犯人 その参
「さて」新島はあくびをした。「犯人は早稲田ということで、決定でいいか?」
高田は指を鳴らした。「なわけねーだろ!」
「あ? 早稲田以外に怪しい奴はいないだろ。とりあえず、明日は早稲田の行動をキッチリと調べよう。特に高田は尾行とか、いろい情報を嗅ぎ回るのは得意だから頼むぞ」
「チッ!」
「テメェ、舌打ちしたのか? あ?」
「んだと、ゴラァ?」
お互いに胸ぐらをつかんだので土方が急いで新島を蹴飛ばしてやめさせた。
「痛っ!」
「今は喧嘩する場合じゃない。人一人が傷害事件に遭っているんだ。場をわきまえろ。親しき仲にも礼儀あり、だろうが!」
「......」
土方の介入によってまとまることが出来た文芸部は、明日のことを入念に話し合った。
次の日の早朝、新島はまだ学校の教職員も出勤していない五時に学校に侵入した。A棟七階から順に階下に下っていくように、各所に煙幕弾を設置した。制限時間がくると爆発して煙を出す仕掛けになっている。また、窓を外側から割ったりなど外部犯に見せかける工作も施した。一斉に煙が出たら、火災報知器が作動して生徒教職員もろとも非常階段を使って校庭に出たら、休みだと事前に学校に報告してこっそりと校舎内に隠れていた新島が早稲田のカバンを盗み出して中身の写真などを撮る、という作戦だ。
この作戦の発案者は新島だ。彼いわく、シャーロック・ホームズシリーズの短編『ボヘミアの醜聞(しゅうぶん)』から着想を得たらしい。『ボヘミアの醜聞』はホームズが唯一恋をしたアイリーン・アドラーが登場する回だ。作中でホームズはアドラーの家にある大切なものの所在を知るために、煙を出してボヤ騒ぎを起こした。ホームズが言うには、女性は火事になった際には大切なものを逃がす習性があるらしい。
今回の作戦はカバンの持ち主を校庭に出したい、という意図がある。ちなみに、煙幕弾を各所に仕掛けたのは、火元を消火しにきた奴がどこもかしこも煙が上がっていて混乱させて煙幕弾の発見に時間を使わさせるためだ。これも、新島の知恵である。
やがてその時間が訪れ、煙幕弾が煙を吹き出す。火災報知器が作動し、生徒教職員は大慌てで校庭に逃げ出た。新島は慎重に三組の教室に入り、早稲田のカバンを開けた。中には昨日と同じく黒い服が上下入っている。ハンマーはない。内容物をスマートフォンで何枚も撮影し、引き出しやロッカーも確認した。
任務遂行ができ、安堵したのもつかの間。足音がどんどん近づいてきた。新島は足音を立てずに急いで文芸部の部室に向かった。そして、扉を開けようとしたが開かない。律儀に鍵が掛かっていた。足音はどんどん近づいてきた。新島は逃げることを諦めた。
火災騒動には決着がついた。すぐに体育館で全校集会が開かれ、校長の言葉で文芸部の部員は絶句した。八坂中学校側は外部犯より内部犯を疑っているらしい。
放課後になって、文芸部部員は急いで部室に集まった。
「新島と連絡がつかない......」
高田は新島と連絡がとれるように、スマートフォンを学校に持ち込んできていた。だが、電話をしてもメールをしても何も反応が返ってこない。音信不通となった。
「もしかしたら、新島は学校に捕まったのかもしれない」
高田はため息をついて椅子に座った。すると、隣りの空き部屋の方で物音がした。高田は教職員が盗み聞きをしていたのかもしれないと思い、勢いよく扉を開けた。だが、人影はない。キョロキョロ見回すと、床板が持ち上がった。高田は驚いて部室に逃げ帰った。ゆっくりと床板が上がっていき、中から新島が姿を現した。
「お待たせ、諸君よ」
「は? 新島!」
「いやぁ、捕まるって思ったから逃げることを諦めて隠れることにしたんだ」
「いや、床板は?」
「前に見つけたんだ。空き部屋の床板は簡単に持ち上がって、出てくるのは骨組みだった。骨組みのすき間を見極めて中に入って、床板を戻せば隠れられるんだ」
「何だよそれ......」
「すまんすまん。床板の下でさっきまで寝てたんだ」
高田は下に向けた顔を上に持ちあげた。「それより、カバンの写真は?」
「バッチリだ」
新島はスマートフォンをスライドさせて、みんなに見えるように画像を提示した。
「カバンには黒い服上下があった。ハンマーはなかったが、早稲田が最有力容疑者で間違いないだろ? 他にもロッカーとか引き出しを調べた。すると、カッターがあった。八坂中学校では、カッターは使用禁止だから、持っている時点で校則に違反している。八坂中学校御法度第十条、ハサミ以外の刃物類は特例でなければ生徒は学校に持ち込み禁止。生徒会にチクれば御法度違反として、職員会議の議題にされるが、どうする?」
「生徒会に突き出すのはやめておこう。カッターを持ち込んだくらいではかわいそうだ」
「匂いのある制汗剤も持ってきていた。二重の御法度違反なら、確実に保護者への連絡と自宅謹慎だ」
「それくらいで自宅謹慎はまずいだろ......」
「ハァ」新島は下を向いてため息をついた。「そんな甘い考えでは犯人を捕まえることは出来ないぞ」
二人は口論を五分続けたが、高田があることを思い出したことで口論は中断された。「学校側は外部犯より内部犯を疑っているんだが、何でなんだ?」
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