犯人 その壱
新島は新田が獅子倉の膝を冷やしている最中に、獅子倉に話しかけた。
「しゃべれるか、獅子倉? いつやられた? 見たところ、この部屋の中には凶器になるものはない。犯人がいたはずだ。犯人の特徴を教えてくれ。どこから逃げた?」
「......さっき黒い服の女の人が来て、大きいハンマーで膝を叩かれた。そいつは......窓から逃げた」
「あの窓か」新島は開いていた窓から顔を出した。「ここからなら裏門から脱出したんだな。さっきなら、そう遠くには行っていないはずだ。高田! 追いかけるぞ!」
新島は窓から飛び出して、裏門まで駆けていった。高田は頭をくしゃくしゃに掻いて、ため息をもらして新島の後を追った。
新島は裏門を出て、一直線から右に曲がる道を突っ走った。裏門からの道は500メートルは進まないと分かれ道にならない。そこまで行く前なら簡単に犯人の姿を視認出来るわけだ。
彼ら二人の前を歩く者は一人。そいつに近づくにつれて服装がわかってくる。八坂中学校女生徒の制服だった。そして、もっと近づくと顔も明瞭に見えてくる。八坂中学校三年三組早稲田木風が、歩いていた。
「早稲田!」新島は前にいる早稲田を呼び止めた。「カバンの中を見せてくれ」
早稲田のカバンは膨らんでいた。
「何でですか?」
高田は新島を止めようとしたが、新島は振り切って早稲田のカバンを取り上げた。カバンのチャックを動かして、カバンを開けた。中からは黒い服があった。上下ともそろっていて、その服の下にはハンマーのようなものが見えた。新島が固まっている隙を狙って、早稲田はカバンを取り返した。そして、そのまま走って逃げていった。
「早稲田が犯人なんだよ......」
「新島! 早稲田が犯人のわけがないだろ?」
「だったら黒い服とかはどうやって説明するんだよ」
「頭を冷やせ。獅子倉が混乱していた可能性もなくはないだろ?」
「いや、あの腫れ具合なら歩けはしないが意識は正常なはずだ。混乱などありえない」
「新島......。まずは戻ろう。獅子倉の元へ」
二人は化学薬品倉庫に戻った。獅子倉の足元には水がこぼれていて、その近くにはペットボトルがあった。飲んでいたペットボトルの水が、膝を叩かれた際にこぼれたのだろう。化学薬品倉庫には、凶器になりそうなものはまったくない。
三島と新田は一緒になって獅子倉を保健室まで運んだ。新島と高田は保健室の前まで着いていった。
「新島」高田は腕を組んだ。「獅子倉の足元にあった水は、実は氷で、それが凶器だったんじゃないか? つまり、獅子倉の自作自演ってことはないか?」
「ないだろ。氷程度の硬さので叩いたって、膝があそこまで赤く腫れ上がることはない。犯人は早稲田だ」
「まさか、そんなわけないだろ?」
「犯人でなかったとしても、現段階では最重要人物だ。マークする必要がある」
「新島。ちょっと熱くなりすぎだ」
「そんなことはない。いたって普通だ。......それより、警察に行くぞ」
「は? 何で?」
「これは立派な傷害事件だ。警察に介入してもらえば、早稲田が黒か白かなんて簡単にわかる。現実的だろ?」
「警察に行くかは、当人の意志を尊重しよう」
「獅子倉に警察行くか聞くのか? 絶対行くって答えるぞ」
「犯人がいて、もし警察にぶち込むなら反省はしない。ちゃんと話し合うことによってだな──」
「警察にぶち込んだ方が反省する。高田の言っていることは逆だ」
高田はフェイクシガレットを取り出して、偉そうに吹かした。
数時間後、歩けるまでに回復した獅子倉は文芸部の部員全員にお礼を言った。
「皆さん、ありがとうございます」
「獅子倉さん」新島は椅子に下ろしていた腰を上げて、立ちあがった。「警察に被害届を出しますか?」
「いえ、出しません。犯人に反省の機会を与えます」
「なら、こちらで調査しましょう。犯人の特徴を教えてください」
獅子倉の話した犯人の特徴は、ほとんど早稲田の特徴と一致していた。これにより、新島は早稲田を犯人と考えるようになった。早稲田には獅子倉を攻撃する動機があったのか、明日から調べようと試みる。
高田は首を傾げた。「あれ、新島は明日から父さんを探しに行くって言ってなかったか?」
「こんなことがあってから、そんな旅に出られるわけがないだろ。犯人を捕まえてから旅に行くことにする」
獅子倉が帰ると、文芸部部員は帰り支度をして部室を出た。今日も、烏合の衆の会議があるのだ。
八坂高等学校にて、長ったるいテストの赤点補習を終えてコンビニに入った。いつも通り缶コーヒーを五つ持ってレジに向かった。
「650円です」レジ打ちの店員がそう告げた。
土方はサイフを開いて、中を覗き込む。小銭は100円玉が三枚。5円玉が五枚ある。合計325円。あともう325円足りない。サイフの奥に手を突っ込むと、チケットがあった。ここのコンビニで使うと会計金額が800円以内なら半額になるチケットだった。
土方はこのチケットと325円をレジに出した。缶コーヒーを五本買うと、レジ袋に入れた。レジ袋を片手に、コンビニを出て、近くにある外壁がベージュ色のマンションに入った。
渡された鍵を使い、自動ドアを開け、二階に上がる。階段を出て右に曲がって道なりに進むと206号室の扉がある。その扉の鍵穴に鍵を差し込んでひねる。解錠された扉を開けて、玄関で靴を脱ぐと、すでに文芸部全員が到着していることに気づいた。
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