緋色 その伍

 新島の行動が気になった高田は、彼の肩を叩いた。「おい、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。気分爽快だ。もしかしたら、火の玉の正体がつかめたかもしれない」

 高田は口を大きく開き、何だって、と叫んだ。

「騒ぐなよ、うるさいなぁ」

「火の玉の正体がわかったんだろ?」

「おそらく、だけどな」

「教えろよ」

「まだその時じゃない。満を持(じ)そうじゃないか」

「やだ!」

 高田は待つのが一番嫌いなのだ。新島に、今教えてくれと頼み込んだ。

「すまん。検証したいこととかがあるから、今は無理だな」

「検証?」

「実験だ」

 実験ってやってもやらなくても変わらないよ、そう言おうとした口を高田自らが必死に押さえた。

「実験して、俺の推理が正しいと判断したら話そうと思っている」

「わかった。実験で新島の推理が正しかったら、ちゃんと話してくれよ」

 新島は無言でうなずいた。すると、三島と新田が部室に入ってきた。

 新島はあくびをして、手を頭の後ろに回した。それから、目を窓の外に向けた。彼なりに考えをまとめているらしいのだ。


 次の日の放課後、高田は新島を探しながら部室に向かって歩き出した。しかし、どこにも新島を見いだせずに部室に到着した。指を鳴らして扉を開けると、新島ではなくあるものを見つけた。窓の外にユラユラと揺れる緋色の火の玉なのだ。高田は急いで窓に近づいて、火の玉を確認した。

「ないぞ! ない! 火の玉が消えたんだ! ない! 火の玉がっ!」

「火の玉とは」高田の背後で、新島はクスクスと笑いながらマッチに燃ゆる火を消した。「俺が手に持っていたマッチの火のことだろ?」

「新島!」

「俺が手に持っていたマッチの火が、窓に反射した。それが、窓の外をのさばる火の玉に見えたというわけだ」

「なんだ、そんな簡単なトリックか」

「これで実験は終わった」

「ってことは、君津邸に現れた緋色の火の玉は窓に反射した火だったのか?」

「そうなんだよ。まったく困った話しだよ......」

「説明しろ」

 新島はマッチをシンクに投げ込んだ。「もちろん、ちゃんと説明するつもりだ。まず、昨日高田に渡された写真であるものを見つけた」

 新島は高田に写真を渡した。高田は写真を受け取って、まじまじと見つめた。「この写真がどうかしたのか?」

「その写真は君津邸のリビングのテーブルを写しているだろ?」

「ああ、テーブルだな」

「そのテーブルに置き鏡が置かれている」

「あるな、置き鏡」

「その置き鏡と一致するほこりの跡がテーブルの上には存在する。ほこりの跡に合わせて置き鏡を置くと、ちょうどL字の直角部分を覆うようになる」

「なるほど、なんとなく読めたぞ。例の火の玉が出現した窓とテーブルを線で結び、その線を直角に伸ばした先にある窓の外は隣りの家の庭が見渡せる。その庭に何らかの理由で火が出現し、置き鏡を中継として窓に反射したんだろ?」

「正解だ。何らかの理由で庭に火が出現したのは調べてみないとわからんが、そこは重要じゃない」

「重要なのは、偶然出来た置き鏡とのメカニズムか」

「そう。これで、緋色の火の玉は解明出来たというわけだ。犯人はいない。偶然の産物だ」

 新島は最期まで言い切ると、ため息をついて椅子に腰を下ろした。

「今話したことを、君津にも伝えるつもりか?」

「俺は高田のようにクズではない。ちゃんと伝えるよ」

「いつ?」

「今日にでも伝える」

 高田は額の汗を拭って、頭を掻いた。「クラスに早稲田木風が転入してきただろ?」

「ああ、来たな」

「気づいているはずだ、お前なら」

「......早稲田が稲田になり、稲葉。木風は楓。ガキは勘違いが多い。俺も勘違いしていた」

「早稲田が、お前の探していた彼女だ」

「高田、知っていたか」

「当然だ。忘れたとは言わせない。中一の頃に、これでもかってくらいに話していただろ」

「確かに、話したな」

「あの子が稲葉楓なんだろ?」

「ああ、そうだ」

「あいつ自身は新島のことを気づいているのか?」

「知らない」

「急いで会いに行こう」

「無駄だ」

「はぁ?」高田は前に出した右足を止めた。「なんで?」

「俺は彼女に合わせる顔がない」

「......そうかよ。だったら、俺はもう知らないぞ」

「そうしてくれるとありがたい」

 新島は手で顔を覆った。

「情けないな」

「自分でもそう思っている。ただ、俺は彼女に酷いことを言ってしまった」

「酷いこと?」

「俺はかなりモテたんだよ。それで、もう一人可愛い子が俺に近づいた。そして、その子と楓ちゃんが並んで俺に言ったんだ。どっちを選ぶのかってね」

「なんて答えたんだ?」

「選べない、と答えた」

「それは酷いな。言い寄ってきたもう一人の子の名前は覚えているのか?」

「全然思い出せない」

「なら、その子より稲葉の方を特別視していたということだ。安心しろよ。彼女だってまだ新島が好きなら、きっと許してくれるはずだ」

 高田は新島の背中を平手で叩いた。新島は顔から手を離して、立ち上がり、窓に近づいた。

「気を取り直して、青白い火の玉を跋扈させた犯人を探してみよう!」

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