第5話 ライオネル・クリムゾンレッド・ブリスタニア(上)

 隠れて見ているだけだったへっぽこぴーなわたしがやれやれと一安心していると、ライオネルなる青年がなぜかわたしのいる馬車までやってきた。


「失礼ですが、あなたはもしや神龍国家シェンロンの『神龍の巫女』、聖女クレア殿ではありませんか?」


 そしてそんなことを聞いてきたんだ。


「えっと、はい、そうですけど……」


 いきなり素性を当てられたわたしは、びっくりしておどおどと答えた。


 な、なんでわたしの名前知ってるのかな?

 

 ――はっ!?


 もしかしてバーバラが放った刺客だったり!?

 追放しただけじゃ物足りなくて、やっぱり暗殺することにした的な!?


 だけどそんな心配は杞憂きゆうだったようで。


「おお! これはなんという僥倖ぎょうこうだ!」


 ライオネルは右手の平を心臓に当てると、左手を伸ばしてオペラ歌手のように言った。

 ものすごいイケメンなのでカッコつけたポーズがすごく似合ってた。


 もしわたしが同じ動作をやったら、ちんちくりんすぎてきっと笑いものにされるだろう。

 主にバーバラからね。


 バーバラはいつもわたしのことを、ちんちくりんの貧乏庶民だって笑うんだから。


 ――って今はそれはおいといて。


「申し訳ありません、どこかでお会いしましたでしょうか?」


 わたしは丁寧に質問した。

 多分この人はどこぞの上級貴族だから、あまり失礼なことをするのはよくない。


 そしてわたしの名前を知ってるってことは、神龍国家シェンロンの王宮にきたことがあるのかもしれなかった。


 わたしは聖女ではあったものの名目上はサポート役で、しかも庶民だったからあまり貴族のパーティなどには出席していない。


 というかバーバラから、

『あんたみたいな庶民が貴族のパーティに来るとかありえないでしょ?』

 と言われて参加できなかった。


 だから貴族の方の顔も名前も、わたしはあまり知らなかったし。

 他国の貴族からもほとんど顔も名前も知られてないはずなんだけど……。


「お会いしたことはありません。ですがシェンロンの王宮で何度か、クレア殿のお姿を拝見したことがあります。遠目からでしたけどね。『神龍の巫女』としていつも一生懸命に働いていた姿はたいへん好感がもてました」


 爽やかスマイルでニコッと笑いながらライオネルが言った。


 くはーー!?


 こんな超イケメンにそんなこと言われたらわたし、ちょっとはにゃーん!ってなりそうなんですけど!?


 もしわたしがちんくりんじゃなくてもっと美人だったら、気の利いたことも言えたんだろうけど。


 あいにくとわたしは巫女としての才能以外は、どこまでも冴えない庶民なわけで。


「あ、ありがとうございます……」

 顔を真っ赤にして消え入るような声で言うのがやっとだった。


「ところでクレア殿はなぜこのようなところに?」


 ライオネルは優しい笑顔のまま言った。


 物腰はやわらかいし笑顔は絶やさないし、出会って間もないけど本当にステキな男の人だなぁって思う。


「えっと『殿』はいりませんよ。クレアでかまいません。えっとライオネル――じゃない、ライオネルさんでしたよね?」


 一瞬呼び捨てにしちゃって、わたしは慌てて「さん付け」で言いなおす。


「おっと、これは失礼しました。美しいレディに対して自己紹介をしていなかったとは、このライオネル一生の不覚です」


 そう言うとライオネルは居住まいを正して、女性をエスコートする貴族の顔で言った。


「申し遅れました聖女クレア。ボクの名前はライオネル・クリムゾンレッド・ブリスタニアと申します。以後お見知りおきを」


「ぶりすたにあ……?」


 ブリスタニアって、今からわたしが行こうとしてるお隣りの国の名前だよね?

 この人、なんで名前に国のなまえが付いてるの?


「ブリスタニア王国第3王子、人呼んで“真紅の閃光”ライオネル。よろしければ親しみを込めてライオネルとお呼びください、聖女クレア」


「あ、ライオネルさんはブリスタニアの王子さまなんですね……って王子さま? 王子さま……王子さま……王子さまっ!!!???」


 わたしは思わず超大きな声でさけんでしまった。


 だって!

 だって、だって!


 王子さまなんだよ!?

 プリンスなんだよ!?

 しかもすごく物腰柔らかで超イケメンなんだよ!?


 いきなりのことに金魚みたいに口をパクパクさせて動揺してるアホなわたしをみて、それでもライオネルはニコッとやさしく微笑んだままだった。

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