第295話 極光斬滅のデスサイズ

 ――疾走はしる。音の無い世界を。

 ――疾走はしる。色の無い世界を。


 ――疾走はしる。虚無に塗れた世界を。


 もう十分、絶望した。

 全てを背負う覚悟は出来ている。

 だから俺は戦える。この命尽きる、そのときまで――。



 ひび割れた翼で空を駆ける。

 己が覚悟で刃を奔らせる。


 そして、誰も到達しえない世界へと到達した。



「これでっ――ッッ!!!!」


 超出力魔法が衝突した末、世界そのものすら滅ぼさんばかりの衝撃が全てを包み込んだ。

 そして、俺は全身を軋ませながら余波の中を突き破り、処刑両刃鎌ツインデスサイズの刀身に漆黒の極光ブレイズを纏わせ、下方のマルコシアスに向かって投擲する。


「――貴様、この衝撃の中を……ッ!?」


 マルコシアスは縦回転しながら突き進む処刑両刃鎌ツインデスサイズに対し、巨剣を振り抜いて迎撃。しかし流石のマルコシアスも、俺が全身に傷を作りながらも真正面から突っ切って来るとは思っていなかったのだろう。更には度重なる連戦に加え、互いの最強魔法をぶつけ合った直後という事も相まって、迎撃に一瞬の遅れが生じる。結果、乱回転する処刑両刃鎌ツインデスサイズと巨剣が暫しの鍔迫り合いを演じる事となった。

 動きが止まったのは、一瞬。

 巨剣が振り抜かれて処刑両刃鎌ツインデスサイズを遥か彼方へ弾き飛ばされるものの、その間に俺と奴の距離はゼロとなる。


「俺は……それでも……ッ!」


 俺は上方に弾かれていく処刑両刃鎌ツインデスサイズに目を向ける事なく、虚空に右手を伸ばした。そして、残された長剣希望を掴み取ると、そのまま剣戟を奔らせる。


「その程度の覚悟! まだ……我には届かぬッ!」


 大刀と牙翼は破棄され、残るマルコシアスの武装は四枚の竜翼と巨剣、両手の爪牙のみ。主兵装たる巨剣の逆側から剣戟を叩き込んだものの、左の爪牙が起き上がって鉤爪エッジ形状を取ると共に盾となり、刃を受け止められる。

 だが、その刹那――牙爪と鍔是り合う長剣が紅蓮の渦・・・・を纏い、爆炎・・を炸裂させた。


「この炎……まさか……あの男のッ!?」

「ああ、そうだ! これはジェノさんの想いが込められた魂の炎……!」


 俺が振り下ろしたのは、紅銀の長剣――“プロメテオンセイバー”。本来の所有者は、ジェノ・スクーロ。俺達の先導者として命を燃やし尽くした英雄。

 そして、ジェノさんの魂とも称するべき焔聖剣には、先の戦闘に生じた残留魔力が僅かながら込められていた。俺はその残留魔力を呼び起こして、最後の剣戟を放ったというわけだ。そう、二度目はない。最後の最後まで取っておいた、とっておきの一撃を――。


「今更こんな剣閃で……! この我をたおせるとでも思っているのか!?」


 この爆炎は俺自身の魔力とは関係なく、ノーモーションで発現する仕組みとなっている。実質的には、一人の身体を使って二人で剣を振るうようなものであり、初見での対処には絶対的に遅れが生じてしまう。それこそが俺の狙い。最後の攻撃ファイナルアタックへの布石。この間隙は無駄なんかじゃない。未来へ続くみち


 俺は左腕で虚空を掴み取り、白銀の長剣――“ミュルグレス”を顕現させる。


「違うな、これは俺達・・の一撃だ……!」

「何……!? 聖剣との、二刀を以て……!?」


 “アブソリュートソーディアス”――グラディウスに伝わる氷獄の一閃を叩き込むべく、左腕を振り上げた。刀身から迸る蒼黒の魔力が唸りを上げる。

 “ミュルグレス”と“プロメテオンセイバー”の二刀流。これが俺に残された切札。


「しかし、まだ終わらぬよッ!!」


 “ディスペアーインフェルノ”――驚異的な速度で引き戻された巨剣の切っ先が俺に差し向けられる。未だ不滅。これが魔王の底力。


 最早斬撃の衝突は避けられない。

 俺の身体はとうの昔に限界など超えてしまっている。しかし、肉体からの悲鳴を気力で捻じ伏せ、柄を強く握る。俺に立ち止まる事など許されないのだから――。

 そして、蒼黒の魔力を宿した聖剣を振り下ろそうとした瞬間――俺の眼前に雷光が奔る。


「な、に……ッ!?」


 彼方より飛来した青龍偃月刀――“逆巻ク終焉ノ大刀・改式”。雷光を纏った偃月刀が流星となって押し寄せたかと思えば、マルコシアスを強襲。奴の右肘から先を切り飛ばした。


「アーク君、行ってッ!」


 ルインさんの声が聞こえる。

 疲弊した身体を引きずり、最後の魔力を使い果たしながらも青龍偃月刀を放り投げて援護してくれたのだろう。理外からの手痛い援護のおかげで、マルコシアスは反撃手段を失った。狙い撃つのは、ここしかない。


「はああああああぁぁっっ――ッッ!!!!!!」

「ぐが、ぁ、っッ――ッッ!?!?」


 氷獄一閃。

 マルコシアスの肩口に聖剣の刃が届く。蒼黒の極光ブレイズが空を塗り潰す。しかし、ここまで来てたった一つの誤算が生じた。


「本当に忌々しい、聖剣よなッ! よもや、これほどの斬撃を叩き込まれるとは……!」


 俺の斬撃が到達する瞬間、マルコシアスは右側の竜翼に対して魔力を限界まで供給。二枚重ねにして斬撃の前に挟み込み、盾としたのだろう。その竜翼ごと纏めて右半身を斬り落としたが、未だ奴を絶命させるまでには至らない。


「これで終わりだッ! アーク・グラディウスッ!!!!」


 直後、マルコシアスの左牙爪がこちらに向けられる。残された二枚の翼と左腕が共鳴し合いながら、その中央に闇の魔力が収束していく。このままの距離なら牙爪の刺突、離れようものなら砲撃へ――それは攻撃を加えた刹那、動作の自然硬直中の俺を狙う最悪の反撃カウンター

 だが俺が選んだのは、即時後退。その行動に合わせて、闇の砲撃が唸りを上げる。


「言ったはずだ! 俺はこんな所で倒れるわけにはいかないッ! 皆が未来明日を迎える為にッ!!」


 闇の奔流が眼前で輝く。

 対する俺は、両手の剣をマルコシアスに向けて投擲した。光を放つ二振りの剣が闇の砲撃を斬り裂いて進む。そして奴の翼を貫き、その先の大地を砕いた。

 これで俺達に残された武装は飛行手段を除けば、超至近距離クロスレンジでしか効力を発揮しない鉤爪と牙爪のみ。つまり距離が開いた現状では、何の役にも立たない。更には俺自身、もうまともに魔法を使えるような状態ではない。辛うじて発動させたとしても、今出せる氷槍の火力で決定打となり得ないのは必至。

 恐らくその状況は、奴も同じなのだろう。

 しかし、俺は立ち止まらない。前に進み続けると誓った。太陽を背に、輝く天空そらへと手を伸ばし、俺自身の処刑鎌覚悟を掴み取る。


「な……ッ!? それは……先ほど我が弾いた……否、弾かされたという事か!?」


 そう、俺が手にしたのは、最初の攻撃で投擲したはずの処刑鎌デスサイズ。天高く弾かれ、通常形態に戻りながら俺の手元に戻って来た。そして残存魔力全てを刀身に注ぎ込み、漆黒の極刃を生成。双翅が崩壊していく事にも構わず、最大出力でマルコシアスに肉薄。俺の象徴足る処刑鎌デスサイズを振り上げる。


「これが俺の覚悟闘いだ!!」


 “絶・黒天新月斬”――残る僅かな魔力で繰り出せる中での最強魔法。

 初めての戦いから常に俺を支えてくれた原初の魔法。

 振り抜いた処刑鎌デスサイズ――“禁忌穿ツ刹那ノ刃”が奴の牙爪を砕き、極刃の一閃をその身に炸裂させた。


 一瞬の静寂が戦場を包む。


「――我を超える……か。その想い、どうやら眉唾物ではないらしい」


 そう呟いたマルコシアスの全身が闇の光に包まれる。だが、それは攻撃の為ではない。これまでとは、全く意味合いの異なる現象。

 既にマルコシアスの肉体は度重なる負傷と限界を超えた魔力行使によって、その形状を保てなくなっている。消滅も時間の問題だという事だ。


「ならば、認めざるをえまい。貴様にも世界の行く末を見定めるだけの力があるのだと……」


 闇の光の中から力強い双眸に射抜かれる。

 それは奴自身が紡ぐ真実の言葉。先達からの餞別であり、新たに俺を蝕む呪詛の言葉。


「その覚悟……魔族に君臨する我が直々に、この目で見定めた。くがいい。黒銀纏う死神よ。聖も魔も内包した貴様自らの意志で歩み続ける、終わりなき修羅のみちを……」

「ああ、分かってる」


 マルコシアスは最期の問答に対する俺の返答を訊くと、どこか満足そうな表情を浮かべた。奴が俺に重ねている面影は、嘗ての勇者か。それとも先代の魔王か――。


「さらばだ。歴戦の勇士よ。心躍る戦いであったぞ……」


 そして最期にそんな言葉を残し、マルコシアスは光となって天空そらへ還って逝った。



 長く厳しい死闘の連続。

 その中で得たモノは何物にも代えがたい。一方、失ってしまったのも、取り返しがつかないかけがえのないモノばかりだった。


 あれほど待ち望んだ終戦だというのに、誰一人として歓喜の声を上げる者はいない。

 ただ一つ確かな真実は、後の世で“第二次アヴァルディア戦役”と呼ばれる事となる、この戦争が終結を迎えたという事だけだった。

 それぞれの胸中に大きな破片変化を残して――。

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