第2話 武器

二本の大木の前に立ち、気合を入れる名無とうらら。

先に動いたのは名無だった。人間離れしたスピードを上手く生かして電光石火のように攻撃を仕掛ける。最後の一撃を放ち、着地する名無。

しかし、大木は傷を負っただけで倒れる気配すら無かった。

「そ…そんな!」

老人は、うららに視線を移す。

うららは木棒を高い位置で構えたまま、目を閉じていた。

{嬢ちゃん…まさか…!}


精神を研ぎ澄ませ、ゆっくりと目を開ける。凄まじいスピードで大木を一撃する。次の瞬間、うららが攻撃した箇所が木っ端みじんに砕け、大きな音を立てて倒れた。

先を越された事にショックを受けた名無は膝を付いてしまった。


老人がうららに歩み寄る。

「嬢ちゃん…今の技は…」「おじさんが教えてくれた、精神集結の技です」

「身に着けたのか…。私の技を…」

「はい…」「はははは。これは驚いた。普通の嬢ちゃんが精神集結を!」

悔しくて溜まらない名無は、立ち上がり森の中へ歩いて行った。

「名無くん!!」「ほうっておけ…」


渓谷で涼みながら素振りをする名無。

{何故だ…!何故砕けなかった!確かに捉えたはずなのにぃっ!!}

木棒を握るその手は既に血だらけになっていた。

老人がゆっくりと近付く。

「生が出るな。悔しいか?」「ジジィ!笑いに来たのかよ」

「まぁ、人間の嬢ちゃんに先を越された時のお前の顔は、笑えたがな」

「何だと!このクゾジジィ!!」「何故、獣魔の力を使わない?」

「え…」「あの力があれば、大木なぞ簡単に砕けるはずだ」

「…。分かってたのか…。俺はできる限り自分の力で強くなりたいんだ…。うららの両親や、罪のない人たちを食らう奴らの力なんて借りたくねぇ…」

「もう一日…待ってやるよ」

老人はそう言って去って行った。


日が暮れ、夕ご飯の支度をするうららは名無が気になる。

「もうこんな時間なのに、名無さん、帰って来ませんね…」

「あのバカ…まだ素振りしているのか…。ちょっと、探してくる」

「は、はい…気をつけてくださいね…!」「あぁ。飯は頼んだぞ」

弓矢を背負い、小屋を出て行く老人を心配そうに見送るうらら。


暗闇の中で、シャドウ素振り(敵をイメージして木棒を振る)を続けていた名無。

「は!しまった…もうこんな時間か…。戻らないと心配掛けてしまうな…」

チャプン!その時、河を歩く音が聞こえる。素早くその方向を見ると、小型の獣魔がよだれを垂らしながら歩いていた。

{獣魔…?小さいな…子供か。悪いが容赦はしないぞ}

木棒を構え直して子供の獣魔に殴りかかる名無。木棒を振りかざそうとした瞬間、名無に大きな影が落ちる。2m程の獣魔が口を開けて飛び出してきたのだ!

「な!!」

名無は、攻撃をやめて回避した。

「ち…あの小さい奴は囮か!!」

2mの獣魔は鋭く尖った爪の生えた右手を振りかざす。名無はその腕を踏み台にして再び殴りかかる!それを阻止しようと左手が迫るが、持ち前のスピードで回避してその腕を木棒で殴り骨を折る。

「グギャァァァァァ!!」

痛みで悲鳴を上げる獣魔だが、名無の攻撃は止まず、大木に放った攻撃と同じように電光石火に乗った攻撃で連打を浴びせる。止めに、額に重い一撃を食らわせる!

{仕留めたか!!}

止めを食らったように見えたが、獣魔の目がギョロッと名無を睨む。

「嘘…だろ!?」

油断した時だった。先程の子供獣魔が名無に食いかかる。そのまま吹っ飛ばされて、子供獣魔が馬乗りになり動きを封じる。

「く…このチビ!!」

2m獣魔は名無を食らうため、よだれを垂らしながら近寄る。

グルルルルルル!

近付いてくる2m獣魔を横目に命の危機を感じる名無だった。

{くそ…ここで…食われるのか俺は!嫌だそんなの…!!}


ピューッ!その時、口笛が響いた。音のする方を見る2m獣魔は、両目を素早く射抜かれる!

「グギャアアアアア!!」

両目から大量の血が噴き出る!!


矢を放ったのは老人だった。

名無を抑えていた子供獣魔が老人に気付き標的を変える。凄まじいスピードで狩ろうとするが、寸前で避けられて背後を取られる。

「遅いんだよ…ガキが」

腰に装備した小さなナイフを抜き、子供獣魔の後頭部に突き刺した。

「グギャアア!」悲鳴を上げて倒れ込む子供獣魔。

「いつまで寝てるんだ小僧!さっさとそいつを仕留めろ!!」

老人の掛け声で我に返る名無は、素早く立ち上がり、両目を抑える2m獣魔の顔面を木棒で突き刺す!2m獣魔は大量の血を吹き出しながら倒れ込んだ。

「はぁ…はぁ…」

「やったな小僧。記念すべき一体目だ…!!!!」

安心した時だった、老人の背後からロン毛の獣魔が現れた!

「な!!」

回避できる距離では無かったため、爪で切り裂かれてしまう老人。

「ぐあぁぁぁ!!」真っ赤な血が噴き出て仰向けに倒れる。

「ジジィィィィ!!」

名無は、必死に助けに駆ける!老人は、走って来た名無に小型のナイフを使えと投げる。キャッチした名無は逆手で構えて、ロン毛獣魔の頭部に突き刺した。大量の血が名無の顔面に掛かる。

傷が浅かったのか、ロン毛獣魔はまだ生きていた。甲高い不気味な声を上げながら森の奥へ走って行った。

「おいジジィ、しっかりしろ!」「あ…あぁ。まったく世話の焼ける小僧だ」

名無は、首に巻いていた麻布を老人の傷口に巻き、背負いながら真っ暗な森を進む。

{くそ!…まただ…また…俺を守って傷つく人が…}

ただ無事でいてほしいと祈りながら森を進む名無だった。


老人の小屋で晩御飯の支度を終えたうららは…

「おじさんも遅いな…何か…あったのかな…」

心配になり小屋の外に出てみると、真っ暗な茂みから、老人を背負った名無が歩いてきた。

「名…名無…くん?」

「ジジィが…獣魔にやられた…」「そんな!とにかく、小屋に入って!」


傷口に包帯を巻き、居間に寝かせる。老人の苦しそうな表情は収まり、眠りに入った。

「痛みは引いてきたみたいだね…」「あぁ…。俺は一体、何をしてるんだ…」

名無は、自分の愚かさに深く落ち込む。


自分を責め続けていているうちに眠ってしまった名無は、朝日で目覚める。

「は…」

目を覚ますと、目の前でうららが眠っていた。さらに奥に目をやると、昨日まで寝ていたはずの老人の姿が無い。

「ジジィ…?」

訳が分からず、小屋を出ると刀とロッドを持った老人が大木を見つめていた。

「目が覚めたようだな」「大丈夫…なのか?」

「あぁ。お陰さんでこの通りよ」

「丈夫なジイさんだな…」

「そうだ…一日経ったが…。また挑戦してみるか?」

「ふん…あぁ!やってやるぜ!」

名無は、昨晩の獣魔との戦いで何かを掴んだのか、昨日までとは目つきが違っていた。


うららも目を覚ます。付きっきりで看病していた老人の姿が無く、焦る。

「おじさん…?名無くんもいないし、2人して修行に出たのかな…」

寝ぐせを直しながら小屋を出ると、木棒を持った名無があの大木と対峙していた。

「起きたかい嬢ちゃん」「おじさん…大丈夫…?」

「昨日は助かったよ。嬢ちゃんのお陰でこの通り」

「良かったです。でもあまり無理はしないで」「あぁ」

「名無くん…昨日とは何か違う気がします…」「分かるかい?」

「なんとなく…」「奴はやるよ。必ずな」


大木の前で精神統一をする名無。

{ふぅ…。守られてばかりじゃ、何も変わらない…。俺はもう、目の前で傷つく人を見たくない…}

神経を研ぎ澄まし、木棒を逆手で持ち身体の前に構える。

次の瞬間、名無の姿が消える。得意の電光石火の攻撃を大木に食らわし、着地する。数秒して、木っ端みじんに砕ける大木。


「や…やりましたね…」「だろうと思って、準備は出来ているんだ」

老人は、玄関に置いてあった刀とロッドをうららに見せた。


「よくやったぞ小僧!」「あ…あぁ。自分でも信じられないよ」

「偉業を成し遂げた時はそんなもんだ。お前たちはこれで、獣魔と戦える力を身に着けた…あとは…武器だな」


うららと名無を集め、玄関に置いてあった刀とロッドを渡す。

「じゃあまずは、小僧に渡した刀の説明から始める。まぁ、抜いてみろ」

鞘から刀を抜くと、真っ黒の刃が出て来た。

「黒い刀…?しかも、軽い…」

「影光刀エイコウトウといって、俊敏性を武器にする奴には、扱いやすい刀だ。嬢ちゃんに渡したロッドは砕鉄棍さいてつこんと言って、伸縮型の棍だ。握ると精神が安定する。持ち手のボタンを押してみろ」

持ち手の赤いボタンを押すと、自分の身長程の長さに変形した。

「精神集結は叩いて砕く技だ。そのロッドの強度なら、余裕に頭蓋を砕ける」

約二年の修行期間を終え、念願だった武器を受け継いだ名無とうららは心が踊った。

「木棒とは勝手が違う。試しに手合わせでもしておけ。わしは休む」

老人は、軽く微笑みながら小屋へ戻る。


名無とうららは武器を構え、睨み合った。

「気付かないうちにお互い成長したな。まさかお前が戦いを学ぶなんてな」

「名無くん言ったじゃない。足手まといになるなって。私はそうしただけだよ」

「そんじゃあ、試させてもらうぞ」

「望むところ!」

お互いに武器を構え、踏み出した!!


小屋に姿を消した老人は、昨晩獣魔に受けた傷を見ながら己の寿命を悟る。傷口の付近が紫色に変色していたのだ。

{痛みが引かない訳だ。こりゃあ先は短いな…}


外では、名無とうららの激しいつば迫り合いが繰り広げられていた。

「雷光拡線 雷らいこうかくせん いかずち!!」

「精神結集 砕せいしんけっしゅう くだき!!」

名無が放つ「 雷」とうららが放つ「砕」が衝突した。

名無は、影光刀を逆手に持ち、うららの伸びたロッドの下部を刃で擦りながら猛スピードで迫る。「砕」の重い攻撃をロッドの軌道をずらす事で回避していたのだ。

うららの気付いた時には、刃先が喉に突き付けられていた。

「やっぱり強いね…名無くん」「お前もなうらら」

「手合わせはこのくらいにして、おじさんの所に戻ろうか」「あぁ」


2人は小屋に戻り、武器の感想を述べた。

「この刀、かなり使いやすいよ!よくできてるな」

「ロッドも取り回しやすくて気に入りました!」

「そうかい。そいつは良かった」

老人は、自分の死期を隠すように笑顔で答えた。


名無は人類を獣魔から救うための第一段階を突破し、今後の事を老人に話す。

「ジジィ…。戦い方を教えてくれてありがとう…。俺たちはそろそろ行くよ」

「成長したもんだな。最初は腕っぷしが強いだけのガキだったのによ。そういや、お前さんの目的は、人々を襲う獣魔を、可能な限り頬むる事…だったよな?」

「あぁ」

「ここを旅立つ前に、嬢ちゃんと一緒に一仕事してみないか?」

名無とうららは、顔を見合わせる。

「お前たちは獣魔との実践をもっと経験したほうがいい。特に、嬢ちゃんはまだ戦った事がないだろ?」

「そ…そうですね…」

「そこでだ。この地図に記された盃村さかずきむらの酒場へ行けば、獣魔討伐依頼を受けられる。ひと稼ぎしてこい。恩返しのつもりでさ」

「二年間のお礼…してなかったしな。行こうぜうらら」「そうだね」

「盃村までは西へ20分程歩けば辿り着く。準備が出来たら行くんだ」

老人は、地図を名無に預けた。


やがて日が暮れ、この日は休むことにした2人は、いつものように晩御飯の用意をする。台所に立つ2人を見て、亡くなった妻の渚と息子の朝陽を思い出す老人。

{こいつらはまるで、朝陽と渚だ…。神は死ぬ前に光を見せてくれたとでも言うのか…まったく…死にたくねぇな…}

老人は痛む傷口を抑えながら、横になる。


台所で晩御飯を準備している名無は、老人の異変に少しだけ気付いていた。

{ジジィ…最近すぐ寝るな…。やっぱりあの時の傷が…}

獣魔に襲われた夜の事を思い出し、冷や汗をかく名無。

「名無くん!ぼうっとしないでよ!魚焦げちゃう!」

「あ…あぁすまねぇ!」


夕飯を終え、案の定先に床に着く老人。うららも今日の手合わせで疲れたのかうとうとし始め、横になる。名無は日ごろの感謝として洗い物を率先して行った。

{獣魔討伐依頼か…。俺には学が無いから、人間を獣魔から守るって決めても、何から始めたらいいか分からねぇからな…。本当にたすかるよ…ジジィ}

考え事をしながら洗い物を終え、老人の心配をしつつも明日へ向けて床に着く名無だった。


夜が明け、身支度をする名無とうららに話しかける老人。

「最初に言っておくが、獣魔討伐は命懸けだ。覚悟は決めておけよ」

「あぁ、分かってる」

「二人とも…必ず帰ってこい。ご馳走を用意しておいてやる」

「ありがとう。おじさん。絶対に…帰ってきます!」

2人は、老人にしばしの別れを告げて盃村へ向かった。


盃村とは…

市場、宿、賭博場、酒場などが並ぶ古い村である。旅人や猟師が娯楽を求めて行きかっているため、通路は常に混んでいる。

その中にある鋼鉄の扉が目印の酒場の奥へ入ると、別のカウンターがあり、獣魔討伐依頼を受けられるようになっている。旅人はここで資金を稼ぐのだ。


西へ歩くこと20分。盃村の特徴である、20mほどの高さまで積んだレンガの壁が見えてきた。

「名無くん、見えてきたよ」「あぁ」

獣魔の小屋で一生を過ごしてきた名無にとって、村は初めての場所だったため、生唾を飲み込む。

「そっか…。村とか街って行ったことないんだっけ。大勢の人が行きかっているから少し困惑するかもね」

「何かあった時は頼むぞ」「はーい」

そうこう話しているうちに、盃村へ入る2人。地図に記された酒場へ向かうが、大勢の人を目にして焦る名無。

「人間って…こんなにいるのか…?」

「こんなって…。まだ一部にも満たないよ…」


野菜や果物が並ぶ市場を抜け、骨董品屋を横目に進むと、レンガの建物に埋まったように設置されていた鋼鉄の扉が見えてきた。

「ここの様だな…」「なんだか、この辺りだけ人気が無いね…」

「ま、入ってみようぜ」

鋼鉄の扉を開けて進むと、薄暗い酒場に行きあたる。

刺青をした大柄の男が酒を酌み交わしていた。名無の後ろを歩くうららが気になるようで、一人のスキンヘッド頭に刺青を入れた男が近寄ってくる。

「よぉガキ。見ねぇ顔だな。後ろにいるのはお前の女か?」

「あぁ?なんだてめぇ」「いい度胸してんな。女を賭けて俺と勝負しろよ」

「後悔するぜ…あんた」

「あの…。2人ともそこまでにして。名無くん、私たちには目的があるでしょ?喧嘩してる場合じゃないよ」

「そ、そうだな」

刺青スキンヘッド男を払い、進もうとするが、腕を掴まれるうらら。

「きゃ!」「おいおい、そりゃねぇだろうガキ。喧嘩買っておいて無視かよ」

「しつこいな。ツルツル頭さんよ!」

名無は再び煽るような発言をして詰め寄る。

2人の睨み合いが始まり、今にも殴り合うような空気が立ち込めていた時だった。パリーンッ!!空のビンが刺青スキンヘッド男の頭に直撃して砕けた。


飛んで来たのは角の席からだったようだ。灯りが十分に行き届いてなく、顔が影で隠れていたが、背中に大きな剣を背負っていた事は確認できた。

「いい加減…その汚ぇ手を放せよ。斬るぜ…お前」


謎の剣士現る…!!








続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る