第3話
エントランスに入るなり、アルドたちは感嘆の声を上げた。
目の前に広がる大広間。見上げれば天井は遥か彼方に思えるほど高い。左右にはそれぞれアーチを描く扉が備え付けられている。前方には一対の階段と一際大きな扉が見える。
左右の扉は既に開かれており、アーチの向こうには書架が見えた。時折、書架の間を行き交う人影も確認できる。
これまでに図書館と呼ばれる場所に足を運んだことのないアルドには、新鮮さよりもその静謐さに対する畏れの気持ちの方が先立った。
ミグランスの王城やパルシファル宮殿にも荘厳さや神聖さはある。が、いやはての大図書館が醸す雰囲気はそれらとは全く違う。
一言で言い表すならば。
「…なんか、静かすぎて不気味な感じだな…」
「そうね…人影は見えるのに、気配がないっていうか…」
アルドの呟きに応じつつ、エイミはぶるりと体を震わせた。
「このままじっとしているわけにもいかないし…とりあえず、アメリアの父親を探そう」
「とはいえ、無闇に動き回っても効率が悪い。ここは、誰かに話を聞くのが得策ではなかろうか」
サイラスはそう言うときょろきょろと辺りへ視線を巡らせた。ちょうどそこへ、門番と同じような白いローブを纏った人が通りかかった。
サイラスが「ごめん」と声をかけると、白ローブは立ち止まった。サイラスの方へと向けた顔にはやはり、あの仮面をつけている。
「何か?」声は門番とは異なり、女性のものに近い。
「お尋ねしたい。少し前に、図書館の本を持ち出した男が連れ戻されなかったろうか?」
単刀直入にそう尋ねると、思い当たるところがあったのか、白ローブは「あぁ」と少し呆れたような声を出した。
「おそらく願望の書架だと思いますよ。それでは、仕事があるので」
一方的にそう言うと、白ローブはさっさと歩き出してしまった。引き止める間もない。
一言で「願望の書架」と言われても、どこなのかさっぱりわからない。
「結局、一から探すしかないのね」
それでも、一先ずは目指す場所が決まった。
「まずは近いところから探してみよう。また人がいたら聞いてみればいいさ」
アルドたちは白いローブの女性が向かった先とは反対の扉の前に立った。入口に文字が綴られたプレートがあるが、残念ながら読めない。プレートを見て判断する、ということはできなさそうだった。
アーチを潜ると室内は想像以上に広かった。二階建ての建物くらいの高さはあろうかという書架が数十も並んでいる。
その迫力に圧倒されていると、アメリアが『お兄ちゃん』と呼び掛けた。アルドが本へと視線を落とすと、アメリアは続けた。
『あのね、このお部屋にはお父さん、いないんじゃないかなぁ』
「わかるのか?」驚いてアルドが尋ねると、アメリアは自信なさげに答える。
『なんとなく…』
「そっか」アルドは少し考えた後、「念のため、話を聞ける人がいないか探してみよう」
そう決めた。
書架の間を行きつ戻りつしていると、棚に本を戻している白ローブの姿を見つけた。他に話を聞けそうな人もいなかったので、アルドはそちらへと足を向けた。
足音に気付いたのか、白ローブが顔を上げた。仮面の瞳がアルドを見つめる。
「すまない。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
アルドが声をかけると、白ローブの視線が僅かに下がったように見えた。
「書見台をお探しかな?それならばこの先に…」
どうやらアルドが本を抱えているのを見てそう判断したらしかった。アルドはすぐに首を振った。
「あ、いや。この本を元あったところに戻したいんだけど…願望の書架がどこかわからなくなって…」
「あぁ、そうだったのか。それならここじゃないね。ここは夢想の書架だから。願望の書架は二階だよ。階段を上がって、右手の部屋だ」
「そうか、ありがとう」
これで少女の本を父親に渡せそうだ。アルドはほっと胸を撫で下ろした。
一つ問題が解決できそうだと思ったところで、ようやく本来の目的に目を向けることができた。少女の願いを叶えてやることも大事だが、アルドにとってはフィーネを無事に取り戻すことが主眼だ。
「他にも聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「私でわかることなら、どうぞ」
この白ローブは先ほどの女性よりは随分と親切だった。感情が読み取れない点は似通っているが、多少なりとも個体差はあるようだった。
だからと言って気は抜けない。アルドは慎重に言葉を選んだ。
「ここは図書館なんだよな?俺たちの他にも、来館者は結構いるのか?」
「多くはないよ。誰でも来られる場所ではないからね。けど、ここ最近は増えたかな。そういえば、今日は珍しく来賓があったね」
「来賓?」アルドが言葉を重ねると、白ローブは大きく頷いた。
「そう。我らがロゴスが招いた人さ」
「ロゴスっていうのは…えぇと、神様?大きな、白い手の…」
アルドが尋ねると、白ローブは「そうさ」と少し興奮したように答えた。
「ロゴスは我々の願いを受けて力をふるう。願いを叶えるに値するものがあれば、何だって現実にしてくれる、素晴らしい存在だよ」
白ローブはそれからしばらく、ロゴスの偉大さを説いた。
元々、この地には一つの力の塊だけがあったのだという。そこへ最初の一人が流れ着いたことで、力はロゴスへと昇華したのだという。
ロゴスはあるものと引き換えに漂流者の願いを叶えたそうだ。そして次の漂流者がやってきて、またあるものと引き換えにその願いを叶え…いつの間にか、いやはての大図書館と呼ばれるようになっていた、と。
「いやはての大図書館には、願いを持つ者しか辿り着けないと言われている。君も何か、叶えたい願いがあるのだろう?」
白ローブにそう言われ、アルドの脳裏に時の闇の底で膝を抱えている、大切な人の姿がぽかりと浮かんだ。
思わず唇を引き結ぶと、白ローブは何かを察したように大きく数回頷いた。
「やはりそうか…だが、安心していい。ロゴスはきっと君の願いも叶えてくれる」
思いがけず、切なる願いがこみ上げる。何も言えないでいるアルドだったが、その背をリィカがつん、と突いた。
ハッとしたアルドはふるふると首を振ると、雑念を追いやった。
「あ、いや…俺は……えっと、そういえば来賓がどうとか言ってなかったか?」
無理やりすぎたかと一瞬懸念したが、白ローブはさして気にした様子もない。
うーん、と唸りながら顎に手を当てる。
「余程気に入ったのかな。礼拝堂に連れて行ったようだね」
「礼拝堂に…」
アルドは思わずリィカたちを振り返った。同じことを考えていたのだろう。三人とも頷いた。
「礼拝堂には誰でも入れるのか?」
アルドが重ねて尋ねると、白ローブは初めて黙り込んだ。瞳が見えないのでそうとはっきり言えるわけではないが、アルドの目をじっと見つめているようだった。
しばらくして、これまでよりもいくらか警戒をにじませた声で白ローブが答えた。
「誰でも入れるわけではないよ。我々のようなロゴスの信奉者か、ロゴスに祈りを捧げる者か…そうでなければ、ロゴスが招いた者でなければ礼拝堂の扉をくぐれない」
白ローブが一歩、アルドの方へと足を踏み出した。
「そういえば君、変わった魂をしているね。人間の姿をしているのに、魂は…」
アルドは思わず後ずさった。その後を追うように、白ローブが更に一歩近く。
真っ白な手がゆっくりと持ち上がる。その先をアルドに向かって伸ばした。
「ロゴスは珍しいものが大好きなんだ。君の魂を書架に収めたら喜ぶかもしれない」
これはまずい、と口にしないでもわかった。白ローブの雰囲気がこれまでとは全く変わっている。
殺気があるわけではない。むしろ、不気味なほどに気配がない。目の前の白ローブは何かに取り憑かれたように、一心にアルドへと手を伸ばしている。
「ロゴスの信奉者って、もしかしてあんたたちのことか?」
アルドは問いを発しながらもじりじりと後ろへ下がった。
「そう。私たちはロゴスの信奉者。ロゴスの収集品を日々整理するのが仕事だ。他にも、ロゴスが気に入りそうな掘り出し物を見つけて手に入れるのも、大切な仕事だ」
白ローブの指先がピンと張り詰める。すると徐々に指と指とが接合し始めた。最初、確かに人間の手と同じ形をしていたそれは、見る間に鋭い刃へと形を変じていく。
図書館の白い光を受けて、刃がぬるりと光った。
「ど、どうもありがとう!俺たちは本を返してくるよ!それじゃ!」
アルドの言葉を合図に、四人は狭い通路を走り出した。先頭はリィカ。後にエイミとサイラスが続く。
アルドは走りながら後ろに意識を向けた。追ってくる気配はしないが、元々生きているのかどうかも怪しい存在なのだ。すぐ真後ろにいない、とも限らなかった。
「図書館内では走らないでください!」
先ほどの白ローブの声だ。思ったよりも遠い。恐る恐る、振り返ってみた。
「…追っては来ないみたいだな」
姿はない。念のため、書架の上にも視線を走らせる。が、そこにもいない。
臨戦態勢をとっているようにも見えたが、どうやら後を追っては来なかったようだ。
ほっと安堵の息を吐き、前を見る。サイラスとの間に僅かな距離ができていた。置いて行かれるわけにはいかない。アルドは走る速度を上げた。
エントランスに戻ると、四人は早々に「願望の書架」を目指した。フィーネが連れて行かれたらしい場所は判明しているのだ。本当の目的を果たすためにも、まずはアメリアの願いを叶えてやらなければならない。
先ほどの白ローブに教わった通り、階段を昇って右手の部屋の前に立つ。プレートに文字が書かれているが、やはり読めない。
部屋に足を踏み入れると、途端にアメリアが騒ぎ出した。
『ここ!ここに間違いないよ!お父さんの感じがするもの!』
アメリアと白ローブの言葉の通りなら、ここが願望の書架ということだ。
「でも、さっきの話だと来賓は礼拝堂にいるんでしょう?本当にここにあの男の人がいるのかしら?」
エイミが顎に手を当てながら言う。
あの巨大な手の持ち主がロゴスだとするならば、ロゴスが連れてきたのは漂流者の男とフィーネの二人だ。白ローブは来賓が何人いるかは言わなかった。
「しかし、アメリア殿は父君の気配がすると仰せだ。まずは探してみるでござる」
「そうデスね。ワタシもその意見に賛成デス!」
アルドたちは先ほどと同じように書架の間を探索し始めた。白ローブの姿を何度か見かけたが、また逃げる羽目になっても困るので、一先ずは声を掛けるのをやめた。
頼りになるのはアメリアだけなのだが、彼女にも「ここにお父さんがいるのはわかる」程度で、はっきりとした方向や居場所がわかるわけではないようだった。
夢想の書架同様、願望の書架も広い。それに、似たような作りのせいか、自分たちが今入口からどれほど奥まで来たのか、帰り道はどちらなのか、ほとんど見失いかけていた。
「リィカ、これまでの経路は覚えてるか?」
何気なくアルドが尋ねる。リィカは「ハイ」と答えた。
「ワタシの記憶は完璧デス、ノデ!」
「そうだったかしら?方向音痴だったような気が…」
「そんなコトはありマセン!アレは少し不調だっただけデス、ノデ!」
プンスカと怒るリィカにエイミは苦笑まじりに「ごめんってば」と謝る。
和やかな様子の二人を横目に、サイラスがぼそりと耳打ちした。
「真面目な話、ここは迷路のようでござるな。さすがに拙者もあやふやになってきたでござる」
「俺も…早いところアメリアのお父さんを探して、礼拝堂に向かわないと…」
気持ちだけが逸る。こうしている間にもフィーネがどんな目に遭っているかわからないのだ。無事であろうと信じてはいるものの、いつまでもそうだとは言い切れない。
それに、なんだか嫌な予感もしていた。これまで白ローブ、つまりはロゴスの信奉者以外の人影を見ていない。
いくら来館者が少ないとはいえ、これだけ広い図書館内で自分たち以外の客の姿を見かけないのはおかしい。
(確かにここは次元の果てにある図書館なのかもしれないけど…それでも、アメリアのお父さんのような来訪者だっているはずなんだ。それがまったくいないなんて、そんなことあり得るんだろうか…)
不安が大きくなっている。アルドがそれを自覚し始めた時、アメリアが久方ぶりに声を発した。
『あっ、お兄ちゃん!待って。お父さん、すごく近くにいる。そんな感じがする!』
「本当か?どっちだ?」
アメリアが『この道をまっすぐ行ったところ!』と答える。自然とアルドたちの足が速くなった。
アメリアに導かれるまま真っ直ぐに進む。すると、バルコニーに繋がるガラス扉へと行き当たった。
微かに曇るガラスの向こう側に、確かに人影のようなものが見える。
「アメリアのお父さんかな?」アルドは扉に手を伸ばした。キィ、と小さな音を立てて扉が開く。
バルコニーから見える空はオーロラのようにいくつもの色に染まっている。夜なのか昼なのかもわからない幻想的な空。
その下に、空を見上げるようにして男が立っている。逆光だからか、男の姿は暗い。
だが、確かにその姿はあの時、次元の狭間で見た漂流者のそれに違いなかった。
「あんた、無事だったのか!」
アルドが駆け寄って話しかける。男は無言のままだった。
「なぁ」再度声をかける。かけながら、男の顔を見た。「あっ?!」
アルドは絶句した。
漂流者の男は、そこにいた。いや、あった、と言う方が正しい表現かもしれない。そこにあったのは、漂流者の男の姿をした石像だった。
アルドの腕の中で、アメリアが無邪気に喜んでいる。『お父さんに追いついた!』と嬉しそうに声を弾ませている。
「どういうこと…?…アメリアは、この石像を父親だと勘違いしているの?」
エイミは眉根を寄せた。サイラスも両腕を組んで思案顔だ。
『ううん、お父さんに間違いないよ』アメリアは無邪気に言う。
エイミは眉をハの字にすると、助けを求めるようにリィカを見た。
「ねぇ、リィカ。本当にアメリアのお父さんなのかどうか、わかる?」
「お任せクダサイ!」リィカはツインテールをぐるりと回した。瞳がピカリと光り、目の前の石像の頭から足先までを何度もスキャンする。
少しして、リィカはグッと拳を握りながら断言した。
「コチラの方は九十九パーセントの確率でアメリアさんのお父様デス!」
『ほらね!』声を弾ませるアメリアとは対照的に、アルドたちの表情は暗くなる。
アメリアは父親が石像になっていることに気付いていないのか。気にしていないのか。
いずれにしろ、戸惑っている様子はまるでない。むしろ、アルドたちの方がショックを受けているくらいだ。
「アメリア、だけど…君のお父さんは…」
それでもアルドが重い口を開く。
「きっと、ロゴスによって石像に変えられてしまったんだ。君を、図書館から連れ出した罰として…」
アメリアの反応がない。静寂が辺りに降り注ぐ。音も風もない。ただ、七色に輝く空がそこにある。
互いの息遣いだけが静かに響いていた空間に、ふわりとアメリアの本が浮かんだ。
「アメリア…」
アルドが悲しげな瞳をアメリアに向ける。しかし。
『お兄ちゃん、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?』
本が開いた。見開きページには笑顔の少女が描かれている。アメリアは心底から不思議だと言わんばかりの声音で問うた。
男の石像を見た時とは違う驚きと戸惑いとがアルドの顔に浮かぶ。
金色の光が本の輪郭をなぞった。アメリアはうっとりとした様子で言葉を続ける。
『お父さんがここにいるんだよ?一人ぼっちじゃなくなるんだよ?私、嬉しい』
「だけど、石像になってしまったらもう話をすることもできないじゃないか」
ずっと口にしないでいた事実を指摘する。
石像は動かない。言葉を話さない。アメリアの父親だった男は、もう自らアメリアに触れることも、アメリアに話しかけることもないのだ。
アメリアはそれでもいいのか。アルドは言外にそう問いかける。
『ふふ、お兄ちゃんってば、変なの』
アメリアは笑う。あまりに無邪気で、あまりに純真で。少し、背筋が寒くなるほどだった。アルドに助けを求めていたあの瞬間のアメリアとは、どこか違う。
『神様はね、私のためにお父さんを石像にしてくれたんだと思うの。そうしたらずっと一緒にいられるでしょう?だって、それが私の願いだもの』
だからね、とアメリアは笑う。
『アメリアの本をお父さんの手に持たせて。それでやっと、完成だから』
「アメリアは…本当にそれでいいんだな?お父さんを救う方法だって、あるのかも…」
『救う?』アメリアは不思議そうな声を出した。『救われるよ、これで』
さぁ、とアメリアが催促する。アルドはゆっくりと本に手を伸ばした。暖かに見える金色の光は、そのくせ触れるとどこか冷たい。
仲間たちが見守る中、アルドは石像の手にアメリアの本を置いた。
その瞬間、天から青白い稲妻が降り注ぐ。危険を察知したサイラスが「危ない!」と叫んでアルドに飛びついた。
二人がバルコニーに倒れ伏すのと、稲妻が石像を直撃するのとはほとんど同時だった。
少し焦げ臭い匂いが辺りに立ち込める。顔を向ければ、本と石像とが一体化していた。
「こ、こんなことって…」
エイミが目を丸くする。その隣でリィカが瞳を光らせた。
「生体反応、微弱デスが感じられマス。が、コレは…本も石像の一部と化していマス」
「さっきの稲妻のせいでござろうか?」
立ち上がりながらサイラスが尋ねる。リィカは「その可能性は否定できマセン」とだけ答えた。
「危ないところをありがとう、サイラス」
アルドも立ち上がり、サイラスに礼を言う。サイラスは気にするな、と首を振った。
四人は石像を改めて見つめた。アメリアも男も既に物言わぬ石の塊になっている。リィカは変わらず生体反応はあると言っていたが、相互にコミュニケーションをとることはできなくなったようだ。
「本当にこれで良かったんだろうか…」
アルドが呟く。瞳には悲しみによく似た色の光が宿っている。
エイミやサイラス、リィカが黙っていると、「良かったに決まっていますよ」とどこからか声が聞こえてきた。
驚いて方々へ視線を向ける。すると、声の主は図書館内からスタスタとやってきた。
白ローブ。仮面をしているのも変わらない。声の感じも中性的で、もはや男性なのか女性なのかもわからなかった。
「どうです?ロゴスの奇跡の光を目の当たりにした感想は」
「奇跡の光…さっきの稲妻のことか?」
アルドが聞き返す。白ローブは大きく頷いた。
「その石像は大図書館の蔵書を持ち出すという罪を犯しました。罰として先ほどの雷で粉々に砕かれる予定でしたが、そこへ一つの願いが捧げられたのです」
「誰かが願ったってこと?一体誰が…」
エイミの疑問に白ローブはおや、と首を傾げた。
「まさか、お気づきでなかったのですか?願っていたではないですか、少女の本が」
アルドはハッとした。アメリアは確かに『ずっと一緒にいられることが願い』と、そう言っていた。
「それじゃあ、アメリアが石像の一部になったのは…」
「そういうカタチで収蔵しておくのも悪くないとお考えになったのでしょう。ロゴスは願いを叶えるために力をふるいます」
白ローブはそっと石像に手を触れた。その手つきは慎重だ。
貴重なものを傷つけないように気を遣っているようにも、ロゴスの奇跡に触れることの尊さに浸っているだけのようにも見える。
「…その代償は何だったのでござる?」
サイラスが不愉快さをはっきりと滲ませながら言った。白ローブはぽん、と石像の足を叩いた。
「命ですよ。この男のね。それをもって、少女の願いが叶えられました」
バルコニーを後にしたアルドたちはエントランスまで戻った。その間、四人はほとんど何も話さなかった。
漂流者の男と彼の娘が石像になったのは、少女が願ったからだ。
そう言われて、そうですかと簡単には納得できない。アメリアはずっと一緒にいることが願いだとは言ったが、それは決して石像になりたいという意味ではなかったはずだ。
もっとアメリアのためにできることがあったのではないか。そんな思いがアルドの胸を満たしていた。
肩を落としていると、サイラスにコツンと小突かれた。
「落ち込んでいる場合ではないでござる。我々にはすべきことがまだある」
フィーネの顔が浮かぶ。
「…そうだな。フィーネを探さないと…」
「確か、礼拝堂に来賓を連れて行ったとか言っていたわね。多分、フィーネのことだと思うけど…」
エイミの考えにはアルドも同意だった。タイミングを考えても、フィーネが連れて行かれたのは礼拝堂で間違いない。問題は、どうやって礼拝堂に行くのか、だった。
アルドの視線が自然とエントランス正面の大きな扉へと向かった。相変わらず壁に備え付けられた文字は読めないが、他とは違う作りを見るに、その奥に礼拝堂がある可能性は高かった。
「あそこが怪しいと俺は思うんだけど…」
「ワタシもアルドさんに同意しマス!」
リィカに続き、サイラスとエイミも頷く。
「よし、それじゃあ行ってみよう」
四人は扉に向かって歩き出した。
その姿を、柱の影から覗く姿が一つ。頭のてっぺんから足の先までを真っ黒なローブで覆っている。
「………」
アルドたちは気付かないまま、扉を押し開けてその先へ進んでいく。
少しの間を置いて、黒ローブもまた扉を潜った。
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