第4話 キングウルフ
わたしは長年ずっと貯め込んでいたお給金で、急いで旅の道具をそろえた。
残ったお金の半分は今後の資金に。
残った半分をわたしを育ててくれた孤児院に寄付をする。
わたし一人のお給金を溜めたものなんてぶっちゃけそんなに大した金額じゃなかったけど、孤児院は日々の生活にも困ってるからとても喜んでくれた。
昔お母さん代わりだったシスターさんも最初はすごく喜んでくれたんだけど、わたしが国外追放されることを聞くとすぐにワンワン泣いてしまった。
泣きながら最後の瞬間までずっと手を握って心配してくれたシスターさんに、わたしは別れを告げると。
隣国ブリスタニアへと向かう隊商の馬車に乗せてもらう。
隊商はたくさんの護衛をつけるので長距離移動では最も安全な移動手段なのだ。
その分、普通の旅馬車よりも運賃は高いけどね。
でも野盗に襲われるよりはお金を払った方がはるかにマシだ。
なにせわたしってば戦闘能力はからっきし――っていうかまったくのゼロなので。
襲われたら隠れるか逃げるしかできない以上、護衛のお金はケチれない。
一応、巫女として朝から晩まで休む間もなく働いてたから、根性と体力だけはそれなりにあるとは思うんだけど……。
ともあれ。
いくつもの荷馬車で構成された隊商は、わたしを乗せて街道をコトコト、コトコトと進んでいく。
旅立ちの準備で徹夜していたわたしは、馬車の振動に速攻で眠気を誘われてすぐにぐっすりと眠りこけてしまった。
「すー、すー……すー、すー……えへへ、もう食べれないよ……でもお肉は食べようっと……」
だけどもうそろそろブリスタニアとの国境というところまできて、隊商が停止した。
停車した反動でガクッとなったことで、わたしはハッと目を覚ました。
「はぅー、よく寝た……馬車の中ってなんでか眠くなるんだよね。なんでだろ?」
ぼーっとしながらモソモソと目をこすっていると、なんだか外が騒がしいことに気がついた。
護衛の傭兵たちがせわしなく動いていて、隊商の面々も密集して防御陣形を構築している。
「どうしたんだろう? なにかあったのかな……?」
わたしが荷馬車からそっと顔を出すと、
「正面にキングウルフの群れがいる! こっちに向かってくるぞ!」
隊商を護衛する傭兵の一人が大きな声をあげた。
「くそったれ、山間部に住むキングウルフがなんでこんな平原地帯に下りてきてんだ!」
「でかい群れだぞ! 気を付けろ!」
「ちっ、今日はついてねぇな!」
傭兵たちが次々に文句を言っている。
それを、
「文句はあとだ! 総員、直ちに戦闘準備に入れ! 前方に魔獣用のマキビシをバラ
傭兵たちの指揮官が一喝すると、部下の傭兵たちは素早くきびきびと動きだした。
どうもこの指揮官の人はひとかどの人物っぽいね。
きっとシェンロン王国の元騎士団の人だよ。
すごく冷静だし言動が洗練されてるもん。
「それにしてもキングウルフが出るなんて……」
わたしは小さな声でつぶやいた。
キングウルフは文字通りキングサイズのおおきな狼のことだ。
山岳地帯に生息する中級の魔獣で、この辺りの整備された街道ではまずお目にかからないはずなのに……。
『神龍災害』って可能性がわたしの頭をよぎった。
神龍さまは龍――ドラゴンというだけあってめちゃくちゃ強い。
ドラゴンは膨大な力が集まったエネルギー生命体と言われていて、まちがいなく世界で最強の存在だ。
そんな神龍さまが目を光らせてくれるおかげで、神龍国家シェンロンではここ100年魔獣に襲われることはほとんどなかった。
神龍さまの守護するテリトリーに魔物が勝手に入ったら、上位の魔獣であっても一族郎党ぶち殺されるから。
つまり神龍さまは、必死にご機嫌取りをするわたしたちのことをちゃんと守ってくれてたんだよね。
でも『神龍の巫女』(バーバラのことね)が神龍さまのご機嫌取りをしなくなったから、守ってくれなくなったんじゃないかな?
っていうか昨日の今日でしょ?
嫌がらせでわたしを追い出したんだから、せめて1日2日くらいはちゃんと仕事してよね!?
神龍さまってばほんと短気なんだから、舐めたことしてると大変なことになっちゃうんだからね?
わたしがそんなことを考えている間にも、傭兵たちはキングウルフに応戦していた。
「左は防御を固めて、右から回り込め!」
「おうよ!」
「了解!」
指揮官さんがうまく傭兵さんをまとめて戦ってるけど、キングウルフは数も多くてかなり手こずってるみたいだった。
キングウルフは野盗とくらべてはるかに強いもん、それも仕方ないよね。
傭兵もまさかキングウルフの群れと戦うだなんて思ってもなかっただろうし。
それくらい神龍国家シェンロンは今の今まで平和すぎる国だったから。
「でも、これはちょっとまずいような……」
傭兵たちはなんとかキングウルフを押しとどめていたが、守備的に戦っていることもあって、なかなか相手に決定打を与えられない。
そうしている間にも少しずつ傭兵さんたちは押し込まれ始めた。
はぅ、このままだと護衛の傭兵部隊がやられちゃうかも!?
そうするとわたしも……。
今日までずっと毎日がんばってお仕事をしてきたのに、嫌がらせで追放されてたった1日で死ぬとかそんなのないよぉ……。
わたしが自分のあまりに情けない境遇にションボリ肩を落とした時だった。
ヒュン――!
小さな風切り音と共に、どこからともなく飛んできた赤いバラが一輪キングウルフたちのちょうど真ん中の地面に突き刺さった。
そして、
「セヤァッッ! ハッ!!」
鮮烈なかけ声とともに鋭く剣が振るわれると、キングウルフが1匹ばたりと倒れ伏したのだ――!
さらに、
「ハァッ! ヤァッ! セイヤッ! タァッ!!」
1体、2体、3体とキングウルフが次々と斬り捨てられていく!
「ふぇぇ――!?」
いったい何が起こったの!?
わたしは馬車から身を乗り出すと、目を
するとそこにいたのは、真紅のバラにも引けをとらない真っ赤な軍服のような貴族服を着た、長身の青年だった。
さらさらの絹糸のような金髪と、青空のように澄んだ青い瞳。
端正な顔立ちは超がつくほどのイケメンだ。
「我が名はライオネル! “真紅の閃光”ライオネル・クリムゾンレッド・ブリスタニアなり! これより貴君らに助太刀する! 不浄の魔獣めが! 我が剣の
そしてライオネルなんちゃら(長くて覚えられなかった)と名乗った青年は、その類まれなる剣さばきで次々とキングウルフを倒していった。
「いまだ、彼に続け! 攻撃部隊は右翼に斬り込め!」
その間に傭兵たちも防御陣形を再度組みなおして、ライオネルの動きに合わせるように反撃を始めた。
しばらくすると大きく数を減らしたキングウルフの群れは、我先にと逃げ去っていった。
わたしたちは勝ったのだ!(わたしは見てただけだけど)
傭兵の人が何人かケガをしたみたいだけど、それ以外に大きな被害はなかったみたい。
ともあれ。
「良かったぁ……」
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