以心伝心 その弐
「授業を始める。──皆さんは、塵劫記(じんこうき)を知っているかな?」
教室がシーンと静まりかえった。
「塵劫記とは、吉田光由(よしだみつよし)による江戸時代の算術書だ。ところで、皆は掛け算九九を覚えただろ?」
生徒は一斉に、はい、と答えた。
「あれは実は81通りも覚える必要はない。というのも、1の段は誰でも出来るはずだ。まずは、81通りから1の段と各段の1を含む掛け算全17通りを引いて64通り。また、2×3と3×2みたいに逆さまにすると同じになる『3×2、4×2、4×3、5×2、5×3、5×4、6×2、6×3、6×4、6×5、7×2、7×3、7×4、7×5、7×6、8×2、8×3、8×4、8×5、8×6、8×7、9×2、9×3、9×4、9×5、9×6、9×7、9×8』の28通りも省く。すると、64通り-28通りだから36通りになる。つまり、掛け算九九は36通り覚えればいいんだ。
今述べた36通りだけの掛け算九九表が、実は塵劫記には掲載されているんだ」
『おー!』という歓声が教室中を駆け巡った。
「そして、塵劫記には木の高さを求める方法も記されている。木の前に立って、まずは木との距離と地上から目までの高さを測る。もちろん、視線の先は木の頂点にする。そんで、木との距離と地上から目までの高さを足すと木の高さになるんだ。
これの原理は三角形と四角形をくっ付けた図形の性質と同じで──」
と、ここから数学の新しい章である『合同な図形』に入っていくのであった。
数学の授業は終わり、高田は再度新島の席に向かった。
「今日の放課後が待ち遠しいな! な? 新島?」
「なんでそんなにハイテンションなんだよ。国家を揺るがすテレパシーなんだぞ?」
「テレパシーは男のロマンだろ?」
まったく、と新島は右手で顔を覆った。
同日、放課後。高田はうきうきしながら、新島を一人だけ教室に残して走り出した。新島は呆れながらも、高田を追って歩みを早めた。
部室にはすでに三島、新田、獅子倉の三人のメンツがそろっていた。
「よし」新島はカバンからトランプカードを取り出した。「では、テレパシーの有無を調べるために意思疎通が取れているか実験します」トランプを半分に分けて、それぞれ新田と獅子倉に渡した。「獅子倉さんを別室に連れて行くから、新田は獅子倉とテレパシーで話して、獅子倉と同じカードを選んで三島に渡せ。獅子倉は俺にカードを渡す」
獅子倉と新島と高田は文芸部部室の隣りにある空き部屋に入った。以前に掃除をしたばかりだから、あまりほこりっぽくない。新島は第二の文芸部部室にしたい気分らしい。
「獅子倉さんは、新田とテレパシーで話し合って一枚の同じカードを選んでください。それを俺が受け取ります。それから部室に戻って、新田が三島に渡したカードが俺の受け取ったものと一緒ならテレパシー実験の第一段階はクリアです」
獅子倉はうなずいて、耳に手を当てた。それから数分が経ち、獅子倉はハートのクイーンを選んだ。
新島はハートのクイーンをつかんで、三人で部室に入る。三島が掲げていたカードはハートのクイーンだった。
「獅子倉さんが選んだのも、ハートのクイーンだ。これは、もっと実験する必要があるぞ。......三島は隣りの空き部屋で新田と獅子倉の体の異常を調べてくれ」
三島は新田と獅子倉を連れて、空き部屋に入っていった。新島は気を利かせて、高田とともに部室を出て校内探索を始めた。
「なあ、新島」
「なんだよ」
「七不思議研究部からの依頼で、市原部長の兄貴が就職活動をしていて、その兄貴はいつも雀荘で麻雀。たまに将棋をしたりもしているって話しただろ?」
「烏合の衆の会議で話していたな」
「新島はその件で答えがわかったか? 市原部長が解決したかを毎日聞いてくるんだよ」
「そんなくだらん事件をまだ解明出来てなかったのかよ」
「なら、新島はわかるのか?」
「簡単過ぎるぞ。最近の就職の面接ではな、麻雀をやる会社もあるんだよ。だから、市原部長にはこう言っとけ。『お兄さんの就職する会社を聞いてみて、面接で麻雀があるか確かめてみろ』ってな」
「わかった。これで解決だ」
新島は肩を落とした。「それよりも問題なのはテレパシーだ」
「は? なんで?」
「獅子倉は青白い火の玉を見たから気絶した。しかも、獅子倉のテレパシーを受け取ったのは新田だ。新田は、文芸部の部員だから青白い火の玉を生み出す方法を知っている」
「つまり、お前はこう言いたいのか? 新田が獅子倉を青白い火の玉で驚かせて気絶させ、新田は獅子倉からテレパシーを受け取ったフリをする。全てが新田の自作自演ってか?」
「その通りだ」
「だったら、さっきのトランプの実験はどうやって説明するんだ?」
「トランプの中で女子が連想するのは、大体が『ハート』と『クイーン』だ。つまり、必然ではなく偶然というわけだ」
「テメェ、部員を疑ってんのかよ!」
「当たり前だ。今までのことを整理して推理したら、新田が犯人だということになったんだ」
「新島! お前、それでも文芸部の部長か? あ?」
高田は新島の胸元の制服をつかんで、引っ張り上げた。
「制服に皺が寄る。......事実、新田が一番怪しいと結論が出たんだ」
新島は目を見開き、真剣に高田を見た。
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