明かされなかった真実
ラークスパーは通路に立ち、鍵を載せた左手を前に出した。鍵が浮き上がり、ゆっくりと動き始める。
「では、行きましょうか」
まだ部屋の中にいる面々に、ラークスパーが呼び掛けた。
「お前は舞踏会を嫌っていたようだが、行く気になったのか?」
カーネリアン王子がスワン王子に聞いた。
「……ラークスパーはよくああいう冗談を言うのだ。別にさっさと終わらせて舞踏会へ行こうとしているわけではない」
「あなたの魔法使いは本当に変わった方ね」
パール姫がしみじみ呟いた。
「慣れてくれ。私は慣れた」
スワン王子は通路に向かって歩き出した。他の者も続く。
「舞踏会じゃないなら、これからどこへ行くんだ?」
カーネリアン王子が再び尋ねた。
「それはラークスパーに……違うな。あの鍵に聞いてみなければわからぬ」
「ラークスパーにはわかっているんじゃないのか?」
「かもしれぬな」
ラークスパーは鍵の光を追って、既にかなり先にいた。
「あの鍵は私たちを、曲がった方の通路へ連れて行きたいみたいでした」
スワン王子と並んで先頭を歩きながら、アリスが言った。直後、鍵の光が右に曲がり、ラークスパーも続いて右に曲がった。
「なるほど」
スワン王子が呟き、やはり右に曲がった。
全員右に曲がり、そのあとはずっとまっすぐ進んだ。
「サフィルス王子はどうしたんでしょうか」
アリスはサフィルス王子のことが気掛かりでならなかった。
「もし、まだあの城にいるんだとしたら……」
「どっちにしても入り口が閉じているから城へは入れない。地下にいてくれることを願うしかないな」
「サフィルス王子が地下に降りて、入り口を開けたままにしたってことですか」
「最初にクリスタロス王子――あの五人目の王子が来た時も、あいつはさっさと姿を隠したからな。知らない奴には会いたくないのかもしれん」
アリスとダークの会話を聞いて、パール姫も心配そうな顔をした。
「長く眠っていたせいか、あの人は記憶がはっきりしないみたいで……自分が誰かもわからなかったんです」
「そうか。それで何だかぼうっとしておったのだな」
スワン王子は納得したように頷いた。
「ラークスパーは体の具合が悪いわけではないようだ、としか言わなかったが」
しばらく沈黙が続いたあと、カーネリアン王子がパール姫を見やった。
「どうやら、あなたのことは諦めなければならないようですね」
「あ……」
パール姫は下を向いた。
「……ごめんなさい」
「いいんですよ。あなたの気持ちが一番大事です」
その時、スワン王子が急に足を止めた。
「カーネリアン王子」
「うん?」
「ラークスパーを見失わぬように、姫を護衛して先に行ってくれ」
首を傾げながらも、カーネリアン王子はスワン王子と入れ替わり、パール姫の腕を取って先頭に立った。
「そなたたちも先に行け。すぐに追い付く」
ダークとアリスに声を掛け、スワン王子は方向転換した。
「何だよ、どうしたんだ?」
「大事なものを忘れて来た。取りに戻る」
「待って下さい」
アリスはスワン王子の腕を掴もうとしたが、彼は既に走り出していた。
「忘れ物って何だよ。まさか、城まで戻るのか? あの扉は開かないぞ」
ダークはぶつぶつ言いながら、カーネリアン王子とパール姫の方を見やった。彼らに付いて行くか、スワン王子を追うかで逡巡しているようだ。
「ダークさん、あれ……」
アリスがスワン王子の行く手を指差した。光が二つ見える。スワン王子の持つランプの光と、もう一つ……。
ダークははっとして声を上げた。
「止まれ、スワン王子!」
言われなくても、スワン王子は止まるしかなかった。通路の先に立ち塞がっている人物がいたからだ。蝋燭を手にしたその人物は……。
「おお、クリスタロス王子ではないか」
スワン王子は気軽に話し掛けた。
クリスタロス王子が一歩スワン王子に近付く。
「まずい」
ダークは助けに駆け付けようと足を踏み出し掛けたが、それより早くスワン王子が悠然と続けた。
「そなたの姿が見えないので、先に行ってしまってすまなかったな。だがそなたもきっとあとから来るだろうと思ったのだ」
「……え?」
クリスタロス王子の顔色が変化した。
「森の家の地下にこのような通路があるとはな。もっと調べたいが、あの家に置いて来てしまったものがあるゆえ、取りに戻るところなのだ」
「役者だなー」
ダークは一旦足を下ろし、感心した様子で呟いた。
「あの王子、意外とばかではないのかも……」
それから、更に声を低めてアリスに耳打ちした。
「アリス、先に行った姫たちに危険を知らせてくれ。ここは俺が何とかする」
「……わかりました」
アリスは辛うじて残っている鍵の光の方へ、出来る限りそっと駆け出して行った。
ダークはクリスタロス王子の蝋燭の光が届く位置まで移動した。クリスタロス王子はダークに気付くと幾分警戒したようだったが、すぐにスワン王子に目を戻した。
「あの娘は?」
「あの娘? ……ああ、危険があるとまずいので、ここには来させなかったのだ」
「一人で待っているのですか? 森の中で?」
「いや、途中で合流した私の護衛が一緒だ」
「合流した……?」
「優秀な護衛ゆえ、帰りが遅いと迎えに来るのだ」
――すごいな……。ダークは舌を巻いた。嘘は言っていないのに、都合の悪い部分はちゃんと隠している。
「そうでしたか。では私も一緒に戻って、探し物を手伝いましょう」
「それはありがたい」
クリスタロス王子の申し出を、スワン王子は無邪気に喜んだ。
ダークはクリスタロス王子の腰に差してある剣を見やった。蝋燭を持っているのなら、いきなり抜かれるなどということもないだろう。それでも念のため少し距離を置いて、ダークは二人の後ろを歩き出した。
「ところで、そなたは一体どこに消えておったのだ?」
スワン王子がいきなり核心を衝いた。おいおい、やっぱりばかなのか? とダークは思ったが、クリスタロス王子は却って警戒を解いたようだった。
「食事をしている間に霧が出て来て、なぜか眠くなってしまったのです。目を覚ました時には一人きりで、それまでいたのとは別の場所にいました」
クリスタロス王子の説明に、スワン王子は頷いた。
「霧には気が付かなかったが、こちらも同じであった。奇妙だな。人を迷わす森の魔法は解けたものと思っていたのに。……まあ、まださして時間は経っておらぬし、多少影響が残っていてもおかしくはないか」
スワン王子が納得した振りをしているのか、本当に納得させられてしまったのか、ダークには見極められなかった。
スワン王子が黙ると、今度はクリスタロス王子が聞いた。
「――ところで、置いて来てしまったものというのは何ですか?」
――ところで、とダークは別のことを考えた。
なぜクリスタロス王子はまっすぐ進まずに、こっちの道に入って来たんだ? 俺たちの姿が見えたのか? いや、姿までは見えなくても、ランプの明かりなら遠くからでもわかったのかもしれない。――スワン王子にも、クリスタロス王子の持つ明かりが見えたのか? それで引き返して来たのか? だとすると、忘れ物をしたというのも出任せか……。
考えているうちに、分かれ道まで来ていた。スワン王子は迷わず右に曲がった。
「森の家に、何を忘れて来たのですか」
クリスタロス王子が繰り返して聞いた。
「大事なものを忘れて来たのだ」
今はのらりくらりとごまかしているが、家に着いたらどうするつもりなのだろう。あの家には何もないのに……と、ダークは思っていた。
しかし、それは間違いだった。
最初に地下の階段を上って行ったスワン王子が「なぜここに?」と呟いた。
続いて森の家に入ったクリスタロス王子は「ようやく見つけましたよ」と言った。
――ん? どういうことだ? 家の中に何かあったのか?
ダークがのんびりと階段に足を乗せた時、別の声が響いた。
「離して下さい!」
ダークは一気に階段を駆け上がった。
家に飛び込むと、スワン王子がドアの前に立ち尽くし、クリスタロス王子はその向こうの部屋にいて、逃げようとするサフィルス王子の腕を掴んでいた。
アリスは這うようにして通路を進んだ。暗い中で何かに躓いて転んだりしたら嫌だと思ったからだ。そうして床に顔を近付けたおかげで、わかったことがあった。この通路にはレンガが敷いてあるのだ。黄色いレンガが規則的に床に並べられている。
――待って。どうして黄色いレンガだってわかるの? 真っ暗なはずなのに。
よく見ると、微かにだが、レンガ自体が光を放っているのだった。
――何だ。最初からランプは必要なかったのか。
そうとわかればもたもたせず、アリスはちゃんと立って走り出した。急がなければ。
「パール姫……!」
姿が見えたので呼び掛けると、パール姫はすぐに振り返った。
「アリス? どうしたの?」
「ク、クリスタロス王子が……」
アリスは呼吸を整えながら話し出した。
「来たのか? ここに」
カーネリアン王子がそれを遮り、パール姫の前に出た。
「は、はい。今、ダークさんとスワン王子が足止めしています。早く……」
「引き返しますか?」
ラークスパーがカーネリアン王子とパール姫の後ろから聞いた。
「引き返してどうする、早く先へ進むんだ。あの王子は復讐しに来たんだぞ!」
カーネリアン王子は焦れた様子で、精一杯声を抑えながら言い返した。
「誰に復讐するんですか?」
ラークスパーは落ち着き払っていた。
「自分を裏切った婚約者に? 婚約者を奪った兄に? それとも……」
「両方にだろう」
「わざわざ自分も百年眠って? 復讐のためにそこまでするんですか?」
「クリスタロス王子は自分から眠ったわけじゃありません。呪いを掛けられたんです」
ラークスパーは事情を知らないのだと思い、アリスは急いで説明した。
「兄に騙されて、毒りんごの入ったお茶を飲んだって……あ、でもそれは、お兄さんに化けた魔女だったんじゃないかって、ダークさんは言ってました」
ラークスパーはアリスに微笑み掛け、「ありがとう」と言った。
「呪いを掛けたのは魔女だったかもしれない……けれどクリスタロス王子は、兄に呪いを掛けられたと信じていたんですよね」
「そうです。確かにそう言ってました」
ラークスパーはスワン王子から全て聞かされていたのだろう。説明するまでもなかったな、とアリスは思った。
「つまりクリスタロス王子は、兄が自分の婚約者と一緒に眠ったとは思っていなかった」
ラークスパーはゆっくりと言葉を継いだ。
「お兄さんは自分の代わりに王になったんだって、クリスタロス王子はそう言っていました」
アリスが補足し、ラークスパーが結論付ける。
「クリスタロス王子が姫に復讐する理由はない、ということですね」
「クリスタロス王子の言葉を、全部本当だと考える必要はないんじゃないかしら」
パール姫が横から口を出した。
「油断させるために嘘を言っているのかもしれないし」
「そうですね。でも、誰がどのくらい嘘を言っているのかわからない場合、まずは全部本当だと考えるのが真実を見極める近道なんですよ」
「そうかしら」
「僕はそうしてます」
ラークスパーは穏やかに微笑した。
「例えば、クリスタロス王子とパール姫の話をどちらも本当だと考えるなら――兄も弟も百年の眠りについていたとしたら――じゃあトロイメンの国を継いだ王子は誰だったんだ、ということになりますよね」
――クリスタロス王子とパール姫。どちらかが、嘘をついているということ。
「或いは両方が」
「王子に化けた魔女が王様になったんじゃないんですか?」とアリス。
「さすがにそれはないでしょう」
「どうしてですか?」
「色々ありますが……王の息子は、クリスタロス王子にそっくりだったと言われていますから」
「じゃあやっぱり、王様になったのは双子の王子のどちらかなんですね」
「クリスタロス王子ですよ。他に考えられません」
ラークスパーが断言したので、アリスはほっとした。
「やっぱり、あのクリスタロス王子は偽者なんですね。あの人は嘘をついていたんですね」
「その人の話が全部嘘だったかどうかはわかりませんが、自分をクリスタロス王子だと言ったのは嘘ですね」
「ということは、パール姫の話は本当なんですよね。サフィルス王子はクリスタロス王子の兄で、パール姫と一緒に眠っていて……」
「いえ、それも嘘です」
ラークスパーはまた断言した。
「クリスタロス王子の兄は百年の眠りについてはいないし、王になってもいない」
「なぜ断言出来るの?」
パール姫が低い声で聞いた。
「あなたは何なの?」
「一つ目の質問の答えは、『クリスタロス王子の兄が、僕の高祖父だから』です。二つ目の質問の答えは、『僕はクリスタロス王子の兄――アメタストスの子孫なんですよ』」
その場にいる全員が、ラークスパーの言葉に唖然とした。
「……もちろん、僕の話が本当だという証拠もどこにもないわけですが」
顔が似ていることくらいでしょうか、と言って、ラークスパーは笑った。
誰も信じられないとは言わなかったし、思ってもいないようだった。ラークスパーにはそうさせる何かがあった。
しばらく沈黙が続いたあと、口を開いたのはカーネリアン王子だった。
「観念して、本当のことを話した方がいいんじゃありませんか」
「黙っててよ」
パール姫が一喝する。
「ラークスパーはもう全部わかっているんじゃないのかな」
「もしそうなら、私の口から真実を聞く必要なんてないでしょう」
ラークスパーはパール姫を見つめ、素直に頷いた。
「そうですね。ただ、気になったので……どうして誰も本当のことを話さないのか、と。まるで、話せない呪いでも掛かっているみたいに。答えに直接繋がるヒントは与えてはいけないという決まりでもあるかのように」
「そんなものないわ」
「そうですか? それなら、本当のことを話していただけますか?」
パール姫は少し考えた。それから小さく笑い、いいわ、話してあげる、と呟いた。
「あなたの言う通りよ。サフィルス王子はクリスタロス王子の兄じゃないわ。そして……」
どこか怪しい笑みを浮かべ、彼女は続けた。
「そして私は、本物の眠り姫じゃない」
クリスタロス王子はサフィルス王子の腕を、がっちりと掴んでいた。
「私があなたを許すと思ったのですか? あなたの裏切りを許し、あなたを追うことも、探すこともしないだろうと? 舐められたものですね」
「やめ……」
ダークが前に出ようとした時、サフィルス王子がクリスタロス王子の手を振り払った。
「あなたには申し訳ないことをしたと思っています。でも……」
サフィルス王子は声を震わせた。
「私は、あなたと結婚することは出来ません」
ダークは動きを止めた。
「……は?」
「驚いたな」
スワン王子は一歩後ずさった。
「そなたたちがそういう関係だったとは」
「男同士だろ? まあ、そのことをとやかく言うつもりはないが」とダーク。
「違います」
「少なくとも私が初めて会った時、この人は女性でした」
サフィルス王子とクリスタロス王子が同時に否定した。
ダークはますます呆気に取られた。
「女性? サフィルス王子が? まさか。いくら鎧を着けていたって、女なら女だとわかる。こいつはどう見ても男だ」
「魔法を掛けられたのですよね? ――あの、悪い魔女に」
クリスタロス王子が憎々しげにサフィルス王子を見た。
「彼女は悪くありません。彼女が私をこの姿に変えたのは、私がそうして欲しいと望んだからです」
サフィルス王子の言葉は火に油を注いだだけだった。クリスタロス王子は眉を吊り上げた。
「私を欺けると思ったのですか?」
「ちょっと待った」
ダークが両手を上げて会話を中断させた。
「確認したい。あんたは百年前のトロイメンの国の王子で――」
クリスタロス王子を見、続いてサフィルス王子に目を移す。
「そっちはあんたの双子の兄、ではなく――本物の眠り姫?」
クリスタロス王子は心外そうな顔をした。
「なぜそうなるのです。この人が眠り姫のはずがないでしょう。それに私はトロイメンの国の王子ではない。なぜそんな誤解を?」
「自分でそう名乗ったんだろう!」
「ああ。あれは嘘ですよ。私はクリスタロス王子に成り済ましていただけです」
「よくもぬけぬけと……」
ダークは呆れたが、スワン王子は平然としていた。
「トロイメンの国の伝説は有名だからな。そこから想像を膨らませたのであろう」
「じゃああんたたちは、トロイメンの国とは、全く、何の関係もないと?」
「その通りです」
「信じられないな」
「なぜです?」
「いばらの城の伝説は有名だが、双子の王子についてはあまり知られていない。それに、あんたがいばらの城から地下へ降りる入り口を簡単に見つけられたってのも不自然だ」
「……私が城に戻っていたことをご存じなのですね。まあいいでしょう。疑問にお答えします」
クリスタロス王子は語る体勢になった。
「私はトロイメンの国の生まれではありませんが、トロイメンの都にある王城へ行ったことがあります。その時に、色々噂を聞きました。双子の王子の話もそれで知りました。いばらの城は婚約した王子と姫が二人で暮らすために建てられたもので、トロイメンの王城を模した造りになっているそうです。王城の方がずっと大きいですが、配置などはほぼ同じだとか。王城の塔の中にも地下への入り口があったので、いばらの城にもきっとあるだろうと考えたのです」
ダークは唸った。
「一応筋は通ってるな」
「事実ですから」
スワン王子が組んでいた腕をほどいてダークを見た。
「クリスタロス王子の話が本当なら――パール姫の話は嘘だった、ということになるのではないか? サフィルス王子が姫の恋人であるはずがない」
「確かにそうなるな」とダーク。
サフィルス王子が顔を上げ、クリスタロス王子は声を上げた。
「だから言ったのです、あの女は悪い魔女だと」
スワン王子は困惑した表情を浮かべた。
「魔女……? パール姫が魔女だと申すのか? 魔女が眠り姫に成り済ましていたと? ならば、眠り姫は……本当の眠り姫はどこに消えたのだ?」
スワン王子の目が自分に向けられていると気付いたサフィルス王子は、申し訳なさそうに再び目を伏せた。
「私にはわかりません。ただ話を合わせろと言われただけなので」
「知り合いではないのか?」
「知り合ったのは昨日が最初です」
スワン王子は開き掛けた口を閉じ、少し考えてから言った。
「塔の上で鉢合わせするまでは、見も知らぬ他人だったというわけか」
「はい。……正確に言えば、鉢合わせしたのは塔の上ではなく、地下の部屋でしたが」
「詳しく聞かせてもらえるか? 悪いようにはせぬゆえ」
サフィルス王子は頷き、ゆっくりと、考えながら話し始めた。
「……どこか隠れるところはないかと森をさまよっている時、道しるべを見つけたんです。『いばらの城』と書かれた道しるべです。人と会うのは避けたかったけれど、少しの間なら、誰にも見つからずに身を潜めていられるだろう、そう考え、いばらの城へ行くことにしました。そうして辿り着いたのがこの家だったんです」
「ああ」
ダークは右手で顔を覆った。
「そうか。手当たり次第に立てて置いたからな。そのうちの一つがここを指していたわけか」
「何の話だ?」
スワン王子が尋ねると、ダークは空いている方の手を前に向けて振った。
「いや、うん。わかった。納得した。気にしないでくれ」
スワン王子はそれ以上追求しなかった。
「それで?」と、優しくサフィルス王子を促す。
「地下室があったので、そこに隠れようと思いました。降りてみると、意外に広くて……どんどん奥へと歩いて行ったら、ドアがあって……」
「それで、あの部屋に?」
「はい。私はとても疲れていたので、ベッドを見るなりそこに倒れ込んで、そのまま眠ってしまったんです。――目を覚ましたのは、声が聞こえたからでした。『あなたは誰?』『なぜここにいるの?』……」
「それがパール姫だったのか」
「はい」
「そして、そなたに魔法を掛けた?」
「無理矢理掛けられたわけではありません。私が事情を話すと、彼女は同情してくれて……姿を隠す手助けをすると言ってくれました。『私が眠り姫の振りをするから、あなたは姫を目覚めさせに来た王子の振りをすればいい』と」
「魔女はあなたのためではなく、自分のためにそうしたのですよ。あなたは利用されたのです」
クリスタロス王子がぴしゃりと言った。
「本物の姫をどうにかして、自分が姫に成り済ますなど、悪い魔女だとしか考えられないではありませんか」
サフィルス王子は言葉に詰まった。
「本物の姫がどうしたかなんて……そんなこと、考えてもみませんでした」
スワン王子がダークの方を向いた。
「パール姫が本当に悪い魔女なら、一緒にいる者たちに危険を知らせた方が良いのでは」
ダークは苦笑した。
「さっきアリスを、クリスタロス王子がいるから危険だと知らせにやったばかりなんだがな……」
「なぜ私が危険なのですか」
クリスタロス王子はむっとした様子だった。
「カーネリアン王子を脅しただろう」
「彼女の居場所を隠すからです」
スワン王子は二人を無視して後ろのドアを開けた。
「痛っ」
「ん?」
見ると、地下への入り口の穴からアリスが顔を覗かせていた。
「いったー……気を付けて下さいよ」
「そこで何をしておる?」
アリスは痛そうに、おでこの辺りをさすっている。
「スワン王子が急に開けるから、頭をぶつけてしまったんです」
「そんなところにうずくまっている方が悪いのであろう」
言いながら、スワン王子はアリスの前にひざまずいた。
「大丈夫か?」
「はい」
アリスはまだ痛そうにしていたが、それでも微笑んだ。
「そなた、一人で戻って来たのか?」
「いいえ、みんな一緒です」
「みんな? パール姫も?」
「はい」
スワン王子はアリスに顔を近付けた。
「実はな、パール姫のことなのだが……」
「本物の眠り姫ではないんですよね。それなら聞きました」
「そうか」
「とりあえず、鍵の導く先へ向かおうということになったんです、みんなで」
「みんなでか」
「はい。パール姫は、地下から出たら本当のことを話すと約束してくれました」
「そうか」
スワン王子はアリスに手を貸し、立ち上がらせた。
「では、参ろう」
アリスの肩越しに覗き込むと、金の鍵が階段を照らしており、その下でラークスパーが待っているのが見えた。少し離れたところにパール姫とカーネリアン王子の姿もある。まずスワン王子とアリスが降り、ダーク、サフィルス王子、クリスタロス王子も続いた。
全員が通路に立つと、ラークスパーは「数が増えましたね」と言って笑った。
「オオカミと七匹の子ヤギですね」
「白雪姫と七人の小人だ」と、スワン王子が言い返した。
あとは会話を交わすことなく、皆黙々と鍵の光を追って歩いた。誰も何も言わない。それぞれがそれぞれの物思いに沈んでいるようだった。
「もしかすると」
しばらくして、アリスが誰にともなく呟いた。
「みんな、この先に何があるか知っているんでしょうか」
「かもな」
答えたのはダークだった。
「みんなではないだろうが」
「それじゃ、ダークさんにもわかってるんですか?」
「まあ、大体見当は付くよ。さっき話を聞いたしな」
「話って、どの話ですか?」
「お嬢さん」
二人の後ろを歩いていたラークスパーが、声を掛けて来た。
アリスは振り返り、おずおずと言った。
「あの……私はアリスです」
「失礼しました。アリスさん、この通路の床が何で出来ているかご存じですか?」
「レンガですよね。黄色く光るレンガ」
「では、黄色いレンガの道の先には何があるでしょう?」
――レンガの道の、先にあるもの……?
「扉があるぞ」
前方からカーネリアン王子の声がした。
「開けてもいいか?」
「開くのか?」とスワン王子が聞いている。
アリスはそちらに目を向けた。
鍵は階段の下の方に浮いていた。その脇にドアがあるが、カーネリアン王子が開けると言ったのはそのドアではないらしい。カーネリアン王子は階段の上に立っていた。スワン王子がランプで彼の手元を照らしている。
アリスがそこまで視線を巡らせた時、扉はもう開けられていた。通路の天井に付いた、地上へ出る扉だ。
外の光が射し込むかと思ったが、通路は暗いままだった。カーネリアン王子が用心しながら上って行く。スワン王子、パール姫、それにクリスタロス王子とサフィルス王子も続いた。
更に別の扉を開ける音が響いたあと、カーネリアン王子が驚きの声を上げた。
「何だ、ここは。いばらの城に戻って来たのか?」
「いいえ」
クリスタロス王子が重々しく答えた。
「ここは、トロイメンの都の王城です」
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