緋色 その肆
コンピューター室から出た二人は、急いで部室に向かった。速やかに、赤色だった火の玉の推理を始めるからだ。
部室には新島の高田の二人だけだった。机を付き合わせると、椅子を引き寄せて腰を下ろす。
高田は足を組むと、両手を机に置いた。「一つ、俺の考えを言ってもいいか?」
「くだらなくない考えなら、話してみろ」
「わかった。......ガラスとガラスの間に薄くて透明の液晶パネルが入っていたとする。その液晶パネルが火の玉の映像を流していたんだ」
「くだらない話しだったか、やっぱり。高田、液晶パネル好きだな」
「仕方ない。そんなことでしか結論が出せない。新島や、螺鈿シールの案を出した三島のことがうらやましいよ」
「お褒めにあずかり光栄だな。で、赤色の火の玉の件だ。映像を見た限りでは、まだなんとも言えないな」
「一応、何枚か君津の家の写真を撮ってある」
「内観か?」
「内観も外観も両方撮影しているから安心しろ。あとは君津邸の見取り図とかももらってきた」
「高田にしては準備がいいな。いつもなら情報を並べるだけの三流情報屋なのだが......」
「君津のお父さんのダミ──康治さんのアドバイスだ」
「『ダミ』の続きが気になるな。教えろ」
「やだ」
「教えろ。先輩に言うぞ」
「......ダミ声」
「なるほど。いい情報だな」新島は手帳に書き込んだ。
「なんだよ、その手帳」
「高田を真似てみた。案外、手帳って使いやすくて万能だな」
「だろ?」
高田は相づちを打ちながら、君津邸の見取り図や内観外観の写真を新島に渡した。
「大きい家だな」
「その窓が例の火の玉が出現したっていう窓だ」
「ほぉー。これが」次に、新島は見取り図に目を移した。「君津邸は特徴的でもあるな」
「どこがだ?」
「形がL字だ」
高田は新島の手から見取り図を取って、じっくりと見た。「本当だ。例の火の玉が出現した窓を中心としてL字のように見えなくもない」
「面白い建造物だな」新島はニヤニヤしながら、高田の持っていた見取り図を上から覗いた。
「確かに、L字の建物は珍しいな」
「さて。おふざけはここまでだ」新島は内観と外観の写真を丁寧に、じっくりと観察した。「他にも内観などの写真はあるか?」
「リビングらへんを中心に撮った写真数枚と動画が三個ほどあるが?」
「動画が三個? そういうことはコンピューター室にいる時に言ってくれ!」ふぅ、とため息をもらした。「その写真数枚も見せてくれ」
高田はカバンから写真を取りだして、新島に渡した。
「......! 高田、褒めてやる! うまい具合に重要な部分の撮影に成功しているぞ。これなら、ふむ。なんとか赤色の火の玉の正体がわかりそうだ」
「緋色の火の玉と言えよ。そっちの方がかっこいい」
「はっ!」新島は写真を見ながら、椅子に座った。「緋色? 赤色と緋色は微妙に違うはずだが?」
「関係ないね。緋色の方がかっちょいい」
何か言おうと、新島は口を開けた。だが、時間の無駄だと気がついた彼は、顔を下に向けて写真とにらめっこを始めた。
火の玉の出現した窓とリビングのテーブルを結んだ線とほとんど直角になるように線を伸ばした先には、もう一つ窓がある。その三点がL字になっているわけだが、写真はこのL字を中心として成り立っていた。つまり、L字以外の部屋は撮影されていないのだ。
「高田。他の写真は?」
「ないな。基本的にL字を中心にして撮ったから......」
「やっぱり、俺が行った方がよかったな」
新島は、少しばかり焦燥した。
「安心しろ、新島。三島の言ったとおり、螺鈿シールの可能性もあるだろ?」
「いや、ない。可能性はゼロだ。零ではなく、ゼロだ」
「は? ゼロと零は同じだろ?」
「まったく違う。零はごくわずかだがある、ゼロは全然ないという意味だ」
「?」
「0.000000000000000000000000000001とかで、小数点の前の0はなんて言う?」
「『れい』って言うぞ」
「普通の何もない0は?」
「『ゼロ』だ」
「つまり、0.000000000000000000000000000001でもあれば零になるが、0だったらゼロというわけだよ」
「そうなのか」
「言いたいのは、螺鈿シールの可能性はゼロだということだ」
「何でだよ?」
「映像を見たらわかるだろ。あの揺れ方は、本物の火であって、螺鈿シールではない。風になびいていただろ?」
高田は思い出すように、頭に手を当てた。「うん。言われてみれば、あれは本物の火だな」
「そうなんだ。だから、螺鈿シールが火の玉の正体という仮説が正しい可能性はゼロだ」
高田は頭を掻きながら、新島に返された写真を眺めた。新島は目を閉じて、考えをまとめていた。
数十分すると、新島は急に立ち上がった。高田も驚いて飛び上がったが、そんなことには目もくれずに、一心不乱に部室を円を描くように歩き回る。五回程度回ると、立ち止まって逆回りを始める。それを数回繰り返すと、椅子に座って窓の外を仰ぎ見た。
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