人魚の涙

 どこからか歌声が聞こえた気がして目を開けると、明るい光が飛び込んで来た。

 ――朝だった。カーテンの隙間から日の光が射している。アリスはまぶたをこすりながら、ベッドの上に体を起こした。眠れないと思ったのに、いつの間にか眠っていたようだ。

 ゆっくり休めとスワン王子に言われたが、昨夜はなかなか寝付けなかった。少しうとうとしても、すぐに目が覚めてしまうのだ。もう眠れないかと思い始めた頃、尾を引くような微かな響きが耳に届いた。バイオリンだ。それからアリスが眠りに落ちるまで――いや、眠っている間もずっと、高くなったり低くなったりしながら、途切れることなく聞こえていた。そんな気がしただけだろうか? あれは……あの音色は……。

 ベッドを降り、テラスから外に出ると、そこにスワン王子の姿があった。少し離れた庭園のベンチに、こちらを背にして座っていたのだ。

「……そうか。だがもう一つ、気になることがある」

 スワン王子は薔薇の生け垣に向かって、何やら熱心に話し掛けていた。アリスが後ろにいることにも、まるで気付く様子がない。

「眠り姫のことなのだが……魔女は鏡に、世界で一番美しいのは誰かと尋ねたであろう」

「それが何か」

 薔薇が答えた。……と思ったが、どうやら生け垣の陰に誰かいるらしい。

「あの姫が世界で一番美しいとは、どうしても納得出来ぬのだ」

 スワン王子は語気を強めた。

「いや、美しい姫だとは思う。とても美しい姫だ。だが、世界で一番というのは、何を基準に選ばれたのかのう」

「鏡の基準では?」と涼やかな声が言う。

「鏡にとっては、彼女が一番美しく見えたのでしょう」

 聞いているうちに、声の主がさっき歌っていた人だということにアリスは気が付いた。

「なるほど」

 スワン王子はあっさり納得したようだった。

「鏡にも好みがあるのだな。それはそうか」

 しばらく間が空いた。相手はまだ話が続くと思って待っているのだろう。しかし、スワン王子が再び口を開くことはなかった。

「……では、何かあったらまた呼んで下さい。食事の用意をして来ますので」

 そう言い残し、その人は音もなく、まるで風のようにいなくなった。

 少し迷ってから、アリスはスワン王子に近付いた。

「スワン王子」

 声を掛けると、スワン王子は飛び上がるように振り返った。

「何だ、人魚姫か」

「人魚姫じゃありません。私はアリスです」

「アリス……? そなたには人魚姫の方が似合う気がするがな」

「私は人魚姫じゃありません」

「なぜそこまで強く否定する?」

「スワン王子こそ、どうしてそんなにこだわるんですか」

「……」

 スワン王子はアリスの顔を下から覗き込み、自分の隣を手のひらでぽんぽんと叩いた。

「話してやるからここに座れ」

 アリスは素直に腰を下ろした。スワン王子は軽く咳払いをしてから、アリスの疑問に答えた。

「別にこだわっているわけではないが、トロイメンの国には、実際、人魚姫を妻にした王子がいると伝わっておるのでな」

「それも童話の真似ですか?」

「さよう。その昔、トロイメンの国の魔法使いが、海の泡から人間を作り出したという。ただしそれは、不完全な人間であった。その人間は成長しなかったし、死ななかった。何百年も生きる人魚姫のようにな。それで魔法使いは、海の泡から作った人間たちを人魚姫と呼んでいたのだ。ついでに、ちょっとした遊び心で呪いを掛けた。人を愛し、相手からも愛された時、人魚姫は完全な人間になれる。ただし恋に破れたら――愛した人間が別の人間と結ばれたりしたら、その時は元の泡に戻ってしまう、という呪いだ。トロイメンの国には今でも、人を愛せず、泡に戻ることもなく、完全な人間にもなれない人魚姫が残っていると言われておる」

「私がその人魚姫だと?」

「ああ」

 アリスは顔をしかめて見せた。

「スワン王子、初めて会った時は私のこと魔女かって言いましたよね」

「覚えておったのか」

「人を魔女だの人魚姫だの……」

「気に障ったのなら謝る。悪かった」

「魔女だと思ったのは、私が鏡を持っていたからですか?」

「それもあるが……髪のせいかな」

「髪?」

「そなたの濃い黒髪を見たからだ。黒い髪には魔力が宿ると言うではないか」

 スワン王子は一瞬、見とれるようにアリスの髪に視線を流した。

「だが、人魚姫も美しい漆黒の髪をしていたらしいし」

「スワン王子は一体どこでそんな話を聞いたんですか?」

「聞いたのではない。読んだのだ」

「読んだ?」

「我が国の書庫に、トロイメンの歴史について書かれた本があってな、眠り姫の話も人魚姫の話も、皆その本に載っておったのだ」

「本ですか……」

「他にも色々あるぞ。馬になった少年の話とか、呪われた双子の王子の話とか。また今度聞かせてやろう」

「ぜひ」と言って微笑んでから、アリスは上目遣いにスワン王子を見た。

「あの……ところで、さっきの人は……」

「さっきの?」

「誰かと話していたでしょう?」

「ん? ラークスパーのことか?」

「やっぱり、あの人がラークスパーさんだったんですね」

「ああ、今朝やっと捕まえることが出来た。サフィルス王子の様子も見てもらえるよう頼んで置いたゆえ、安心するが良い」

「ありがとうございます」

 スワン王子は微笑み、気持ち良さそうに空を見上げた。

「今日は良い天気だのう。見てみよ、雲一つなく晴れ渡っておる。美しいと思わぬか」

「ええ、本当に」

 アリスは空ではなく、スワン王子を見ていた。森で最初に目にした時は白一色に見えたが、明るい日の光を浴びると、彼の髪は意外に濃い銀色であることがわかった。細めた目は青みがかったグリーンだ。アリスの視線に気付いているのか、いないのか……。二人はそのまま、しばらくのんびりと過ごした。

 やがてスワン王子が伸びをしながら立ち上がった。

「さあ、広間へ行こう。そろそろ食事の時間だ」



 その日の朝食も、ラークスパーは用意だけしていなくなっていた。

 他の者は皆揃って食卓に着いた。サフィルス王子も昨日よりは気分が良くなったらしく、スープを口に運んでいたので、アリスはほっとした。

「このあと一緒に散歩でもどうか」と、カーネリアン王子がパール姫を誘っている。

 そんなのどかな朝のひとときが、終わりに近付いた頃だった。広間の扉が、突然、音高く開かれた。

「姫!」

 入って来たのは緑色のマントを羽織った、赤い髪の若者だった。

「やっと……やっとあなたのもとに辿り着きましたよ」

 僅かな沈黙のあと、カーネリアン王子がぽつりと言った。

「五人目の王子の登場だな」



 五人目の王子は満面に笑みを湛えていた。

「お会いしたかったです、姫。どれほどこの日を待ちわびたことか」

「あの……」

 パール姫は困惑した様子で五人目の王子を見つめた。

「まるで私と面識があるような口振りですけど……」

「まさか、私をお忘れになったのですか?」

 王子の方は困惑を通り越して絶望の表情を浮かべた。パール姫は苦笑した。

「残念ながらそのようです。どこのどちら様でしょう?」

「私は姫と婚約していた、トロイメンの国の王子ですよ。姫と同じように呪いを掛けられ、今まで百年の眠りについていたのです」

「その手があったか」

 ダークが呟き、五人目の王子に睨まれると、さっと顔を背けた。

「私が嘘を申していると?」

「いや……」

 無視するつもりだったのか、少し迷ってからダークは五人目の王子に目を向けた。

「ただ、その王子が結婚して国を継ぎ、幸福に暮らしたという話を聞いたばかりだったものでね」

「それは兄の話です」

「兄?」

「そう。子供の頃に罪を犯し、国を追放されていた双子の兄です」

 広間にいる全員を見渡し、五人目の王子は言葉を継いだ。

「兄は追放されたことを恨みに思い、魔女と結託して呪いを掛けたのです。私が、もっと早く気付いていれば……。情けないことに、姫を救うどころか、私自身も呪いを受けてしまいました。そうして兄は私とすり替わり、国を我が物にしたのです」

「もっともらしいが嘘っぽい話だな」

「嘘ではありません!」

「うーん……」

 ダークは首の辺りを手でさすり、しばらく思案したあとで、俺には判断出来ないな、と言った。 

「どうなんだ、姫? 百年も前のことではっきりとは思い出せないかもしれないが、あんたの王子はこんな感じの男なのか?」

「そうね……」

 パール姫は五人目の王子を観察した。

「少なくとも王子様は、赤い髪ではなかった気がしますけど」

 五人目の王子は自分の髪に手を当てた。

「これは……呪いを掛けられたのです」

 アリスはじっと成り行きを見守っていたが、誰かが椅子を引く気配に振り返った。

 スワン王子が広間を出て行こうとしている。アリスと目が合うと、彼は軽く手招きした。アリスは立ち上がってスワン王子のあとを追った。

 ――何だかおかしなことになって来た。

 いばらの城で、百年振りに目覚めた眠り姫。彼女の運命の相手は誰なのだろう。百年前の婚約者? それとも姫を眠りから覚ました――。

 ――あれ? そういえば、姫を最初に目覚めさせたのって誰だったんだろう。

「人魚姫」

 スワン王子が呼び掛けた。

 私はアリスです……と訂正するのももう面倒なので、アリスはただ「はい」と返事をしてスワン王子に近付いた。

「何ですか?」

「探すのを手伝ってくれ」

「何をですか?」

「本だ」

 スワン王子は荷物を漁りながら言った。

「確か持って来たはずなのだが……」

 そこはスワン王子の使っている部屋らしかった。と言っても、荷物はまとめて床に置かれたままで、ベッドには横になった形跡すらなかった。

 ――昨夜は眠らなかったのかしら。それとも、きれいに片付けた? だとしたら、意外に几帳面なのね……。

「何の本を探してるんですか?」とアリスは聞いた。

「トロイメンの国の歴史の本だ」

「ああ、その本を見れば、あの王子様の言っていることが本当かどうかわかると――」

「あった、これだ」

 スワン王子は布袋の中から古ぼけた本を引っ張り出し、ページをめくった。アリスもスワン王子の背後に回って覗き込んだ。

「ここだ。読むぞ」



 ――昔、トロイメンの国の占い師が、一つの予言をした。

『近い将来、この国に双子の王子が生まれるでしょう。片方は王様の血を引き、清く正しい王になりますが、もう片方はお妃様の血を引いて、悪しき魔の力を持って生まれて来ます。その力はやがて、国に不幸をもたらすでしょう』

 占い師の予言通り、数年後、トロイメンの国に双子の王子が誕生した。

 王様はお妃様に、『お前は魔女なのか』と尋ねた。

 お妃様は『違う』と答えた。

『そうか。だがもし王子のどちらかが魔法を使ったら、私はその子を追放するぞ』

 二人の王子は魔法を使わなかった。二年経ち、五年経ち、八年が過ぎる頃には、王様も予言は間違いだったのだと思うようになった。

 ――けれど、双子の片方は確かに魔力を持っていた。そして、使わずにいることも出来なかった。二人の王子が十歳を迎えた日、ついにそれが明らかになった。

 兄王子が魔法を使い、城の外の森にあった川を干上がらせてしまった――。その知らせは王を落胆させた。

『川で溺れた弟を助けるためにやったのです』

 兄王子は弁解したが、王様は彼を信じず、また許しもしなかった。

 兄王子の追放が決まった時、弟王子は泣いて訴えた。

『兄上は私を助けようとしたのです。私を代わりに追放して下さい』

 兄王子は弟王子をなだめ、こう言った。

『もしもお前のナイフが錆びたら、五頭のお供を連れて、必ずこの国に戻って来るよ』

 そして、兄王子は国から出て行った。



 スワン王子が顔を上げた。

「どうした。なぜ泣いておるのだ?」

 アリスは濡れた頬に手を当てた。

「わかりません……」

「わからぬのか」

「わかりません……」

「そうか」

 それだけ言うと、スワン王子は黙ってアリスが泣き止むのを待っていた。

 アリスは涙を拭った。

「そのあと、兄王子がどうなったかは書かれていないんですか?」

「ない」

「ないんですか……」

「下巻には書かれているのかもしれぬが。この本は上巻ゆえ」

「上巻?」

 スワン王子は本を閉じ、アリスに渡した。アリスは本を目の高さに持ち上げて眺めた。

「あ、本当だ。上巻って書いてある……。下巻はないんですか?」

「徹底的に探したのだが、我が国の書庫にはないようであった」

「そうなんですか……」

 アリスが本を返すと、スワン王子はもう一度、本のページをめくった。

「やはりヒントにはならぬか」

「その本は誰が書いたんですか?」

「トロイメンの国の魔法使いだと言われておる。名前まではわからぬ。本の古さから見て、数十年は前のことであろうからな」

 アリスは首を捻った。

「トロイメンの国の魔法使いの書いた本が、なぜスワン王子の国に?」

「我が母上は魔女の血を引いておったゆえ、知り合いだったのかもしれぬ」

「え、それじゃスワン王子も魔法使いなんですか?」

「いや。母にも魔力は備わっていなかったと聞く。祖母にはあったようだが……私は会ったことがないゆえ、詳しいことはわからぬ」

「それじゃ、この本は……」

「待て」

 スワン王子が片手を上げてアリスを制した。

「あまり質問ばかりするな。息をつく暇もないではないか」

「ごめんなさい……」

「……だが、確かにこれだけでは、あの王子の言っていることが本当かどうかわからぬな」

 会話が途切れ、互いに黙り込んでいるところへ、後ろから声が掛かった。

「何をしているんだ、二人でこそこそと」

 開いたままのドアの向こうにダークが立っていた。腕を組み、渋面を作って二人を見下ろしている。

「こそこそなどしておらぬぞ」

 スワン王子は堂々と言った。

「そうか? なら、そこに隠し持っているものは何だ?」

「隠してなどおらぬ。見たければ見るが良い」

 ダークは近付いて来て、スワン王子の差し出した本を受け取った。まず表紙を見て顔をしかめ、ぱらぱらとページをめくる。

「なるほど……道理で色々詳しいわけだ」

 本を閉じてスワン王子に返し、ダークはにやりと笑って付け加えた。

「俺も切り札を出し渋っている場合じゃなさそうだな。また妙な王子も現れたことだし」

 スワン王子は不思議そうな顔をした。

「そなたはあの王子が偽者だと決めて掛かっておるようだが、なぜだ?」

「とにかく」

 ダークはくるりと背を向けた。

「いいか、二人共。お前たちの秘密は黙っていてやる。だからお前たちも、俺のすることに口出しするなよ」

「秘密とは何だ?」

「何かしら思い当たるだろ」

「……それは、はったりということではないのか?」

「かもな」

 ダークが広間に引き返すようなので、スワン王子とアリスもあとを追った。

 広間には五人目の王子と、パール姫とカーネリアン王子がいた。パール姫は座ったままだったが、カーネリアン王子は立ち上がっており、サフィルス王子はどこかに消えていた。そして、パール姫がこう言っているところだった。

「あなたが本当にクリスタロス王子だったとしても、もうどうでもいいことだわ」

「なぜです?」

 五人目の王子がパール姫に詰め寄った。

「政略結婚だったんですもの。ご存じでしょう? 今となっては無意味よ」

「けれど、私は愛していました」

「私は愛していなかったわ」

「きついなあ。……まあ、本人はいないんだからいいか」

 苦笑しながら、ダークが前に進み出る。アリスとスワン王子は一歩下がってダークを通した。

「悪いが、あんたはクリスタロス王子ではないだろう」

 ダークは五人目の王子に向かって声高に指摘した。 

「クリスタロス王子というのは、パール姫と婚約していた王子の名前か?」

 口を出すなと言われていたので、スワン王子は小声でアリスに囁いた。

「そうみたいですね」

 ――そういえば、なぜあの本には個人の名前が書かれていないのだろう。あれだけ細かく百年前の出来事を記して置きながら、名前を知らなかったということもないだろうに……。

 五人目の王子がダークを睨んだ。

「私がクリスタロス王子ではないと? では誰だと言うのですか」

「それは知らん」

「では、なぜ私が偽者だと? ……まさか、自分がクリスタロス王子だとでも言うつもりですか?」

「いや」

 ダークは首を振った。

「クリスタロス王子はここにはいない。俺は、クリスタロス王子の……子孫だ」

「子孫?」

「クリスタロス王子は俺の高祖父――ひいひいじいさんに当たる」

「とすると、あなたはトロイメンの国の……?」

「現在の王子だ。クリスタロス王子は子孫に自分の婚約者を託した。百年目の時が来たら、自分の代わりに姫を目覚めさせ、幸せにしてやって欲しいと」

「お前」

 カーネリアン王子が割って入った。

「争う気はないと言ったじゃないか」

 ダークはカーネリアン王子の方を向いた。

「争う気はないよ。姫が幸せになれるなら、相手は誰でもいいんだ。クリスタロス王子もそう思っていたはずだ。だから、姫が他の王子を選ぶなら、名乗るつもりはなかった」

 ただ……と言って、また五人目の王子に視線を戻す。

「本当のところを、はっきりさせたいと思ってね」

「筋が通っているが……」

 スワン王子がまたアリスに囁いた。

「あれもはったりなのか?」

「わかりません」とアリスは答えた。

 ――わからなくなって来た。どこまでが本当で、どこからが嘘なのか。誰が本当のことを言っていて、誰が嘘をついているのか。

「百年も前のことでは、今の私たちには確認のしようがありません」

「かもしれぬな」

「あのトロイメンの国の本に書かれていることだって、全部が全部本当かどうか……」

「いや、あの本に書かれていることは、全部本当のことだぞ」

「どうしてわかるんですか?」

「あの本には、本当のことしか書けない魔法が掛かっているのだと、ラークスパーが申しておった」

「本当ですか?」

「ラークスパーは嘘は言わぬ」

「それなら……それなら、あの本の下巻を見つければ、全てがはっきりするんじゃありませんか?」

 アリスの言葉に、五人目の王子の声が重なった。

「あなたの高祖父が本物のクリスタロス王子で、私が偽者だと、証明出来るのですか?」

「んー……」

 ダークは口をへの字に曲げ、少し考えた。

「肖像画がある」

「それが?」

「トロイメンの国を継いだのがクリスタロス王子の兄だとすると、その肖像画は兄の肖像画ということになるが、どっちにしても同じことだ。双子なら、クリスタロス王子と兄は顔がそっくりなはずだろう?」

「もちろんです。だから兄は、私に成り済ますことが出来たのです」 

「だが、その肖像画の王子は、あんたとまるで似ていない」

 五人目の王子はため息をついた。

「さっきも言ったでしょう。私は呪いで姿を変えられているのです」

「呪いは解けないのか?」

「それが出来るならとっくにやっています」

 カーネリアン王子がふと思い付いたように口を挟んだ。

「兄がお前にそういう呪いを掛けたのは、姫にお前をわからなくさせるためか?」

「そうでしょうね」

「復讐するなら、お前を姫のもとへ辿り着けなくさせた方がいいんじゃないか? 記憶を消すとか」

「それでは意味がありません」

 五人目の王子はきっぱりと否定した。

「自分がこういう目に遭ったから、お前のことも苦しめるのだと、相手にわからせなければ復讐になりません」

「だったら、うんと遠くで眠らせるとか……。……お前はどこで眠っていたんだ?」

「城の外の森です」

「森、というと――人を迷わせる呪いの掛かった森か」

「そうです。抜け出すのに苦労しました。歩いても歩いても、また元の、眠っていた場所に戻ってしまって……」

「元の場所だとなぜわかる? どこも同じに見える迷路のような森だと思ったが――目印でもあったのか?」

「家があったのです。小さな家が。私はその家の中で眠っていました」

 カーネリアン王子と五人目の王子の問答を黙って聞いていたダークが、顔を上げて尋ねた。

「その場所に案内出来るか?」

「目印を残して来ましたので、場所はわかります」

「パンくずじゃないだろうな?」

「違いますよ」

「じゃ、そこに連れて行ってくれ」

 五人目の王子は渋々頷いた。

「二度と戻りたくなかったのですが……仕方ありませんね。案内します」

「よし」

 ダークはぽんと手を叩いた。

「じゃ、出掛けよう」

「今すぐですか?」

「今じゃなくていつ行くんだ? 早い方がいい。誰か一緒に来る奴はいるか?」

「私は残る」とカーネリアン王子が言った。

「残って姫を守る」

 ダークはカーネリアン王子の視線を辿ってパール姫を見た。

「姫は?」

「興味がないことはないけれど……」

「そんな何があるかわからない場所に行ってはなりません」

 カーネリアン王子が姫を遮って反対する。

「……遠慮して置くわ」

 ダークは口元に手を当てて残りの面々を見渡した。

「あと一人くらい、証人が欲しいんだがな」

「ならば私が参ろう」

「私も行きます」

 スワン王子が言い、すぐにアリスも進み出た。

「私も……確かめたいです」

 ダークはスワン王子とアリスを見て頷いた。

「よし、じゃあ四人だな。あとの連中は留守番を頼む。城の守りは……カーネリアン王子がいれば大丈夫か」

「そういえば、サフィルス王子はどうしたのだ?」

 広間を見回したスワン王子に、パール姫が答えた。

「部屋へ戻ったんじゃないかしら」

「もう一人王子がいるのですか?」

 五人目の王子に答えたのはカーネリアン王子だった。

「お前が来た時にはいたはずだが」

「いえ……気が付きませんでした」

「どっちみち、あいつはこの城を出たがらないだろう。追われていると言っていたからな。さあ、日が暮れないうちに早く行こう」

 ダークが急かすと、スワン王子は「支度して来る」と言って広間を出て行った。

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