第6話 ライオネル・クリムゾンレッド・ブリスタニア(下)

 って、やばいやばいやばい!


 真剣にやばい!


 くはーー!?とかはにゃーん!とか、アホなこと思ってる場合じゃないよ!

 すぐに謝らないと!


 だって相手は上級貴族どころか王子さま=王族だったんだよ!?

 わたし今、王族を一瞬呼び捨てにしちゃったんだよ!?


「し、知らぬこととはいえ、御名みなを呼び捨てにするなどと不敬極まりない行為をしてしまい、大変申し訳ありませんでした。伏してお詫びいたしますのでどうかお許しください、ライオネル殿下」


 わたしは馬車の中でビシッと正座すると、そのままがばっと勢いよく頭を下げた。

 床におでこをこすりつける。


 不敬罪という言葉が頭をよぎった。

 王族に対する不敬罪はどこの国でもたいてい死罪だ。


 わたしは必死にごめんなさいをしたんだけど――、


「まずは顔をあげて? ボクはちゃんと顔を見て話したいから」


 おもてを上げろと言われたのでわたしは素直に顔をあげた。


「それに『殿下』はいらないよ。ボクがクレアと呼ぶようにクレアもボクのことをライオネルと、今まで通り呼んで欲しいかな」


「で、ですがライオネル殿下は身分尊き王族ですので――」


「それでも『殿下』はいらないよ。クレアからそんな他人行儀な呼び方をされると、ボクは少し悲しいな」


 ライオネルが本当に悲しそうな目をして言った。

 どうもこれは本心から言ってるっぽい。


「それではえっと、ライオネル……?」

 わたしは上目づかいで小さな声で呼んでみた。


 するとライオネルはニコッと笑顔になる。

 ステキな笑顔につられてわたしも笑顔になった。


「クレアはくるくると表情が変わって、見ていて飽きないね」


「えっと、はい、ありがとうございます……」


 バカにされてるようにもとれるけど、これはきっと褒めてくれている。

 わたしの巫女としての直感がそう告げていた。


 ライオネルは王族だっていうのに、庶民にも気さくなどこまでも性格のいい好青年みたいだった。


「ところでクレアはなぜブリスタニアとの国境沿いに? 見たところ旅でもしているようだけど」


「えっとそれは――」

 シェンロンを追放されたとは言いにくいな……入国を拒否されるかもしれないし……。

 でもこんないい人にウソをつくのはいけないよね。


 誠意には誠意で応えないとだよね。


 そう思ったわたしは、だから事のいきさつをウソ偽りなくすべて話すことにした。


「わたしがここにいるのは、実は――」


・サポート役と思われてるけど、実は聖女として働いていたのは自分だったこと。


・シェンロンが財政難でリストラされたこと。


・しかも国まで追放されて行く当てがなく、とりあえず隣国のブリスタニアに行こうとしていたこと。


・もう一人の神龍の巫女バーバラは巫女の力がないこと。


・そしてそれらすべてがバーバラの策略だったこと。


 わたしは包み隠さず全てを話したんだ。


 庶民のわたしの言うことでもライオネルなら少しは信じてくれるかもって、そんな風に思ったから。


 でも――、


「なんて酷いことをするんだ……こんなにも努力しているクレアをいきなりリストラするなんて。クレアがこんな酷い仕打ちを受ける理由が、どこにあると言うんだ」


 ライオネルは「少し」どころか「一切合切いっさいがっさい」信じてくれたんだ。

 それはもう気持ちいいくらいに信じてくれたのだ。


「えっと、わたしの言うことを信じてくれるんですか? 庶民なんですよ?」


「ウソをつくのは身分じゃないさ。貴賤きせんにかかわらずウソつきはいるからね。その人のけがれた人間性がウソをつかせるんだ。少なくともボクが王宮で見かけた健気にがんばるクレアは、ウソをつくような人には見えなかったよ」


 ライオネルは真っ白な歯をキラリーンとさせてそう言った。


「あ、ありがとうございます……」

 ううっさすが王子さま、カッコイイ……って見とれてる場合じゃなくて!


「ところでライオネル殿下――じゃなくてライオネルは、どうしてここにいるんですか? シェンロンに用事でもあったんですか?」


 わたしはそれが気になっていた。

 ライオネルはお供も連れずに1人だったから。


 どうも神龍国家シェンロンに馬で急いで向かってたっぽいけど……。


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