、アルテナは「え?」と声を上げた。助けに向かったギルドナへの礼ならばわかるが、自分は礼を言われる覚えがない。

 不思議そうな顔をしていると、アルドは口元を綻ばせた。

「ずっとフィーネや俺たちが戻ってくれるのを待っててくれたんだろ?」

「なんでそれを…」

「だって、俺たちが戻ってきた時、ここにいたじゃないか。トーチを操作してくれてたヘレナだけじゃなく、アルテナもいたってことは、待っててくれたんだなって、そう思ったんだけど」

 アルテナはうまい切り返しが思い付かず、黙り込んだ。それを肯定と捉えたのか、アルドは破顔した。

「帰りを待っていてくれる人がいるって、嬉しいものだよ。だから、ありがとう」

 アルテナの顔が赤くなる。

「べ、別に私は…っ……フィーネの帰りを待ってただけだから!それだけなんだから!行こう、フィーネ!」

「あっ、ちょっとアルテナ!」

「???」

 フィーネを連れて走り去るアルテナを見送りながら、アルドは頭の周りにいくつもの疑問符を浮かべている。

 無事の帰還と再会を喜ぶ輪に加われず、一連の様子を少し離れたところで見ていたエイミは、隣で同じ状況に陥っているリィカにポツリと言った。

「…あのダブル兄妹たちって、考えてみれば幼なじみみたいなものなのよね…今後どうなるのかしら?」

「コレは…一大スペクタクルロマンが始まる予感デス!」

 リィカの目がきらりと光る。何かのスイッチが入ったのか、巨編映画さながらのシナリオと配役をリィカが語り始める。面白くなってきたのか、エイミもノリノリだ。

 そうして年頃の少女たちがこそこそとロマンス妄想を繰り広げている傍ら、年長者たちが物語を締めくくる。

「…一応私も頑張ったのだけど…」

 ヘレナがトーチの後処理をしながら呟く。彼女の陰ながらの苦労を知るマスターは苦笑する。

「なぁに、落ち着いたら最大の功労者への感謝が済んでいないことに気付くさ」

「さよう。しかし、機を逸すれば発し辛い言の葉もあるだろうよ。しかるに、祝いの一席など設けてはいかがかな、マスター殿?」

 サイラスが提案すると、したりとマスターも応じる。ヘレナにも笑みが浮かぶ。

「ガリアードにも声をかけていいかしら?あの人にもそろそろ、みんなと交流を持ってほしいと思っていたところなの」

「それは名案だね。それじゃあ早速、準備に取り掛かろうかな」

「うむ。では拙者はアルドに声をかけてくるでござる」



 こうして、次元の狭間を騒がせた事件は幕を降ろす。異時層へと続く時空の穴もまた閉じられた。

 しばらくは再度の襲撃があるかもしれないと、次元の狭間全域での警戒が強まったが、それは杞憂に終わり、冒険者たちは再びの平穏を心から歓迎した。

 後日、セバスちゃんとレオにあれこれと質問責めされることになるのだが、それはまた別の話である。

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