以心伝心 その参

「新田が怪しいはずがない。犯人なわけがない」

「高田......。現実を見ろよ。お前が仲間思いなのはわかる。わかるんだが、時には疑うことも大切なんだ。一番信じたい人が、一番憎い犯人だと思って行動することも推理の醍醐味だ」

「新島の言いたいことはわかる」高田は新島の制服から手を離して、拳を握りしめた。「だけど、俺は新田を信じる」

「わかった。俺は単純に犯人を推理するだけだ。で、新田以外が犯人だとして、俺は青白い火の玉を生み出した野郎がテレパシー騒動も起こしたと考えている」

「はぁ? どうやって故意にテレパシー騒動を起こすってんだよ!」

「情報伝達やら情報処理やら云々を行っているニューロン(?)を騙すために、電気信号化させた文字を直接脳に送れば言葉は通じるはずだ。いや、わからんよ? 実際、ニューロンなんて理科の教科書に載ってたなぁーくらいだし」

「ニューロンってあれか? 新しい論って奴か?」

「おそらく、高田は『新論(ニューロン)』とか言いたいんだろ?」

「ピンポーン! 大正解だ」

「まったく、くだらないことをよく考えつくな。洒落にすらなってねぇ」

「いつの間にか頭の中で浮かんでくるんだよ」

 新島は指を鳴らしてから、部室に方向を変えて歩き出した。高田も新島と並んで部室に戻った。部室ではすでに三島が新田と獅子倉の体の異常を調べ終えていたようだ。

「三島。新田と獅子倉の体に異常な点はあったか?」

「背中に二人ともが黒い小さな斑点がありました。見た目からだと、ほくろではないようです」

「もし故意的にテレパシーが起こされたのなら、背中から二人の体内に異物が混入された可能性があるな。

 文芸部では精密検査までは出来ないな。実の父の親戚の方に脳科学者がいるから、その親戚の家に訪ねに行ってみよう」

「新島。他に文芸部で調べられることはあるか?」

「そうだな......。もう一度テレパシーがあるか意思疎通の実験をしよう。次はトランプじゃなくて文字や絵などでも試してみよう。その方が信憑性が高くなるし、やって悪いことはないだろう」

 新島は部室の隅にある棚に積まれた裏紙の束を数枚手に取って、その半分を新田に渡した。

「さっきのトランプの実験と似たような感じだ。獅子倉さんは俺と高田と空き部屋で、新田は三島と部室で二つに分かれる。新田と獅子倉さんはテレパシーで会話して、同じ絵を描いたり同じ文章を書く。それを数回か繰り返してみよう。今日の文芸部の活動は一日一杯それをやることにする」

 獅子倉は新島、高田と一緒に空き部屋に入った。獅子倉は耳に手を当てるような動作をした。テレパシーで会話をするには耳に手を当てるのが必要らしい。

 新島は後で三島に、新田は耳に手を当てていたかを確かめる必要がありそうだな、と考えて腕を組んだ。

 獅子倉は高田から渡されたボールペンで、裏紙にすらすらと絵を描いていった。絵は大阪万博の太陽の塔だ。新島は現代の中学一年生がなぜ大阪万博の太陽の塔を選んで描くのか不思議に思うが、そこは触れないでおこうと思って椅子に腰を下ろした。高田もそれに習ってパイプ椅子を開いて座った。

 やがて、獅子倉は太陽の塔を完成させた。

「獅子倉さん、なかなか絵がうまいね。その裏紙は預かるよ」

 新島は太陽の塔の描かれた裏紙を持って、部室に入った。新田がボールペンを動かしている下にある裏紙をのぞき込むと、獅子倉と同じく太陽の塔を描いていた。

「新田も太陽の塔を描いたな。──三島。ちょっと来い」

 新島は新田から離れた場所に三島を呼んだ。

「新田は太陽の塔の絵を描くときにどんなことをした?」

「目を閉じたり、耳に手を当てたり、とか......」

「ビンゴだな」

 新島がテレパシーの存在をある程度は信じようと決めた瞬間である。

「おい、新島! 備後がどうかしたのか?」

「地名じゃねーよ! 馬鹿野郎!」

 高田の馬鹿具合にため息をもらした新島は、また裏紙を使って似たような実験を繰り返した。その実験が十三回目に突入したところで、日が落ちて時刻は六時を迎えた。

「今日の文芸部の活動はこれで終わりだな」

「つうかさ、新島。今日って烏合の衆の会議じゃなかったっけ?」

「あっ! やべぇ、先輩ならすでに家に着いているはずだな!」

 新島は急いで実験の後片付けをした。カバンに筆記用具諸々を詰め込むと、部室を飛び出した。獅子倉はポカンとしていたが、高田や三島が経緯を説明して納得して帰って行った。高田、三島、新田は新島に追いつくために小走りで廊下を進んだ。

 結局、追いついたのは新島のマンションの前だった。土方の姿は見えないし、今回は新島の家に直接入ったようだ。

 新島は鍵を206号室の扉の鍵穴に差し込んで、部屋に入った。八坂大学付属八坂高等学校公認の靴が玄関に置かれていた。土方のものだろう。

「先輩! いんのか?」

「やっと来たか、新島」

 土方はリビングで床に座っていた。新島はカバンをソファに置くと、床にあぐらをかいた。

 玄関近くでドタバタ、という音がした。新島は立ち上がって玄関まで歩いていった。また、新田が頭を抱えていた。

「獅子倉ちゃんが危ない!」

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