第4話 旅立

特注の初級討伐を成し遂げ、盃村の"依頼酒場"へ戻った名無、うらら、雨潮。

依頼仲介者の老婆から引換券と完了依頼書を受け取る名無。

「金って物を手にした事がなかったんだが、こんな安っぽい紙切れなのか?」

「それは引換券だ。近くの銀行で現金に換えてもらえる。ここに金があったら野盗どもの餌食だろ」

「確かに…」

3人は道を挟んだ向かいの建物へ向かう。盃銀行と書かれた大きな看板が設置されたレンガで積まれた建物だった。入り口には屈強な門番が2人並んでいた。名無が依頼書を見せると門を開けてくれた。

豪華なシャンデリアのオレンジ色の光に照らされた薄暗い広間に横長のカウンターがあった。その中心にスーツ姿の男が立っている。

「無表情だな。感情あるのかよ」

「名無くん失礼だよ」

「悪ぃ…。あんたに渡せばいいのか?」

スーツの男に依頼書を渡す名無。

「ご苦労様です。報酬を御用意致しますので、そちらのお席でお待ちください」

3人はソファーのある待合場で待つことにした。


待っている間、雨潮がある事を聞く。

「聞いていなかったが、お前たちはどこから来たんだ?」

「地名が分からない…。うらら、あの辺はなんて言うんだ?」

「熊切地方です」

「獣魔の出没が多い所だな。よく今まで生きて来れたもんだ」

「心優しいお爺さんが助けてくれたんです」

名無が口を挟む。

「そのジイさんが居なかったら俺たちは戦う術を学べなかったんだ。その恩返しに、討伐依頼を受けた」

「誰かの為に…か…」

「雨潮さんはどうして獣魔と戦っているんですか?」

「恋人の復讐だ。5年前、バラ園で散歩をしていたら獣魔に出会した。戦闘術をまるで知らなかった俺はぶっ飛ばされたよ。奴らは女をさらい、優秀な子を宿す性質がある事は知っていたから、命がけで止めたよ。だが…このざまだ」

雨潮は哀しそうな表情で眼帯を撫でる。

「気が付いた時には、獣魔も恋人も居なかった。あの日依頼、誘拐した獣魔を追っている。見つけ出して必ず殺してやると誓ったんだ」

「そうだったんですね…。辛いことを思い出させてすいません…」

「いいってことよ」

雨潮の話を聞いて名無は、自分が獣魔とのハーフだということを伝えようとするが、スーツの男に呼ばれる。

「名…無さま?」「あぁ。俺だ」

カウンターへ行くと、札束が出されていた。

「報酬になります」「サンキュー」

報酬を受け取り銀行を出る。


名無は、雨潮に報酬の3/1を渡そうとした。

「あんたの分だ」「いらねぇよ」「何…?」

「そのジイさんとやらに渡してやれ。世話になったんだろ」

「だけど、あんたが居なかったらこの依頼は成立しなかった」

「久し振りに楽しませてもらった。礼だ」

雨潮は報酬を受け取らずに去って行く。

「じゃあな…。うららちゃん元気で」「は…はい!あの…ありがとう」

うららの弾けるような笑顔が雨潮の心に突き刺さる。

{くそ可愛いなおい…}

頬を赤くする雨潮は恥ずかしそうに手を振って再び歩き出した。

「意外と良い奴だったな…雨潮…」

「そうだね。なんか気に入られたみたい…」

「だな。それじゃあ、ジジィの所に戻るとするか」


一人去って行った雨潮は路地裏に入り、恋人の事を思い出す。

大粒の涙が片目から溢れた。

{さっきの獣魔も奴じゃなかった…。いつになったら出会えるんだ…あの野郎に…!!頼むから無事でいてくれ…}

涙を拭い、改めて恋人を誘拐した獣魔を追い続ける決心をした雨潮は突き進むのだった。


老人の小屋がある熊切地方に戻る名無とうららは…

「なぁうらら。この報酬って結構貰ってる方なのか?」

「そうだよ。こんな札束見たことない。お爺さんの小屋を作り替えるくらいはできるんじゃないかな…」

「金ってすごいんだな…」


そうこう話しているうちに老人の小屋に辿り着く2人。

いつもは閉まっているはずの扉が半開きになっていた。

「ん?ジジィ、どっかに行ってるのか…?」

「出かけるときは必ず戸締りをしているはずだけど…は!」

うららが、血のついた矢を発見する。

「お爺さんの矢…?」「間違いねぇな…。獣魔と戦ったのか?」

嫌な予感がした名無は小屋へ掛ける!

「ジジィ!!」

老人が両目から血を流して倒れていた。なんと、尖った細い木の枝が刺さっていたのだ。

後から来たうららが、口を押えて驚愕する。

「そ…そんな…!お爺さん!!」

「おい!何があった!」

名無しに抱えられた老人は一言だけ言って気を失う。

「……奴…が…来た…」

「ジジィ!ジジィ!!!」


程なくして、応急処置が終わり意識が戻る老人。

「う…。すまないな…」「気が付いたか!大丈夫かよ!」

「視力は奪われたが…。大分楽になった…」

「獣魔にやられたんですか?」

「あぁ…。小僧は知ってるかもしれんが…。あの夜、渓谷にいた獣魔だ」

「ジジィが両目を射抜いた獣魔か…」「その復讐に来たってことですか?」

「う…。死んだと思ったんだろうな…また…去って行った…よ」

老人は再び苦しみだす。

「お爺さん!あまり無理しないでください」


名無は、自分のせいで傷付いた老人を見て怒りがこみ上げる。刀を握り、猛スピードで出て行ってしまった。

「名無くん!」

うららの声は届かない…


名無は走る!悔しくて悔しくてたまらない気持ちを抱えながら森へ入った。気が付けば辺りは夕焼けに包まれていた。

獣魔と人間のハーフである彼の嗅覚は異常に発達していた為、あの夜に会った獣魔の匂いを覚えていたのだ。

{この辺だな…}

鼻をひくひくさせて匂いを追う。

暫く進むと、開けた場所に出る。動物を丸焼きにしている獣魔一家を発見。そのうちの一体は老人を襲った獣魔だ。

{あいつだ!目を潰される…}

刀を抜いて歩み寄る。

名無に気付いた複数の獣魔たちが、一斉に飛びかかった。しかし、名無の高速斬りが炸裂して、簡単に無力化される。

目を潰された獣魔も名無の接近に気付く。攻撃するかと思いきや後退りをした。

そう、名無は自分の中の獣魔の力を解放していたのだ。強烈な殺気を感じずにはいられなかった。

「よくもジジィを襲ったな…。殺してやる」

瞳は獣魔と同じような紅蓮の色に変わり、こめかみに生えた短いツノが伸びる。睨みつけながら走り出した時、屈強な大柄の獣魔が現れて、向かってくる名無を殴り飛ばした!

「ぐはぁっ!!!!」

近くの岩に打ち付けられて血を吐いてしまう名無。

「なんだてめぇ…」

屈強な獣魔の後ろに隠れる目を潰された獣魔。

どうやら夫婦のようだ。


「邪魔だぁ!どけぇぇぇぇ!!!」

名無は血を拭い、再び飛び掛かる!屈強な獣魔は左腕で刀を防ぐが、影光刀の刃が食い込み血が垂れる。「グォォォォォ!!」

痛みを堪えて空いた右腕でパンチを繰り出すが、名無のスピードにかわされて背後を取られる。そのまま猛スピードで切り刻んでいく名無。夥しい血が噴き出し、辺り一面血の海と化した。巨大な腕を踏み台にして、スピードに乗ったまま両目を切り裂いて着地する。

そして、目を潰された獣魔に近付く。

「やっと邪魔者がいなくなった。貴様を食ってやる!!」

尖った歯を剥き出しにして不適な笑みを浮かべる名無は、すでに人間の顔をしていなかった。

夫と見られる屈強な獣魔は、視力を奪われ切り刻まれたにも関わらず名無に飛びついた。油断していた名無は、屈強な獣魔もろとも渓谷へ落ちてしまった。


小屋に残り、老人の看病をするうららは窓から外を眺めながら、名無の帰りを待っていた。

{…名無くん…どこ行ったの…}

その時、老人が震えながら起き上がって言った。

「必ず…帰ってくるさ…」

「お、お爺さん!寝てなきゃだめですよ!」「いや…もう手遅れだ」

「え…?」

「今まで黙っていたことがあってな…。大分前に、獣魔の毒牙を食らった」

羽織を開いて傷口を見せた。上半身の殆どが紫色に染まっていた。

思わず口を覆って動揺するうらら。

「は…。そ、そんな傷…負っていたなんて…」

「あの獣魔に襲われなくても、時間の問題だったんだ…。小僧に知られれば、また自分を責めるだろう…。だから黙っていた。お嬢ちゃん…。押し入れの中に…ゲッホゲッホ!」

血を吐きながら苦しそうに話す老人を宥めようとするうららだが、近づくなとジェスチャーを受ける。

「押し入れの中に…。やり残したことが…ある…」

「…」

必死に伝えようとする老人の姿に、涙がこぼれるうらら。

「それをやり続ければ……。小僧の…夢に…繋がるはずだ…。今回の…報酬額があれば…当分は生きていけるから…自分たちのために…使うんだ…。それと…」

「…お爺さん…」

「……ありがとう…。お前たちに出会えた事で…息子と妻に…会えた気がした…よ…」

名無とうららに感謝を伝え、息を引き取った。

「そんな…。感謝するのは…こっちですよ…」

動かなくなった老人を抱きしめながら涙を流すうららだった。


一方、獣魔もろとも渓谷に落ちた名無は…

川に撫でられて目が覚める。目の前には太い枝に刺さり、身動きがとれなくなっていた先ほどの獣魔がいた。

「よう…。神様がお前に怒ってるみたいだな…」

「グォォオオオオ!」

「悔しいか?人間に負けるのが…?」「グォォ!!」

落としていた刀を拾い、獣魔に近付く。

「悪いが…。お前も、あの獣魔も殺す」

ザシュッ!!首を斬り飛ばす。大量の血が真上に吹き出した。


名無が狙っていた、老人を襲った獣魔は真っ暗な森を走っていた。

奇妙な鳴き声で仲間を呼ぶと、数匹の獣魔が木々の隙間から出てきて、名無のいる方向へ進んだ。


程なくして、突き落とされた所まで戻ってきた名無。仇の獣魔の姿は無かったが、匂いを察知する。

「そっちだな…。逃がさねぇぞ」

木々を飛び移り、猛スピードで後を追いかけていると、援軍の獣魔が2匹飛び掛かってきた。しかし、獣魔の力を解放している名無の敵では無い。

目にも止まらぬ速さで走り過ぎ、次の瞬間には首が飛んでいた。


1km程先を走る仇の獣魔は、近付いてくる名無の気配を感じ、岩陰に隠れる。背後から喰う作戦のようだ。


援護の獣魔を蹴散らしながら距離を縮める名無。

{奴の匂いが近い…。この辺だな…}

鼻を効かせてうろうろする名無の姿を目視する仇の獣魔。

隙を見て背後から飛び掛かる!

しかし、背後を取られたからといって食らう名無では無かった。

瞬間移動のごとく獣魔の背後に移動する。次の瞬間には、両腕が切り落とされていた。「グォォォォォ!!!」

「これでもう、人間の肉は掴めねぇな。次は舌だ…!」

振り向いた瞬間に、顎を切り落とす。大量の血がボタボタと垂れる。

「どうだい?悔しいか?」

名無は獣魔を切り飛ばす快感に溺れ、表情は人間からかけ離れていた。

「そうだ…。お前、食われてみるか?」「グォォ?」

「いい考えだと思わねぇかぁ!?」

獣魔の首をガシッと掴み、思いきり引き寄せる。自分が食われるという未知の恐怖を感じ、身体を小刻みに揺らす獣魔。口を大きく開けて、首を食いちぎる。痙攣した獣魔は絶命した。


次の瞬間、強烈な吐き気が名無を襲う!

「ぐ…おぇぇぇぇ!!」

目の色が元の紺色に戻り、角や爪が元の長さになった。

「獣魔って…こんなに不味いのかよ…。しかし…無残に殺しちまったな…」


老人の最期を見届け、押し入れを開けるうらら。

壁中に地図が書かれた布が貼ってあり、革のカバーで覆われた手帳が落ちていた。拾って開いてみると、獣魔の被害報告が書かれていた。

{これは…!!}

あることに気付いたうららは、手帳に書いてある事と地図を照らし合わせる。

{まさか…。お爺さんは私たちに出会う前から、各地を周って獣魔を討伐していた…?。さっき言ってた、名無くんの夢に繋がるって…このことだ…}


小屋に帰ってきた名無は、近くの川に写る自分の姿を見る。

「…血だらけじゃねぇか…えらくやられたな…。こんなんじゃジジィ心配すんな…。でも、倒したぜ…」


玄関を開け、仰向けの老人に声を掛ける名無。

「ジジィ無事か!!?…あの獣魔、倒したぜ!!」

横になっていた老人はピクリとも動かず、肌は青白くなっていた。

何度も揺さぶるが反応は無い。

「お…おい…」

真実を告げる事が怖かったうららは、正座で俯いていた。

「うらら…。ジジィが動かねぇぞ…」「…」

「どうなってるんだよ…?おい!!」「…息を引き取ったの…」

「し…死んだのか…」「…うん」「そんな…嘘だろ…」

名無は、涙を流しながら老人を抱きしめる。

「くそ!…また俺のせいで…くそっ!!!」

うららの母親の事を思い出し、悔しさで溢れる名無をそっと抱きしめるうらら。

「名無くんは何も悪くないよ。お爺さんね…。亡くなる前に言ったの。名無君のお陰で、息子に会えた気がしたって…。少しの間だけでも、お爺さんの心が救われたんだよ。だからもう自分を責める事はしないで…」

「ジジィ……」


名無とうららは、老人の遺体を土に埋め、弔った。


うららは、老人に託された事を名無に伝える。

「名無くん…。ちょっと見てもらいたいものがあるの」

押し入れを開けて、地図の書かれた布を見せる。

「こ…これは…?」

「獣魔の被害にあっている地区みたい。ここに細かい情報が書いてある」

うららは、革のカバーの手帳を渡す。

「獣魔による被害…?これって、ジジィがやってきた事が記されてるのか?」

「うん…。多分、線が引かれている所は解決してて、何も書いていない部分はまだ残ってるんだと思う」

「そうか…」

「人を襲う獣魔を可能な限り殲滅するっていう、名無くんの漠然過ぎる夢に近付くんじゃないかな…?」

「バクゼン?よく分からないけど…。ジジィの残した役目ってことだよな?…今までの感謝を込めて、成し遂げようぜ」

「うん。そうだね…。あと…その手帳の裏に書いてある名前…名無くんにあげるって言ってたよ」

「名前…?そういえば…無かったな…」

手帳の裏側を見ると、革のカバーに「神木朝陽かみきあさひ」と書かれていた。

「なんて読むんだ?」

「かみき…あさひ…。今日から朝陽だね!」

「お…おう…。これ…誰の名前なんだ?」「お爺さんの名前なんだって…」

「そうか…。俺にくれたのか…名前を。ありがとうなジジィ…」

名無/朝陽は、手帳をギュっと抱きしめた。


朝日が昇り、地獄のような夜が明けた。

2人は老人が用意してくれていた新しい服に着替え、地図と手帳を麻袋に入れて小屋を出た。


果たして、朝陽とうららの新たな旅路に何が待ち受けているのか…





続く

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