金の鍵

 馬車は月明かりの道を黙々と進んでいた。

 二日目も、一日目の夜と同じように、マルガリータはナイトと向かい合って馬車に揺られていた。そして、一日目の夜と同じように、その日もバイオリンの音色が聞こえて来た。一日目の夜と同じように、マルガリータは馬車から飛び降りた。

 全てが一日目の夜と同じではなかった。ナイトはマルガリータを止めなかったし、バイオリンの音も、一日目とは違っていた。その日の音色は弱々しく途切れ途切れで、マルガリータが弾き手を見つける前に止んでしまった。けれど、代わりに水音が聞こえて来たおかげで、どうにか湖に辿り着くことが出来た。

 若者は湖の岸に座り、背中を木の幹に預けていた。立てた膝にバイオリンを抱え、左手で例の猫たちを撫でている。何となく気後れしていると、彼が振り返ってふわりと微笑んだ。

「おいで」

 マルガリータは小走りに近付き、若者の隣に腰を下ろした。

「良かった。お前なんか知らないって言われたらどうしようかと思いました」

「そんなこと言いませんよ」

「昨日お城で会った時は、知らない振りをしたでしょう? あなたがこの国の王子様だったなんて、本当に驚きました」

 一瞬、猫を撫でていた手の動きがゆっくりになり、少し考えてから彼は言った。

「そのことなんですが……ここにいる間は、私のことを王子だとは思わないで欲しいんです」

「じゃあ、どう思ったらいいんですか?」

「湖に住む水の精、とでも思っていて下さい」

「水の精?」

 マルガリータが笑うと、若者は気を悪くした風もなく、一緒になって笑った。

「そう、水の精です」

「水の精は人を水の中に引き込むんじゃないんですか?」

「水の精に水の中に引き込まれて、水の精になったんです」

 若者の手が完全に止まってしまったのを見て、白い方の猫が彼に体を擦り寄せた。若者はまた手を動かし始めた。

「水の中には時間がありません。水の精は長い時間を生き、様々なものを見て来ました。そこでは過去や未来へ行くことも出来ました」

「ふふ……面白いお話ですね」

 その時、茶色の猫が若者を見上げてにゃあと鳴いた。

 マルガリータは思わず、若者の足下にいる猫たちを見やった。ひどく意志的な鳴き方に聞こえたからだ。

 若者は二匹の猫に目を向けたまま、長いこと黙っていた。それから、そうだね、と噛み締めるように呟いた。

「きっと、愛する人が助けに来てくれる。金の櫛で髪を梳き、金の笛を吹いて……」

「水の精さんはこの子たちの言葉がわかるんですか?」

 若者はマルガリータの『水の精さん』に反応して笑った。

「その呼び方はちょっと抵抗がありますね」

「じゃあ……フィドルさん」

「うん、そっちの方がいい」

 白い猫が若者の膝によじ登り、バイオリンを引っかこうとした。

「これは違うよ。彼女は私のことを呼んだんだ」

 バイオリンを脇にどけ、白猫を膝の上に落ち着かせてやってから、彼はマルガリータの問いに答えた。

「言葉がわかるというか……この子たちの、気持ちが伝わって来る感じかな。私にはそういう力があるんです」

 マルガリータは黙って若者を見つめていた。

「あなたは?」

「え?」

「あなたのことは、何て呼べばいいですか?」

「私は、あの……フィドルさんの好きなように呼んで下さい」

 彼に自分の名前を告げる気にはなれなかった。本当の名前も、仮の名前も。

 若者は月の掛かった空を見上げた。

「じゃあ、『パール』と呼びましょう」

 深い青い瞳に、月の光が映っている。この世のものではないような、怪しい色。どきっとして、マルガリータは身を引いた。

「怖いですか?」

「え……」

「みんな怖がるんだ。私のことを」

 猫たちが声を揃えて鳴いた。

「うん。わかってるよ。お前たちは私を怖がっていない」

 若者は優しく二匹を見下ろした。猫たちは食い入るような目で若者を見つめている。彼らにしか通じない言葉で会話するかのように。

「……私は……フィドルさんのこと、少し怖いです」

 マルガリータは正直に打ち明けた。

 猫たちはまた抗議の声を上げた。今度はマルガリータに対してだ。マルガリータは猫たちを横目で見て、申し訳なさそうに続けた。

「ごめんね。違うのよ。そういう意味じゃないの。だって……あんまりきれいだから。きれいで、夢みたいに儚くて、今にもふっと消えてしまいそうで……」

「消えませんよ」

「昨日だって、お城の中で、突然消えたみたいに姿が見えなくなったわ」

「城にいたのは『フィドル』じゃなくて、『この国の王子』でしょう? ここにいる私とは違う、別の人間です。バイオリンも弾かないし、猫と話しもしない。やがて立派な王になる、この国の跡継ぎだ。そして、あなたは……」 

 若者は言い淀み、口をつぐんだ。

「私は……」

 言い掛けたものの、マルガリータも続きは言えなかった。

 ――そうだ。私は自分の立場を、忘れてはいけなかったんだ。

 マルガリータは唇をきゅっと結び、立ち上がった。

「舞踏会に行かなくちゃ」

「ああ、そうですね。またあの従者が呼びに来ないうちに」

 あくまでにこやかに若者は言った。

「行ってらっしゃい、パール姫」

 来た道を半分ほど引き返したところで、マルガリータは鍵のことを思い出した。もし彼が落としたものなら、今、返すべきだったか。いや、鍵を拾ったのは城の中だったのだから、『フィドル』よりも『王子』に返した方がいいだろう。――城で会ったら、彼にはフィドルではなくこの国の王子として接しなければならない。

 彼はフィドルと王子は別の人間だと言った。フィドルが存在するのは森の中だけ。城の中では、王子として振る舞うということなのだろう。

 木立が途切れたところにナイトが立っていて、マルガリータの姿を確認すると馬車のドアを開けた。

 マルガリータは馬車に乗り込み、一つ息を吐いた。



 城の門の近くまで来た時、「ちょっと待って下さい」と言って馬車を止めさせたのは、珍しくナイトの方だった。

 ドアを開けると、城門の脇に人だかりが出来ていた。

「立て札があるようですね」

「何かしら」

「確認して来ます」

 ナイトが馬車を降り、立て札の方へ歩いて行くのを、マルガリータはぼんやりと見送った。

 ――全部忘れなきゃ。あの人に対して抱いたこの気持ちを。目を閉じればまぶたの裏に浮かぶ、彼の笑顔を。胸を震わせるあの声を。それから……それから……。

 ナイトが戻って来てドアを開けた。

「姫?」

「あ……何かわかった?」

 平静を装ってマルガリータは聞いた。

「王子がお触れを出したらしいです」

「お触れ?」

 ナイトは半ば呆れたような、複雑な表情を浮かべていた。

「鍵をなくしたとかで……おかげで部屋に入れなくなった、もし自分の部屋の鍵穴にぴったり合う鍵を持って来る娘がいたら、その者を妻として迎える、と書いてありました」

 マルガリータはぽかんとした。一瞬、ナイトがふざけているのかと思ったが、目の前にいるこの生真面目な従者がふざけることなど、王子の気まぐれよりもっとあり得ないだろうと思い直した。

 考えた末、彼女は用心深く聞いてみた。

「それ、王子様は本気でおっしゃっているの?」

「さあ……元々今回の舞踏会は、王子の結婚相手を選ぶために開かれたという噂ですから、何か意図があるのかもしれませんが……」

 マルガリータは胸元に手をやった。紐を通して首に掛けた、金の鍵の感触を確かめる。王子がなくした鍵というのは、多分……この鍵のことだろう。

 ――でも、あの人は私がこの鍵を拾ったなんて知らないはず。それとも、知っていた? 知った上でこんなことを? わからない……。あの人が何を考えているのかわからない。私は……どうすればいいのかわからない。

 馬車が走り出した。マルガリータの心中などお構いなしに、さっさと城の門をくぐって行く。もう、引き返すことは出来なかった。



 ――足を止めたのは、広間の扉の前に立っている兵士たちの会話が聞こえたからだった。

「王様はお怒りらしい」と片方が言い、「それはそうだろう」ともう片方が答える。

「王子のために舞踏会を開いたのに、王子は舞踏会に顔を出さないばかりか、勝手にあんな立て札を……」 

 広間へ上がる階段の途中で、マルガリータはつい耳をそばだてた。

「さすがに今夜はお出ましになるんだろうな?」

「来る気があったら俺たちにこんなところで番なんかさせないよ」

「それもそうだな」

 自嘲気味の笑い声。 

「さっきの令嬢で何人目だ?」

「九人かな」

「王子は随分たくさん鍵をばらまいたんだな。あの中の誰かを、本気で妻に迎えるつもりなんだろうか」

「王子にその気があるとは思えん。姫たちが訪ねて行っても、会いもしないんじゃないか? 王子は鍵の掛かった部屋の中にいて、鍵を開けなきゃ中には入れないのに、本物の鍵は王子が持っているんだぞ」

「前に一度まとまり掛けた婚約が破談になっているからな。王子が尻込みなさるのはわからぬでもないが……」

 後ろから誰か近付いて来る気配がしたので、マルガリータは斜めに階段を上り、回廊の屋根を支える柱の一つに身を隠した。

 階段を上って来たのは真っ赤なドレスを着た令嬢だった。

「あのー、鍵を拾ったんですけど」

 令嬢は二人の兵士に声を掛けた。

「鍵を見つけたら、広間の入り口にいる兵士のところへ行くようにと、立て札に……」

「ああ、はい」

 兵士の片方が愛想良く答えた。

「拾った鍵を見せていただけますか? どうも。ではこれを持って、王子の部屋へ行って下さい」

「王子様のお部屋ですか?」

「途中までご案内しますので。王子の部屋に着いたら、鍵穴に鍵を差し込んで下さい。鍵がぴったり合い、ドアを開けることが出来れば、王子はあなたを妻として迎えるでしょう」

 片方の兵士が案内に立つと、令嬢は嬉々として付いて行った。

 マルガリータは柱に寄り掛かり、天を仰いだ。

「ばかみたい」

 要するに、王子はそこら中に鍵を落とし、娘たちが拾うように仕向けたのだ。

 ――私の拾った鍵は王子様の部屋の鍵どころか、誰も使わない場所の、いらなくなった鍵かもしれないんだわ。

 この鍵を持って、のこのこ王子の部屋へ行くのは嫌だった。昨日、ここで会った時の、彼の冷たい表情を思い出す。森で見せた優しい表情を、別の場所で見せてくれる気はないのだ。この国の王子は、氷のような人だと言われているのだから。

 ――冷たくされるとわかっているのに、会ってくれさえしないかもしれないのに……それでも会いたいなんて。あれっきりにしたくないと、思ってしまうなんて……。

 自己嫌悪に駆られながら、ドレスの下から鍵を取り出し――。

「え……?」

 マルガリータは目を見張った。

 ――光ってる。

 鍵の持ち手にはめ込まれた青い石が、淡い光を放っていた。暗い柱の陰で、びっくりして眺めていると、光は一本の筋になって右手の廊下を指した。

 ――何? 向こうに何があるの?

 柱の陰から出ようとして、一瞬、ちらりと左を確認した。一人になった兵士が、広間の前であくびを噛み殺している。なるべく音を立てないように、マルガリータはそっと光の指す方へ歩き出した。

 広間の音楽もさざめきも、次第に後ろへ遠ざかり、聞こえるのは自分の息遣いと衣擦れの音だけになる。廊下が途切れた先に階段があり、光はそこを降りて庭園へとマルガリータを導いた。

 月が雲に隠れ、辺りはほとんど真っ暗だった。樹木や噴水の輪郭が黒々と浮かび上がっている。鍵の放つ光が束の間弱くなり、また強く輝いたと思うと、今度は左に向かって伸びた。まっすぐに、庭園の遙か奥まで――。

 ――引き返した方がいいのかもしれない……そんな思いが、マルガリータの脳裏をかすめた。こんなところまで入り込んで、誰かに見つかったら何と言えばいいのだろう? そもそも、この光の先に何があると言うのか。

 けれど、鍵の青い光はフィドルのバイオリンと同じくらい、マルガリータを惹き付けて止まなかった。抗うことは出来なかった。 

 マルガリータは冷たい夜気の中を、更に先へと進んだ。

 やがて、行く手に塔が見えて来た。下の方に木製の扉があり、光はその扉を指し示している。近付くと、扉に鍵穴があることがわかった。

 思わず鍵を当ててみたが、穴が大き過ぎて合わないのは一目瞭然だった。

「そううまくは行かないわね」

 中に入るのは勇気が要ったので、むしろほっとした――のだが、よく見ると扉は僅かに開いていた。 

「まあ、何て不用心なの――」

 ――どうしよう、とマルガリータは思った。ここまで来て、このまま引き返すのは惜しいとも思った。

「ここまで来たのだから、行き着くところまで行ってみよう」

 決心したマルガリータを励ますように、鍵の光が強くなった。

 恐る恐る、自分が通れる程度に扉を開け、マルガリータは塔の中に滑り込んだ。一瞬、上に向かう螺旋階段が見えたが、すぐに辺りは暗くなった。鍵の光がまた青白い帯になったからだ。光の帯は上ではなく下に伸びていた。屈んで見ると、床に敷かれた石の一つに割れ目があった。青い光はその石に当たっている。

 ――もしかして……。

 マルガリータは割れ目にそっと指を掛けた。石は簡単に外れ、音を立てて転がった。そして、その下に、鉄製の取っ手が現れた。

 ――やっぱり、隠し扉だわ。

 扉はさほど重くなく、マルガリータの力でも持ち上げることが出来た。金の鍵は再び明るく輝き、ランプの代わりになった。地下へ続く階段がはっきり見える。もはやためらうことなく、マルガリータは下へ降りて行った。

 階段を降り切った先には長い通路があったが、奥までは暗くて見えなかった。鍵の光はそちらではなく、右手の壁――背の低いドアを照らしていた。マルガリータはドアノブの下の鍵穴に金の鍵を差し込んだ。今度こそ、鍵はぴったりと合った。

 扉が重い音を立てて開き、鍵の光が部屋の中のものを浮かび上がらせる。ベッド、テーブル、椅子、そして本棚にたくさんの本。

 ――誰かがここに住んでいる? こんなところに……?

 テーブルの上には読み掛けのまま置いて行かれたように、開きっ放しの本があった。何の本か見ようと近付いた時、テーブルの向こう、ドアの正面の壁に額が掛かっているのが目に止まった。

 ――絵だわ。肖像画?

 そばまで行き、鍵の光を当ててみる。

 そこには幼い二人の少年が描かれていた。水に映したようにそっくりな、二人の少年。右側の少年が、左側の少年の顔を覗き込むようにしている。二人の間には、丸い枠のような物が……。

 ――あ、そうか。鏡ね。

 左側の少年は、右側の少年が鏡に映った姿なのだ。けれど、おかしい。右側の少年は左側の少年を見ているのに、左側の少年は――。

 ――私を見ている――。

「ここで何をしている?」

 絵の中の少年が喋ったのかと思い、一瞬、息が止まりそうになった。そんなはずはない。反射的に振り返ると、一人の若者が扉にもたれて立っていた。

 淡い金の髪に、青い瞳。細面の整った顔立ち。絵の中の少年よりも大人びているが、間違いない。この絵のモデルは彼だ。そして、この人は……。

「フィドルさん……」

「私は王子だと言ったはずだ」

 返って来たのは冷たい答えだった。マルガリータは思わず呟いてしまったことを後悔した。

 ――そうだ。今、彼はフィドルじゃない。この国の王子なんだ。

 王子は手にしていたランプをテーブルに置き、開かれていた本を閉じ、マルガリータが掲げている鍵に目をやった。

「――お前がその鍵を拾ったのか」

 マルガリータが見下ろした時、鍵の光は消えていた。オレンジ色のランプの明かりの中で、それはもはやただの鍵だった。

「私の妻に――なるつもりで来たのか?」

「ち、違います。私はこの鍵を、お返ししようと思っただけです」

「ではなぜこんなところまで入り込んだ?」

「それは……この鍵が……」

 ――この鍵が、私をここまで導いたのです。

 喉まで出掛かった言葉は、しかし、口にすることは出来なかった。

 王子がすっと手を伸ばし、マルガリータの手から鍵を引き抜いた。一瞬、王子の指先がマルガリータの指先に触れる。微かな温もり……。

「ここは兄の部屋だ」と王子は言った。

「だからこれは、『私の部屋の鍵』じゃない。だから、私にはお前を妻にする義務はない」

 マルガリータは何も言わなかった。鍵を持って来た他の姫たちも、皆同じように追い返されたのだろう。怒りも湧かない。ただ、どうしようもなく悲しかった。

「さあ、出て行け。二度とこの部屋には近付くな」

 冷淡に言い放ち、王子はドアを開けた。

 しるべとなってくれる鍵はもうなかったので、マルガリータは手探りで階段を上った。塔から出ると、いつの間にか雲が晴れていた。

 月の光が降り注ぐ庭園を歩くうちに、マルガリータの心は大分落ち着いて来た。そして、ふと気になった。

 ――王子様は、「ここは兄の部屋だ」と言った。だけどこの国に王子様は一人しかいないはず。それに、あんな塔の地下に王子様の部屋があるなんて……?

 広間の入り口まで戻ると、ナイトが待っていた。マルガリータはほっとして駆け寄った。

「良かった。ナイトがいてくれて」

「何かありましたか」とナイトが尋ねる。

「馬車の中で話すわ」

 マルガリータは短く答えた。



 帰りの道中、マルガリータは城での出来事をナイトに語った。

 ナイトはひとことも口を挟まず、最後まで黙って耳を傾けていた。

「ねえナイト、この国に王子様が二人いるなんて、聞いたことある?」

 マルガリータが尋ねると、ようやくナイトは口を開いた。

「ありません」

「そうよね……」

「ですが、予言の話は聞きました。大分前のことなので、定かではありませんが……『近い将来、この国に双子の王子が生まれる。片方は王様の血を引き清く正しい王になるが、もう片方はお妃様の血を引いて、悪しき魔の力を持って生まれて来る。その力はやがて、国に不幸をもたらす』と」

 その時マルガリータの脳裏に浮かんだのは、湖のほとりで微笑むフィドルの姿だった。

『みんな怖がるんだ。私のことを』

「それ、本当なの、ナイト」

 口だけ動かしてマルガリータは聞いた。

「そういう予言があったことは確かです」

「でも、ただの予言でしょう。当たるとは限らないわ」

「私が言いたいのは、もし仮に双子の王子が生まれても、王家は隠そうとするかもしれないということです」

 ナイトは単調に言った。

「双子の王子が生まれて、どちらか片方が魔力を持っていたとしたら……その子は生まれなかったものとして葬り去られたのかもしれません」

「そんな……まさか……」

 ――双子の王子。王になる運命の子と、魔力を持ち、国に不幸をもたらす悪しき王子。

『城にいたのは『フィドル』じゃなくて、『この国の王子』でしょう? ここにいる私とは違う、別の人間です。バイオリンも弾かないし、猫と話しもしない。やがて立派な王になる、この国の跡継ぎだ』

 それじゃ、フィドルさんは……。 

『湖に住む水の精、とでも思っていて下さい』

 ああ、フィドルさんは……。

 馬車の外を通り過ぎて行く森は静かで、何の音もしない。バイオリンの音色は、今日も聞こえない……。

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