第1話「ヒーローがバイト上がりにやって来る」

1-1

『この一年で最も言った言葉は何ですか?』


 もしもそう尋ねられたら、あらたは「ありがとうございました」であると答える。

 ただし、そこには注釈が必要だろう。同じだけ口にした言葉が、もう一つあるからだ。


「いらっしゃいませー」


 ドアの開閉音に脊髄反射でそのもう一つを声に出し、新は制服の襟を正す。気持ちを切り替えるときに襟に触れるのは、昔からの染みついた癖だった。

 新がコンビニのバイトを始めて、もう二年になる。

 最初こそ就職先が決まるまでの短いお世話となるはずだったが、就活の難航によりどんどんと日常の柱となり、レジ打ちと品出しの動きが体に刷り込まれた現在に至る。どうにもを終えて少しずつ回復してきた経済ですら、空白の期間を持つ新は必要とされていないらしかった。

 段々と書類選考の段階で落とされる頻度が増え、モチベーションの低下から応募する回数も減っていく。

 そのうちバイトでも働いてるだけ上等だろという思考に辿り着き、新はもう半年近く、リクルートスーツに袖を通していなかった。


『白金くん、いつも入ってくれて助かるわ~。私達が働けなくなったら経営変わってもらおうかしら~』


 とは、コンビニを経営する老夫婦の奥方。そこまで残り続けるつもりはないが、実際問題就職先がないので、新は時折本気で考えてしまう。

 そして同時に、胸の奥から込み上げるドロドロした嫌悪に苛まれるのだ。

 脳裏に浮かぶ、彼女の顔。


 "もっと自分で考えて、生きる理由を見つけてよ。アラタに必要なのは多分意義じゃなくて、理由そっちだからさ"


「――なぁ」


 たった一つの理由それが無くなっちまったら、一体どうすればいいんだ?


 答えはどこからも返ってこなかった。


  *  *  *


 201X年、人類史に刻まれる出来事があった。

 世界中の主要都市の空が――より正確に描写すれば海抜高度100キロメートルカーマン・ラインより幾らか上空の宇宙空間が――突如ガラスのように砕けたのだ。

 そしてそこから、侵略者が地球に押し寄せた。

 彼らの名は《ノシキ・クァソ》。

 彼らは出現と同時に世界中の電子機器をジャックし、モニターに自らの姿を映し出した。三脚の上にヒトの上半身を乗せ頭部をイソギンチャクにしたようなそのリーダー格は、目的が地球の物質資源であることと、大人しくそれを渡すべきだという交渉を電波という電波に乗せてのたまった。

 無論、国連を筆頭とする人類はこれに反対。その結果として、戦争が始まったのだ。

 それは、勝算なんて端から皆無に等しい戦いだった。何せ相手の技術力は、ワームホールをこじ開けての空間転移が可能な水準にあるのだ。人智を超えた武力が空から降り注ぎ、一週間で欧州が、翌週には中国が、そして一ヶ月後にはアメリカ・ロシアまでもが、《ノシキ・クァソ》に敗北を喫していた。

 かくして各国がどんどんと白旗を上げていく中で最後に残ったのが、なんと日本だった。各地の進行中に突如として現れた存在が、《ノシキ・クァソ》の軍団を退けたのだ。


 確認された戦闘員数――わずかに六人。


 しかしその六人によって日本が最も敗戦までの時間を引き延ばしたのは事実であり、日本の敗戦宣告直後に起きた《ノシキ・クァソ》の転移装置爆破を成し遂げたことは、全世界の人類にとって周知の事実である。

 転位装置を失ったことにより《ノシキ・クァソ》の軍団は崩壊し、半年に及ぶ戦争は終わった。それから七年経った現在まで、《ノシキ・クァソ》が再び現れたという話はない。


 人類を救ったその六人は、最後まで自分達の名前を名乗らなかった。

 だから人々は、彼らの事を『あの六人The Six』とだけ呼ぶ。


 かくして戦いは終わり、敵は去った。

 世界も徐々に復興し、戦前の水準にまで生活が復活してきている。


 しかし未だ、人々の心には大きな謎が横たわる。世界を守った『あの六人』は一体何者で――そして今、何をしているのか。


 その答えは、七年経った今も分からないままだった。

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