場面ライダー・シーン PROLOGUE

緒賀けゐす

プロローグ

201X年 終戦3日前

 一歩、また一歩。

 白金しらかねあらたが非常階段を登るたび、鉄の甲高い音が響く。

 カンッ、カンッ、カンッ――。

 今日はまた、いつにもまして音が響く。

 十五階もある建造物の屋上まで律儀に一階から登り詰めると、新の視界に夕陽に染まった街が広がった。他に高い建物が存在しないのもあって、まるで街を独り占めしているような感覚を覚える。

 しかしすぐに、先に独り占めしていた人間を見つけた。

 手すりに手を置き、乗りだすような体勢で街を眺める女性。

 新と同じく制服に身を包んでいるが、新の白色とは違い、女性のそれはピンク色である。

 襟を軽く正し、新は近づく。

 女性は足音に気付くと、新が声を掛けるよりも前に身体を翻し、新を向いた。

 栗色の髪。潤んで見える、焦茶色の瞳。


「アラタ? 珍しいね、この時間にここに来るなんて」


 桃國ももくにさくらは、きょとんとした表情を新に見せた。


「お前を探して来たんだ。博士が最後のブリーディングをやるから集まれと。また端末の電源切ってただろ」

「あー、そっか。ごめん」


 悪びれる様子なく、桜は新に微笑む。


「見たかったんだ、少し」

「見たかったって、何が」

が」


 そう言って彼女が顔を向けたのは、ぼんやりと眺めていた街だった。

 いつもなら喧噪が聞こえるはずの、山々に囲まれた街並み。

 しかし今日はその全てがしんと静まり、街灯だけが転々と道を照らしていた。ところどころで見える強い照明の近くには、濃緑色のテントと装甲車。学校の校庭などはすっかり自衛隊の拠点と化している。

 一週間がかりの避難が終わり、この街には一般人は誰一人として残っていないはずだった。


「……なんか、寒くなってくるな」


 新がそう漏らすと、桜はふふっと笑う。


「同じ事言ってる」

「誰と」

「私と」

「お前かよ」


 ふふっ、ははっ。

 互いに肩を竦めて笑う。

 並んで手すりに掴まり、二人は街を見渡した。

 かつて二人が初めて出会ったのも、この屋上だった。そこから僅か半年とはいえ、共に過ごし、そして共に戦ってきたのだ。ずいぶん遠くに来たものだなぁと、新は心の中で時の流れに思いを馳せた。

 風に消えそうな声で、桜は新に語りかける。


「この街が、世界が、私達の守ってきたものなんだよね」

「……ああ」

「そして明日、全てに決着がつくんだよね」

「……ああ」


 明日、新達は最後の戦いに身を投じることとなる。勝ち負けに関わらず、明日で全てが決まることに変わりはない。

 もし勝ったら、この戦争に終焉が訪れ。

 もし負けたら、人類に終焉が訪れる。


 ――人類。


 何ともまあ、肩荷の重い言葉だ。七十億と幾らかの見知らぬ顔のためにがむしゃらに戦ってやろうと思えるほど、新に俯瞰的な視点と正義の心は備わっていなかった。

 新にとって誰かを守りたいという気持ちは、一人に向けるだけで精一杯のものだった。


「……なぁ、桜」


 自分が彼女を呼びに来たということもすっかり忘れ、新は隣に並ぶ桜の手を握る。


「なに?」

「お前の事は、俺が絶対に守る。たとえ命に代えても、生きて帰す」

「……う~ん」


 格好つけて言った新の思い描いていた反応とは大きく異なり、桜は首を傾げていた。


「い、言っちゃマズかったか?」

「普通まず、『一緒に生きて帰ろうな』とか、『子供は何人作ろうか』じゃないの?」

「そ、そっかすまん……いや、二個目のはなんか違くない?」

「いやいや、大事でしょ。ちゃんと計画立てていかないと後悔するよ?」

「すみません」

「謝ってばっかだ」

「……すみません」


 しょうがないなぁ、と桜が新に向き直る。

 そして、ばっと両手を広げた。


「んっ、これで許す」

「……どうしろと」

「分かれ、男なら」


 あー……はいはい。

 新は桜に一歩近づき、彼女を抱き締めた。

 新の胸に顔を埋め、桜は深く息を吸う。

 新が頭を撫でると、桜も胴に回した腕に力を入れる。


「頑張ろうな」

「うん……私達の、未来のために」


 桜が軽く身を離し、顎を上げて目を閉じる。

 新はゆっくりと顔を近付け、その唇に自分のものを重ねた。

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