緋色 その弐

 一方で高田、三島、新田は君津と一緒に彼女の家に向かった。八坂中学校から徒歩で数十分だが、高級住宅街が並ぶ中の一軒が君津の家だった。結構、値段も高いだろう。五階建てで、広さもまあまあだ。千葉県の、都会の部類に入る八坂市の家としては舌を巻くくらいだ。

 君津がインターホンを押すと、男の声がして門が開いた。かなりのダミ声だ。門をくぐり、家の扉を開けると強面の男が玄関で立っていた。和服姿で、下駄を履いている。

 和服の男は腕を組んだ。「静香。その子達が、昨日話していた者か?」

 この和服はダミ声だった。インターホンでした声はこの男のようだった。

「お父さん。この人達が文芸部の人達だよ」

「そうかそうか」ダミ声の顔が急に明るくなった。「俺は静香の父で名は、君津康治と言う。さあ、中に入りたまえ。おっと! スリッパを忘れていたようだな」

 康治は焦ったように、下駄箱からスリッパを四つ取りだして並べた。こう見えても根は優しいのだろう。

 四人がスリッパを履くと、康治を先頭としてリビングに行った。そこにあったソファに座ると、康治がノートパソコンを出して起動させた。少しすると、画面を高田達の方向に向けてきた。

「この映像は家の中の防犯カメラのものだ。ちょうど、例の赤い火の玉が映っている。まあ、観てくれ」

 康治がボタンをカチッと押した。すると、映像が再生される。内側から窓を映していて、康治が驚いて近づくと一瞬にして消失した。火の玉が確認出来たのは、ほんの数秒間だった。しかも、火の玉の近くに人が居たようには見えなかった。

 康治は、動画が終了すると画面を自分の方向に向けた。「火の玉が現れた窓のところは、庭の塀とほとんどすき間はないんだ。それに足下には細かい砂利を敷いているから足音がするはずだ。だが、火の玉が消えてから急いで窓を開けたが人もいないし足音もしない。これは困ったわけやんだよ」

 高田は首を傾げた。「隣りの家の二階の窓から火の玉を吊り下げていたという可能性は考えられないんですか?」

「......実は、隣りの家とはかなり離れている。例の窓を開けるから、見てみるといい」

 康治は立ち上がって、玄関近くの窓を開いた。高田が近づいて、顔を出した。

「結構離れていますね」

「そう。だから、火の玉の正体が気になってたまらない。もしかしたら、本物の火の玉かもしれないんだよ。そう考えると、俺も静香も怖くて眠れない」

 高田は、康治のような強面の男を狙う人物の方が怖くてたまらない、という言葉を飲み込んだ。「わかりました。少し調べたいので、庭の方からもいいですか?」

「そりゃ、もちろん」

 康治に案内されて、高田、三島、新田の三人は庭から火の玉の出現した箇所を見た。砂利が敷かれていて、ゆっくり歩いても音が鳴る。また、壁が近いから、家の中にいる康治達の気配がした。つまり、人為的に生み出された火の玉なら、地上から赤い火の玉を出現させるのは無理だろう。

 高田は顔を上げて、外壁に細工が施されていないか確かめた。しかし、細工のようなものは無かった。

「......これなら、推理のしようがないじゃないか」

「多分」三島は周囲を見回しながら言った。「螺鈿シールを使って赤色の火の玉を出現させたんじゃないでしょうか?」

「螺鈿シール? 何だ?」

「螺鈿シールは貝の真珠層のところを薄く研いでシールにしたものです。それで、螺鈿シールには赤色もあります。赤色の螺鈿シールを、例えば丸く小さいボールなどに貼り付けて釣り竿で吊せば、光りを当てれば赤い火の玉のように見えるはずです」

「なるほど。螺鈿シールか。まあ、考える価値はありそうだな。ただ、誰が二階から釣り竿で吊していたのか。やっぱり、新島がいないと難しいぞ」

 高田は、口をへの字にして君津宅に再度入った。

「高田君。どうだったかな?」

「外壁に細工などが施された形跡はありませんでした。で、質問があります。この家には君津静香さんと康治さん以外に、誰かが住んでいたりしますか?」

「妻も住んでいるが、うちは共働きなんだ。しかも、妻は帰りが遅い。大体、いつも夜の九時くらいには帰って来てはいるかな?」

「緋色の火の玉が例の窓のところに現れた時、奥様は帰って来ていましたか?」

「いや、帰ってきてなかった。あの日だと、妻は九時半に帰ってきた」

「なるほど。......では、もう一度火の玉の映像を見せていただいてもいいですか?」

「もちろん。USBにコピーしておいたから、それも渡そう」康治は胸ポケットからUSBを取りだして、高田に渡した。「映像が一つ入っているのみだから、わかりやすいと思うよ」

「ありがとうございます」

 その後、康治はノートパソコンの火の玉の映像を再生させた。高田はその映像を見ながら、火の玉についてあれこれ思案を始めた。しかし、映像の火の玉は蜃気楼(しんきろう)のように消え失せるため、毎度映像で火の玉が出現しては消える時に地団駄を踏んでいた。やがて、太陽が沈んでくると、三人は君津宅を退出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る