第3話 初陣

頭に空瓶を投げつけられたスキンヘッド男は、うららの手を放し声のする方向を向く。

「顔みせろコラァ!!ぶち殺してやるぞ!!…は!!」

気付いた時には、背後を取られていた。背中に装備していた大剣で切ったのか、スキンヘッド男の衣服がボロ切れのようになっていて、尻が丸出しになった。「こ…この野郎…覚えてろ!!!」

スキンヘッド男は頬を赤くして走り去って行った。


灯りの灯っていた場所に立っていたため、容姿が確認できた。

グレー髪のテクノカットに眼帯を付けた男だった。右肩には真っ赤なマントがなびいていた。

名無は眼帯の男に礼を言おうとするが、見向きもせずうららの前に立つ。

「ケガは無いかお嬢ちゃん」「は…はい」「それで、彼氏はいるのかい?」

「かかか…彼氏…。いないですけど…」

「良かった…こんなマヌケが彼氏じゃなくて」

眼帯男は、名無を煽るように見る。

「マヌケ…?そりゃあ誉め言葉か?」「お前、バカだろ」

「バカ…?そりゃ、完全に貶してるな。誰がバカだ。こっちはてめぇに礼を言おうとしたのによ。結局うらら目当てかよ」

名無の話をスルーして、再びうららに話しかける眼帯男。

「君、うららって言うのか。かわいい名前だな」「ど…どうも…」

「雨潮栄蔵うしおえいぞうだ。よろしくな。気が向いたら俺の部屋に来てくれ。そこの宿の305号室にいるからよ。じゃあな」

雨潮は軽く手を振って去って行った。


「なんだったんだろう…。あの人…」

「気に入らねぇ奴だけど、実力は確かだな。あの素早さ…普通じゃない…」

「うん。私も見えなかった」

「依頼所はこの先の扉だろ?行こう」「そうだね」

2人は依頼所のドアを開けた。


カウンターのみの狭い部屋に、微動だにしない老婆が座っていた。禍々しい雰囲気に不安を感じるうらら。

「ここで…合ってるよね?」「そのはずだ。婆さん起きてるか?」

「名無くん?!」

名無の無鉄砲さに呆れるうらら。

掛け声に気づいたのかゆっくりとこちらを向く。

エスニック風の巾着を被り、両目は縫い付けられていた。あまりにも不気味な姿に言葉を失う2人。

「若いな…。依頼を受けにきたのかい?」

「あ…あぁ。そんなところだ」

「座りなさい」

老婆の言う通り、カウンターテーブルを挟んだ目の前の席に座る。老婆は背後の古びた本棚から、大きな古書を出した。

「見るからに魔法タイプでは無さそうじゃな」

{見るからに…って、目縫われてるじゃねぇか}

心の中で突っ込む名無とは反対に感心するうらら。

「なんで分かったんです?」

「オーラが見えるのじゃよ。ん?そこの小僧から獣魔のオーラを感じるぞ」

「半人半妖ってやつだよ」

「そうか…。これから先、過酷な道乗りになるぞい」

「頑張るよ。それで、初心者向きの依頼はあるか?」

「そうじゃのぉ。今は景気が良くての。初級討伐依頼の特注が高額報酬になっておる。進めたいが3人からなのじゃよ。もちろん、通常依頼もあるがのぉ」

名無とうららは顔を見合わせて話し合う。

「確かに、他の初級討伐依頼と比べて倍近い報酬を貰えるね」

「ジジィに恩返しするならこれだよな…」「3人か…」

2人の脳裏に雨潮が思い浮かぶ。「「あ」」

老婆に特注依頼を保留してもらい、雨潮が泊まっている宿へ向かった。


名無が302号室のドアをノックすると、上裸の雨潮が出てきた。

「あぁ?てめぇに用はねぇぜ。帰れ」

呆れた名無がうららを突き出すと、掌を返したように話を聞こうとする。

「あの…。手を貸してもらえませんか…?」

「もちろんだ。うららちゃん」

名無は相変わらずの雨潮にため息を漏らす。


3人は、再び老婆の元に訪れた。

「3人揃ったようじゃな。依頼受領じゃ。これより概要を説明する」

老婆は両手をカウンターに乗せると、魔法陣が出現し、中央に獣魔の概要が表示された。

記載されていた大きさに笑う名無。

「1m30cm?チビ獣魔じゃないか。こんな奴簡単に蹴散らせるぜ。まず3人もいるのかよ」

「よく見ろアホ。チビには変わりないが200匹いるんだぞ?」

「げ…!ホントだ…」


「眼帯の坊やが言うように、お前達には200匹の子供獣魔を駆逐してもらう。骨が折れる依頼じゃが報酬もはずむぞい。場所なんじゃが…。盃村を出て南へ2k進んだ先にある使われなくなった地下の祠じゃ。依頼理由は、改装して弾薬工場として使いたいそうじゃ」

3人は特注依頼を受けて祠へ向かった。


蔦の生えた石造りの階段を下って行くと大きな広間に出る。更に三方向に続く階段が見えた。名無が祠の広さに驚く。

「こりゃあ想像以上に広いな…。別れて行動するか」

「そう…なるね。駆逐が終わったらここに集合することにしよ」

うららの提案を飲む名無と雨潮。3人は其々の階段へ進んだ。

まず右側の階段を進んでいた名無は…

薄暗い階段を進んでいると、先の方から複数の足音が聞こえる。

{来たか!!}

腰を落とし、刀を構えて精神を集中させる。

1匹の子供獣魔に背後を取られた!しかし、得意の俊敏性を活かしその獣魔の背後を取り返して首をはねた。グシャァーー!!

頭部が吹っ飛び、緑色の血が真上に吹き出す。

仲間の仇とばかりに複数の子供獣魔が現れ、一斉に飛び掛かる!!

刀を逆手に持ち替え、獣魔の群を電光石火のごとく切り裂いていった。


時同じくしてうららも子供獣魔と交戦していた。

ロッド状の武器 砕鉄棍棍を振り回して順調に倒してゆく。


獣魔との戦闘に慣れていた雨潮は挌闘術だけで交戦していた。

「あいつらに合わせて初級討伐を受けたが、ここまで手応えがねぇとはな。こんな雑魚共、束になったところで相手にならね…あ?」

余裕をかましていると、雨潮の頭上から大きな影が落ちる。見上げると3m程の巨大な獣魔が現れた。

「合体しやがったのか…!」

子供獣魔の群が結集して、一体の巨大な獣魔に変幻したのだ!

「おもしれぇ!!」

背中に背負っていた大剣を抜き、先手を打つため飛び掛かる。合体獣魔の頭と同じくらいの高さまで飛び上がり、大剣を垂直に振り抜く。

「刃動術式 二枚刃!!!」

銃のグリップに似た持ち手に付いているトリガーを指で引くと同時に刃が一瞬振動する為、二重に切り傷を与えらる。

合体獣魔の目は、縦に並んでいた為、一撃で視界が奪われた。バランスを崩して背中から倒れると、石造りの地面が割れて雨潮と一緒に下の階に落ちてしまった。

その階では名無が交戦していた。急に天井が割れて巨大な獣魔が落ちてきたので、動揺する。

「な…なんだ…!?こんなデカい獣魔がいるのかよ…!!」

仰向けに倒れる合体獣魔の腹部に着地した雨潮が答える。

「どうやらこのチビ共は合体できるらしい。まぁデカくなった所で俺の相手じゃないけど…な!!」

トリガーを引きながら大剣を振り下ろすと、先程と同じく二方向に切れ目が入る。両傷から血が吹き出し、雨のようになっていた。

「片付いたか?」

「あぁ。あんたがデカブツと落ちてきたお陰で大分楽になったよ」

「報酬は多めに頂くぞ」

「まぁ…そうなるよな。待ち合わせ場所に向かうとするか」

名無と雨潮は待ち合わせ場所へ向かった。


一方、うららは…

「嫌ぁああああ!!!」

待ち合わせ場所に指定していた広場へ向かって走っていた。すぐ後ろから、巨大なムカデのような形に変幻した合体獣魔がうららを追いかけていた。


雨潮と名無が広場で待っていると、うららが降りて行った階段から悲鳴が聞こえてきた。顔を見合わせて階段へ向かおうとした時、うららも丁度上がってきたが、2人を置いて猛スピードで駆け抜けて行く。

「うらら…?」名無は困惑していた。

「おい、何か来るぞ」

階段を這い上がるムカデ型獣魔を目視した名無と雨潮は剣を抜く。

雨潮に借りがある名無は先手を打ち一目散に攻撃を仕掛けたが刃が弾かれる!

「何!!」

ムカデ型獣魔の攻撃が続き、名無も対抗するがやはり刃が弾かれてしまう。


「どいてろぉぉ!!」

雨潮が剣を振り下ろすが、金属がぶつかる音が響いて弾かれた!間合いを取る名無と雨潮。

「あんたの剣でもダメなのかよ!」

「ち…。ムカつくぜ。甲虫って知ってるか?奴ムカデ型獣魔はその進化形だ」

「所詮虫だろ!?なぜ刃が通用しないんだ!」

「だから!進化形だって言ってんだろうが!!」


虫が苦手で逃げてきたうららだが、このままではダメだと思い再び祠に戻る。恐る恐る覗くと、名無と雨潮が交戦している姿が見えるが、ムカデ型獣魔の気持ち悪さに青ざめる。


ムカデ型獣魔は名無たちに飛び掛かるが、ジャンプで避けられる。しかし続けて尻尾を曲げて、先端に生えていた触手で攻撃する。飛んで来る触手を切り裂く名無。傷口からムカデ型獣魔の身体に血が垂れる。その瞬間、背中の皮膚が一瞬だけ硬化した。

「雨潮!見たか今の!」「何かが触れた瞬間に硬くなるのか…?」

「からくりが分かればこっちのものだ!石壁を砕いて、奴に浴びせてくれ!」

雨潮に指示を出して、ムカデ型獣魔に向かう名無。

「俺に命令しやがったな…。まぁいいだろう」

壁を踏み台にして天井まで飛び上がり剣を縦に振る!

「刃動術式 二枚刃!!!」

天井に二列の亀裂が入り、砕けた疎らの石がムカデ型獣魔に降りかかる。名無の読み通り、背中に石が落ちる度に皮膚が硬化していた。


呼吸のように硬化を繰り返していたため、通常時に戻る瞬間を見計らい、必殺技を繰り出す名無。

「閃光拡戦 雷ッ!!!」

目にも止まらない速さで突き刺す!

キィンッ!!と音を立てて弾かれ、両手に味わったことがない強さの痺れが襲った。「く…!」

間合いを取って後退するが、刀を落としてしまった。

{どんだけ硬い皮膚なんだ…。腕が痺れて刀が握れない…!!}


雨潮は疑問を抱く。

{何故だ…。硬化までのタイミングは合っていたのに防がれた。奴名無のスピードが足らなかったのか!?}

ムカデ型獣魔は、起動力を失った名無に飛び掛かる。その時だった。うららが目をつぶって向かってくる。

「やぁぁぁああ!!!精神結集 結晶砕!!!」

ロッドの先端に神経を集中させて叩く必殺技を、ムカデ型獣魔の首部に打ち込む。硬化で防いでいたが、首部の皮膚にヒビが入る!

「うらら…!?って、目つぶってるし!!」

「虫だけは苦手なんだよぉぉ!」

ムカデ型獣魔は、矛先をうららに変えて襲いかかったが、急に倒れたため攻撃は当たらなかった。

その光景を見ていた雨潮は、うららがやられたと思い一目散に駆け寄る。

「うららちゃん!!…無傷…?」

「近くで見てたけど、攻撃される瞬間、白目向いて倒れたんだ…。虫が苦手なんだと…」

「脅かしやがって…。余計好きになっちまったぜ。うららちゃんの一撃で皮膚にヒビが入った!硬化速度を稼げるかもしれない!あとはお前の技量次第だ!」

「あ…あぁ。痺れも大分引いてきた。もう一度…チャンスをくれ…」

「悔しいがお前のスピードは只者じゃない。俺は協力するしかなさそうだ。おそらく最後の瞬間に意識が散っている!刃を突き刺した時でも意識を欠かすな!!」

「今度こそ!!!」

雨潮は立ち上がり、ムカデ型獣魔の身体を踏み台にして天井を斬る。先ほどと同じように疎らの石が降ってきた。


タイミングを計り、飛び上がった名無は老人が伝授してくれた雷の極意を思い出す。

{そうだ…ジジィが言ってた。スピードに乗るほど刃先は振れ、意識が欠けると…。あの時は分からなかったけど、今なら分かるぜ!!}

「閃光拡戦…雷ぃぃいいい!!!!!」

落雷のような稲妻がムカデ型獣魔に向かって落ち、凄まじい地響きが起こる!結果を見守る雨潮。

「やったか…!タイミングは良いはず!」


煙が晴れると、刀を逆手に両手で持ち替え、ムカデ型獣魔の背中を突き刺す名無が現れる。稲妻の正体は彼だった。

ムカデ型獣魔は悲鳴を上げて絶命する。

「はぁ…はぁ…倒したのか…?」「そのようだな。よくやった」

「褒めたのか?」「うるせぇ」

雨潮は腰に付けていた筒状の装置を手に取る。

「祠の獣魔は、こいつで最後だ」「何だそれ?」

「獣知機じゅうちきと言って、獣魔の匂いを感じたら色が変わる代物だ」

「いい物だな」「しかしお前、本当に何も知らねぇんだな」

「あぁ。悪いか?」「ま、その方が幸せな時だってあるわな」

さりげなくうららを担ぎ、出口へ向かう雨潮。

不愛想ながらも、名無にヒントをくれる雨潮を尊敬し始める名無。

{意外と…いい奴なんだな…}


盃村へ戻る道中、雨潮の腕の中で目が覚めるうらら。頬を赤くし恥ずかしそうにもじもじする。

「あ…あの…。下ろしてください」「おっと、目が覚めたようだな」

「私、気を失ってたんですね…」「あぁ。おそらくケガはしてないぜ」

「ありがとうございます…。それで…あの獣魔は?」

「君の相棒が倒したよ」

雨潮が、先を歩いていた名無を指差して言った。


「そっか…。また助けられたんだ…。ダメだな私…」

自分の頼りなさに落胆するうららの肩をポンと叩く雨潮。

「自分を責めるな。うららちゃんのお陰で、攻略の糸口が見えたんだ」

「え…」

「目つぶったまま、ロッドを打ってたぜ。苦手な相手に向かっていく様は…本当に惚れちゃうな」「は…はぁ…」

相変わらずの雨潮に呆れるうららだった。


こうして三人は、初級討伐依頼を無事成し遂げたのである…






続く

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