以心伝心 その壱

 二人はB棟五階の階段の一段に腰を下ろした。

「完全に抜かった。『レディーのトイレを待ち伏せは不粋』。あの吹奏楽部の部長は丁寧な人だ。今後は同じようなミスをしないように意識しなくては......」

「新島は変な部分で真面目だよな」

「いや、これは礼儀というものでな──」

「いい。話さなくていい。新島の『それ』は絶対話しが長くなるパターンだ」

「そうか。そいつは残念だな」

 しかし、数十分間待機しても獅子倉は階段には姿を現さなかった。新島は何かを感じたのか、階段を駆け上がって六階まで着くと、トイレを探して周囲を見回した。すると、とある女生徒が倒れていた。

「大丈夫ですか?」

 脈などを確かめたが、どうやら気絶しているだけのようだ。新島の声を聞いて高田も駆けつけた。

「どうした!?」

「人が倒れている! 多分、気絶だが一応保健室に運ぶぞ」

 新島と高田が一緒になってその女生徒を保健室のベッドまで運んだ。保健室にいた保健の先生によって、彼女が獅子倉だということがわかった。

 高田が急いで文芸部の部室に向かい、三島と新田も保健室に到着する。

 気絶程度だから、ものの数分で目を覚ました。保健の先生は何があったか尋ねた。

「青白い火の玉が、窓の外をさまよっていた......」

「火の玉? 獅子倉さん、何を言ってるの?」

「違う。本当に火の玉を──」

 保健の先生が使えないとわかった新島は、獅子倉に向かって口を開いた。「青白い火の玉を目撃した時に、新田を思い浮かべたか?」

「はい」

 腕を組んでから、新島は保健室を出た。高田も追って廊下に踏み出た。「何だよ、新島!」

「高田の言うとおりかもしれない」

「は?」

「お前はテレパシーじゃないか、と言った。確かに、今の状況を考慮すると、やはりテレパシーの可能性が高いな」

「マジで言ってんの? テレパシー?」

「マジだ。実際にテレパシーかどうか知らんし、現段階では不明な点が多すぎる。だが、実験を行ってテレパシーの有無を確かめる価値はあるんじゃないか?」

「実験? どうやるんだよ」

「脳波を調べるのが有効なんだけど、文芸部にはそんな設備はないだろ?」

「当たり前だろ!」

「意思疎通(いしそつう)が可能かを実験したり、女子同士がいいだろうから三島に体を調べさせたりして異常がないかも確認する。そうすれば、テレパシーの有無くらいなら確証を得ることも出来るはずだ」

「そんな実験をするのか......。獅子倉が許可するならば、実験にとやかくは言わない」

「よし。なら、早速獅子倉に許可を取ろう。保健の先生には知られないようにも配慮しろ」

「わかった。気をつける」

 高田は保健室に入り保健の先生に、話しがある、と伝えて保健室から連れ出した。

 新島は高田に向かって右手の親指を立ててから、保健室に戻った。「獅子倉さん?」

「はい......」

「新田と一緒に、あなたにも実験の被験者になってほしい。無論、実験内容はテレパシーの有無だ。別にテレパシーを悪用しようという考えからではない。新田は文芸部の部員で、俺は文芸部の部長だ。新田が困っているなら、部長には助ける義務があると思うんだ」

「実験の被験者になるのはかまいません」

「ふむ。新田もそれでいいか?」

「大丈夫です」

 新島は何度かうなずいて、椅子に座って足を組んだ。

 三十分ほどで獅子倉は立てるまでに回復した。新島は明日に文芸部の部室に来て欲しいことを伝え、保健室から出た。


 次の日、新島はテレパシーについての書物や論文を読みあさって寝不足気味で学校に登校した。今日は家を出たのがいつもより遅かったため、教室に着いてすぐに八代がホームルームを始めた。

「さて。今日の一限目の数学は、新たな章に入る。授業の最初らへんは違う話しから入るが、そこから話しを広げて新しい章についても触れるから心得ておくように! わかったな?」

 教室中の生徒が一斉に、はーい、と叫んだ。

「ホームルームは以上! 数学の準備を先にしておくように」

 ホームルームが終わると、高田は新島の元まで走ってきた。「新島! 実験は今日だろ?」

「そうだが......」

「楽しみすぎて眠れなかったんだ」

「そんな呑気なことは言っていられない。テレパシーだ。もしテレパシーが存在するのなら、政府も喉から手が出るはずだ」

「政府が? 大げさだよ」

「そうでもない。政府御用達の研究者がテレパシーの被験者として新田と獅子倉を連れて行くかもしれない。頭をかち割って脳味噌を検査するかもしれない。あの二人を守るためにも、テレパシーの有無を確認する必要があるんだ」

「そんなに重大なことなのか?」

「そんなに重大なことなんだよ」

 新島はカバンから数学の教科書とノートを引っ張り出して、机の上に置いた。高田も額からの汗を制服の袖で拭って、自席に着席した。

 すると、八代が黒板側の扉から教室に入ってきた。手に持った数学の教材etc......を教卓に置くと、チョークをつかんで黒板に難しい漢字を書いていった。『塵劫記(じんこうき)』という三文字が黒板に縦に並べられた。

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