王子が選んだ未来

 目を開けると、明るい日差しが降り注いでいた。

 ――ここは――?

 半分起き上がったものの、眩しさに顔をしかめ、再びベッドに身を沈める。

 ――ベッド? どうして私はベッドに寝ているんだろう。

 記憶を手繰りながら、もう一度体を起こして周囲を見回す。ここは、いばらの城の、塔のてっぺんにある部屋だ。

 ――そうか。私は今、百年の眠りから覚めたんだ。

 ひとりぼっちで悲しいはずなのに、なぜか気持ちは安らいでいた。微かに聞こえる、この音色のせいだろうか。甘く優しいバイオリンの音色。

 ――でも、どうしてここに? 鏡の欠片で胸を刺して倒れたのは、確か……。

 首を捻ったが、頭がぼんやりして働かない。しばらく考えるのはやめて、バイオリンの音色に耳を傾けた。

 ――呼んでいる。

 アリスはベッドから降り、部屋を横切ってドアを開けた。一瞬足下がふらついたが、壁に手を突いて体を支え、ゆっくりと階段を下りる。

 塔から出ると、目に飛び込んで来たのは花盛りの庭園だった。色とりどりの花が咲き乱れ、青空からの太陽の光を浴びて輝いている。少し先に大きな池があり、縁に誰かが立ってバイオリンを弾いていた。淡い金の髪に、目に染みるような白いマント。

 ――あの人は……。

 アリスは池の縁に視線を固定したまま、花壇の間を縫って近付いた。

 ――男の人だ。若い男の人。

 若者は背を向けていたが、気配を感じたのか、バイオリンを弾く手を止めて振り返った。青い瞳がアリスを見つめる。

 アリスは雷に撃たれたように立ち竦んだ。

「あなたは……」

 ――そんなはずはない。彼があの人のはずはない。でも……。

「あなたは、誰?」

 若者は微笑むばかりで何も言わなかった。

「あなたは、私が世界で一番大切だった人に似ています」

 笑顔を見るとほっとする。その眼差しはいつも、全てを受け止めて包み込んでくれる。

「どうしてこんなに似てるんだろう……。もしかしてあなたは、あの人の子孫だったりするのかな」

 相手が何も言わないので、アリスは一人で喋り続けた。

「信じられないかもしれないけど、私、百年眠ってたんです。……私、眠り姫なんですよ」

 ――百年経ってしまったんだ。

「だから、私の大切な人はもう、この世にはいないんです」

 ――ああ、これからあの人のいない世界で生きて行かなきゃならないなんて。

「ここにいる」

 不意に答えが返った。

「え?」

 若者はバイオリンを放り出した。下は幸い柔らかい芝生だったが、大切なバイオリンを投げ捨てるなんて、とアリスは思った――思った時には、彼の腕の中にいた。

「やっと、戻って来てくれたな」

 微かな吐息のように、彼は囁いた。

「俺はずっと、お前を呼んでいたんだよ」

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