犯人 その弐

「なんだ、みんないるじゃないか」

 土方の声に反応して、リビングに座るみんなが振り返った。土方はみんなの顔を見た瞬間、何かがあったのだと悟った。

「新島。今日は何があったんだ!?」

 土方に尋ねられた新島は徐々に口を開いていった。「獅子倉がやられたんだ。早稲田に」

 それを横で聞いていた高田は、早稲田が犯人なわけがないだろ、と言った。

「まずは」土方は缶コーヒーが五本入ったレジ袋をテーブルに置いて、床にカバンを下ろした。「私にくわしく事情を話してくれないか?」

 無言で新島はうなずいた。今回は珍しく、高田ではなく、新島がことの始まりを説明するようだ。

「俺と高田が文芸部の部室に行って、ゆっくり雑談をしていた。だが、三島と新田がいないことを不思議に思って探しに出た。四十分か五十分は探し回ったが、なかなか見つからなかった。そこで、保健室に行ってみたら大当たりだった。新田がまた保健室のベッドで横になっていた。

 だけど、新田は急に飛び起きて保健室を抜けて走り出していったんだ。俺達も急いで新田の後を追った。新田が開けた扉はB棟一階の化学薬品倉庫だった。そこに入ってみると、獅子倉が倒れていて右膝が赤く腫れ上がっていた。獅子倉に聞くと、犯人は黒衣だったらしく窓から逃走を図った。化学薬品倉庫の位置からすると、学校から脱走する経路に使うのは裏門だと思って、俺も窓から飛び出して裏門に向かった。高田も俺の後を追ってきた。

 二人で裏門から伸びる500メートルの道を勢いよく走っていると、前で歩いている人物がいることがわかった。近づくにつれて輪郭が明瞭になっていき、八坂中学校の女生徒である早稲田木風だと言うことがわかった。中途半端な時間に裏門から帰るのは、少し怪しいと感じてカバンを強奪。チャックを動かしてカバンを開けてみた。上下そろった黒い服と、その下には鈍く光っていたハンマーがあった。ハンマーは獅子倉の右膝を叩いたハンマーだろう。その後、早稲田はカバンを取り返してから急いで逃げていった」

 土方は腕を組みながらリビングの床に腰を下ろした。「犯人は、その早稲田で確定なのか?」

「あんなにピンポイントで怪しい人物は他にいないだろうし、犯人と考えて差し支えないと思う。そもそも、犯人じゃなかったら学校のカバンに黒い服とハンマーを入れていた説明がまったく出来ない。だから、やることはただ一つだ。早稲田が獅子倉を襲った理由を調べなくてはならない」

「動機か。二人に共通点は?」

「三年生と一年生に共通点があるとするならば、かなり絞ることが可能だ。大体、三年生と一年生が交流しているなら部活動か委員会に限る」

「部活動と委員会か。獅子倉は確か......吹奏楽部だったよな」

「ああ、吹奏楽部だ。だが、早稲田はまだ転入してすぐだし部活には入ってないはずだ。つまり、早稲田が吹奏楽部に仮入部したか調べればいい。転入してきた奴が委員会に入るのなら、どうなるんだ?」

 すると三島が、人員の少ない委員会に振り分けられます、と答えた。

「ほー。人員が少ない委員会から順に、か」

 新島はカバンからノートとシャープペンシルを取り出して、委員会の名前を書き出していった。

「多分、放課後清掃委員会、生活向上委員会、図書委員会が人員の少ない委員会だ。八代なら、おそらく生活向上委員会に早稲田を入れたはずだ」

「いや」高田は口を開いた。「なんでそう思うんだよ」

「我が三年三組は生活態度が悪い奴らばっかりだ。だが、転入してきた早稲田は行儀が良く気品も兼ね備えている。生活向上委員会に適しているし、放課後清掃委員会や図書委員会は早稲田には不向きだと判断したのだろう」

「たったそれだけの理由で?」

「それだけでも十分当たっているはずだ。さて、新田。獅子倉は何委員会だ?」

「......生活向上委員会」

 新島は、やっぱりな、とつぶやいてため息をもらした。

 高田は新島の体を揺すった。「早稲田が犯人のわけがないだろ? 考え直してみろ」

「犯人かどうか白黒つけるなら、動機を調べるのが一番だろ?」

「新島!」

 新島と高田は次第に熱く口論をしあって、二十分もお互い眉間に皺を寄せていた。

 前に述べたように、新島の人格は崩壊している。ヒートアップしてしまった口論で、新島は興奮を始め、右手で拳を握った。そこから右手を大きく上げて、高田目掛けて振り下ろした。

 土方はいち早くそれに気づき、新島の右手を押さえた。「新島。缶コーヒーが一人一本あるのだが、飲むか?」

 土方は動きを止めた新島から一旦離れ、缶コーヒーをレジ袋から一本取りだして戻った。新島の前に缶コーヒーを置き、新島はそれを手に取ると、早速プルタブを手前に引いた。

 土方は高田、三島、新田にも缶コーヒーを渡した。

「甘っ!」

 高田の声に、土方が反応した。「甘い?」

「部長、これブラックじゃなくて微糖じゃないですか!」

「あ、すまんすまん。無意識にやってたから間違えてしまったようだ」

 烏合の衆の全員は、中学生にしては珍しくブラックコーヒーしか飲まないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る