1-2
バイトを終え、
使い古したバッグに廃棄の食品を詰め、背を丸めてとぼとぼと。
元々姿勢の良い人間ではなかったが、一時期はしゃんとしていたのだ。隣に見栄を張りたい相手が居れば、人間そうなるものである。
けど、今は一人だ。
さすがにバイト中は気を付けているが、ひとたび人目から外れれば、新は空気が抜けたように虚脱した状態になってしまう。
歩きながら、新はこの後の行動を頭に浮かべる。
帰って、メシ食って、風呂入って。
明日は朝からバイトだから早めに寝て、制服には消臭剤だけかけといて……。
「……どうして」
どうして、こんな生活をしているのだろう?
どうしようもなくありふれていて、だからこそどうにもできない思いを、自らに問い掛ける。こんなはずじゃなかった、もっと、あの時、俺が……。
問いの先に行き着くのは、あの日の記憶。
どうしようもなかった。
みんな最善を尽くした。
結果として、人類は守られた。
何度も自分に言い聞かせてきた言葉を反芻する。
何度も呟き、溜飲を下げようとして……それでもやはり、内側から溢れ出るのは「もし」の刃だった。
もし、俺がもっと強かったら。
もし、もっといい作戦を思いついていれば。
もし、桜を基地で待たせていれば。
結局、新は過去に囚われたままなのだ。
七年前の――新にとっては三年前の、あの戦火の中。新の時計は、そこで針を止めてしまっているのだ。
「――な? いいだろちょっとくらいさぁ」
どこからか、声が聞こえてきた。
新は足を止め、耳を澄ます。
「つ、ついてこないでください……!」
「おいおいおいツレないじゃないの~? 別にちょっとカラオケ行こうってだけじゃ~ん?」
「やめて、腕掴まないで……!」
「ほらほらすぐそこだしさ、三十分! 三十分だけ! ね!」
民家の壁を反響し、死角から新の耳にまで響いてきた声。
「……はぁ」
あんまり、こっちの方向には行きたくないんだけどな……。
くたびれたワイシャツの襟を軽く弄り、新は帰路から道を逸れた。少しばかり急ぎ足で、声のした方向に歩いて行く。
声の主は、飲み屋街へと入っていく道の入り口にいた。
眼鏡をかけた私服の女の子が一人。
そして、見るからに柄の悪い男が二人。
「離してください!」
嫌がる女の子の腕を引っ張り、背の高い男が連れて行こうとする。
その横に立つ筋骨隆々の男もまた、首に下げた金属のネックレスをじゃらじゃらと揺らし、怯える女の子を見て楽しんでいるようだった。
そこへ、新は近づいていく。
「あのー、すみません」
「あぁ? なんだお前」
「いや、その子嫌がってるじゃないですか。プレイにしちゃ趣味悪いし」
「うっせぇなぁ、てめぇは関係ないだろうが」
「それはごもっともですが……」
新は女の子に目を向ける。
眼鏡の奥に涙を浮かべ、助けてくださいという視線を注いでいた。
「君もダメだよ、こんな夜中に出歩いちゃ。こういうのに捕まるんだから」
「好き勝手言わせておけば……あーあー! 興ざめしちまったぜ」
少女を掴んでいた手が離される。
少女は慌てて転びそうになりながら、駆け足で新の後ろに回り込んだ。
「あ、ありがとうございます」
「さ、帰った帰った。心配ならコンビニでも駆け込んで、そこから親御さんにでも連絡するといい」
「でも、お兄さんは」
「適当に頑張って、上手く逃げてみせるよ」
「……すみません」
少女が走り去る。
深いため息をついてから、新は前を向いた。
「そんじゃあ兄ちゃん、ちょいと面貸してもらおうか?」
「俺達暇になっちゃったから、遊び相手が欲しいんだよ」
「ハイハイ分かってますよ……」
そのまま男達の後ろに付いていき、三人は裏路地の暗がりに移動した。
路地の前後から新を挟み、二人の男が立つ。
筋肉質な男が、指の関節を鳴らした。
「そんじゃさっそく、一発目いかせてもらうか――なっ!」
大きく振りかぶり、男は新の腹部を全力で殴りつけた。
「うっ」
力だけは強い一撃に、新は軽い吐き気を覚える。食後だったら吐いてたかもしれない気持ち悪さだった。
よろめく新の背中に、もう一発。
崩れ落ちずに耐えたと思ったが、続けざまに背の高い男に膝裏を蹴られ、新は地面に膝を着く。追撃の殴打に倒れ込むと、それから男達は新を蹴りに蹴りまくった。ぼすぼす、と、背負ったバッグに蹴りが入る音が聞こえる。「あー、おにぎり潰れちゃったかな……」などと心の中で思いながら、新は腕で頭部を守り、足を畳んで腹部を守る。
一方的に蹴られる自分を、新はどこか他人事のように考えていた。
男達にやり返すのは簡単だ。本調子でこそないが、変身なんかしなくても新の身体能力は常人のそれを逸脱しているのだから。一人一撃でこの場を静かにできるだけの力と技術を、新は有している。
しかし、この力は輩に制裁を加えるためなんかに新が望んだものではなんかではなかった。
それは地球の危機に立ち向かうために――否、自分の愛した女性を守るために、新が望んだ力なのだ。他の目的のためになんて使うべきではない。
それこそが、それだけが。新にとって唯一の、守るべき矜持だった。
しばらく蹴り続けた後、男達は新を痛めつけるのに飽きて去っていった。
新は立ち上がる。
服に付いた汚れを払う。何度も何度も殴打された体に痛みはなく、打撲の痕も残っていない。
何より、新の憂慮はそこになかった。
バッグの中を漁る。
「あーあ、ぐっちょぐちょだ」
おにぎりはぺしゃんこに潰れ、クリームパンは中味が飛び出してしまっていた。包装が破れていないのが不幸中の幸いである。
「明日の朝飯、これで大丈夫かなぁ……」
お腹壊さなきゃいいけど。
背を丸め、新は来た道を戻る。
「……シン
――全てを見ていた、一人の少女に気が付かないままに。
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