第294話 闇炎開闢

 刹那の疾駆。

 俺は圧倒的な推力を以て、再び超速の世界に身を晒すと共にマルコシアスの背後から斬りかかった。


「ふっ、やはりそのやさ……驚嘆に値する。それでも、我をたおすにはまだ足りんッ!!」


 しかし、幻影の様に現れた筈である俺の刃は、大剣の腹で受け止められる。さっきの様に加速斬撃で押し込もうとするも、マルコシアスは微動だにしない。


 その事実を受けて身を固くした一瞬の隙を見逃さないとばかりに、長剣の切っ先が俺の頭蓋目掛けて突き出された。

 闇光の刺突。更に切っ先から放たれる追撃の火砲による二段攻撃。


「――ッ!」


 双翅から極光ブレイズを逆噴射。後退しながら、高度を上げて逃れる。咄嗟の行動で事なきを得たが、今の攻防で背中に冷たいものが走るのを感じた。


「決め打ちじゃない。見切られている」


 俺に機動力で追いつこうとするのではなく、こちらの攻撃に際して大剣を盾とする。そして、がっしりと待ち構えた所で長剣を矛に反撃カウンターを繰り出す。それは攻・防を明確に分けた戦闘スタイルに切り替える事によって、この短時間で俺の動きに対応して来たという事。

 これまでの力任せに圧倒する闘いとは打って変わり、堅実して堅牢。攻撃と防御の切り替えも一瞬かつ不規則。更には使い慣れていないはずのレスターの武装すらも、既に我が物とし始めている。

 歴戦の技巧をありありと感じさせる戦闘スタイル。恐らくこれこそが、魔界四天将を謳われた奴本来の戦いなのだろう。つまりは、一対一で相手を仕留める本気モードだという事だ。その上、狂化因子の多数融合によって、奴自身も更なる進化を迎えている。

 奴は強い。かつて経験したことがない程までに――。


「どうした? 怖気づいたか?」


 ならば、技巧と経験には新境地の出力で、進化には進化で対抗する以外に道はない。


「まさか、絶望ならもう十分して来た!」


 虚空に氷槍を生成。そのまま直射で撃ち放つ。だが、俺が放ったのはただの氷槍ではない。

 “ブリザードランサー・スパイラルシフト”――氷槍の総数は十五基と、弾数ではさっきの“エアリアルシフト”に遠く及ばないが、その分個々の威力と弾速は桁違い。闇の魔力が細長い螺旋槍ドリル形状をした氷槍に纏わり付き、周囲を削り取らんばかりの勢いでマルコシアスを強襲する。


「それは何よりだ。ならば、更なる絶望を与えようではないかッ! “グランデトリオンフューザー”――ッッ!!」


 マルコシアスの六枚の翼と両剣の切っ先から放たれる八連同時砲撃。これまでとは桁違いの闇光が、氷の螺旋槍を呑み込んだ。しかし、消失した氷槍は八基。まだ全てが消失したわけじゃない。六基の氷槍は、螺旋の光を纏いながら連続砲撃の向こう側へと到達した。

 だが、直撃コースの氷槍は既に撃ち墜とされている。砲撃で進路を変えられてしまったのか、残りの氷槍もマルコシアスの周囲を素通りするコースへと押しやられてしまった。

 それでも今この瞬間、氷槍によってマルコシアスの行動範囲は制限されている。大技を打ち込むなら、ここしかない。


「“ウロボロスコフィン”――ッ!」


 処刑鎌デスサイズで虚空を斬り裂けば、全身に極光ブレイズを纏った氷獄の竜が飛翔する。雄々しい双翼を翻し、氷槍の間にある空間を喰らうかの様にマルコシアスに迫っていく。

 俺自身もこの力を使いこなし始めたからか、氷獄竜の体躯はこれまでより二回りほど大きさを増している。威力と速度も当然、別次元。そのまま全身を波打たせて進撃。マルコシアスを喰らい、巨大な四芒星の結晶となって凍結した。

 必殺の一撃が炸裂。しかし、俺の眼前で巨剣が翻る。


「翼をデコイにしたのか!? 肉を切らせて……ッ!?」

「“ダルク・エル・ディアブロ”――ッ!!」


 左翼二枚を喪失し、身体に霜が張った状態のマルコシアスが魔力を纏った巨剣を振り下ろして来る。


「何て豪胆……ッ!」

「フフ、血がたぎる! これこそが闘争というものだッ!!」


 処刑鎌デスサイズの上刃で巨剣を受け流すが、威力を殺しきれず弾かれた。更に流れるような動作で二撃目の大刀が振り下ろされる。


「貴様ら今を生きる者達の怠慢が、この腐った時代を生み出した! 倦怠の果てに滅びの未来を迎えようとしているのだ!!」

「くっ……ッ!?」


 写し身の刃を生成。処刑両刃鎌ツインデスサイズの逆刃で斬撃を受け止めた。だが、攻撃が通らないと見るや、再び巨剣が差し向けられる。

 対する俺は逆刃で大刀を押して弾かれると、上刃で巨剣を押し留める。その瞬間、奴の身体に隠れて牙翼がこちらを向いているのが垣間見えた。


 闇の爆轟。逆刃での斬り払い。


 直後、両者斬撃魔法を発動して、何度目になるか分からない衝突。互いに残光すら掻き消す程の速度で超高速戦闘を繰り広げる。


「――確かにアンタの存在がなくとも、この世界はいずれ滅びの未来に向かって歩んでいたんだろう」

「ほう……声高に自らを是とするとは叫ばないのか?」

「ああ、過去の亡霊であるアンタの想いに同調する者が多すぎた。人間、魔族を含め、アンタを止める事の出来る者は誰一人としていなかった。この世界はアンタの言葉一つで崩壊してしまう程に脆く腐り切っていて、今を生きている者もあまりに弱く醜い。それに関しては、否定しようもない事実だ」

「それでも尚、貴様はこの世界を認めるというのか!? 膿を抱えたまま世界を変えて行くなど、夢物語でしかないというのにッ!」


 身を翻して、迫る巨剣を躱す。眼下の大地が深々と真っ二つに裂け、立ち昇る闇の波動が周囲を包む。


「困難だと事は分かっている。それに……護られる事を当然だと思っている力無き者が嫌いなのは俺も同じだ」


 俺達は刃と魔導を交錯させる度に、互いの想いを一つ一つ否定し合っていく。一方それは、互いへの理解を深めていくも同じ事。奇しくも俺達は、この戦争を通じて互いに視点を共有し、分かり合おうとしている。

 いや、俺が奴の領域まで上り詰めたという所か。


「でも、醜いだけではない者も沢山いる! 変わっていける未来もあると、俺自身が証明してみせる!」


 俺を新たな境地へ導いたのは、ルインさん達だけの力じゃない。帝都に残った者達の力も合わさっての事だった。

 今までの彼らなら、現実から目を背けて自分には関係ないと喚き散らしていたはずだ。それどころか、どうして自分達を護ってくれないのだと――闘っている俺達にまで責任を擦り付けていたであろう事も想像に難くない。それは断言出来る。こちらに対して、自分達が倒れるまで魔力を与えるなど、まかり間違っても絶対にありえなかった。


「甘い言葉だ! その毒に踊らされた結果が、この世界ではないのか!?」

「例えそうなのだとしても、変革を促された今ならば、別の道を探すという選択も出来るはずだ!」


 帝都に来訪したレリティスを牽引している俺をわざわざ撃った者。

 戦闘前に無関係のエリルを八つ当たりで糾弾した男。

 自らが生き残る為に隣人を蹴落とした者。

 子供を見捨てた親。

 友人を裏切った者。

 戦場を疾駆する中で、火事場泥棒をしようとした挙句、目の前で家屋に押し潰された者まで見かけてしまった。


 絶体絶命の極限状況は、その人間の本質を浮き彫りにしてしまう。戦争中においても、そんな一面を数多く見続けて来た。

 それがどうだ。今はいつ自らが襲われてもおかしくない状況で、俺に力を分け与えるという選択をした。確かにガルフが声を上げた事がきっかけだったのかもしれない。破れかぶれかもしれないし、騎士団長やブレーヴ達の提言に従って渋々という可能性もある。だが、これほどまでに性根が捻じ曲がった連中が、この極限状況の中において他者を優先など出来るのだろうか。それは明確な変化の兆し。

 そして、ガルフの口から突いて出た“責任を取らせる”――それが全ての真相なのかもしれない。


「この戦争は、自分の知らないどこかの誰かが勝手に始めたものなんかじゃない。今を生きる俺達に世界を腐らせてきたツケが回って来たというだけだ。非の無い被害者など、どこにもいない。誰かが何かしらの形で関わっている。犠牲を強いている!」

「ほう、この我すらも認めると?」

「アンタが居ようが居まいが、遅かれ早かれだった。否定も肯定もない。ただ目の前で起きた現象に対して、今を生きる俺達が戦うのか、滅びるのか……そして、未来を紡げるのかどうかをッ!!」


 漆黒の斬撃が激突する。

 俺の一閃が遠く離れた荒野を大きく抉り取り、奴の一閃が晴天の空から全ての雲を吹き飛ばす。互いが生じさせる闘いの余波が、周囲の環境すらも変えてしまう。


「貴様の望む未来に到達する為とて、皆が賛同するわけではない。その為に今を生きる者を犠牲にする覚悟はあるのか!?」


 六枚の翼と二本の剣。その先端を砲塔にして、再び闇色の砲弾が次々と押し寄せて来る。


「――っ!」


 対する俺は双翅を躍動させ、空中で錐揉みしながら砲弾を躱していく。

 しかし、奴の腕に備え付けられた四本の爪が起き上がり、魔力砲の勢いと弾数が増した。回避だけでは追い付かないと判断し、直撃コースは処刑両刃鎌ツインデスサイズで砲弾を裂き、時には双翅の盾も利用して魔力砲が嵐の様に迫り来る空を舞う。


「貴様には、自らの未来を投げ打ってまで、世界の礎になる覚悟があるのかと訊いているのだ!? 貴様の歩む道に栄光や安寧など無いというのに、それでも尚……全てを背負って進むというのか!?」


 マルコシアス自身や奴の腕の角度が変わる度に、鮮烈過ぎる死の嵐が形を変えて迫って来る。

 俺が進む未来。それは好きな人と一緒になる事、家族を創る事――そんな生き物として当たり前の幸せを投げ打って、例え誰かから憎まれても命尽きるまで戦い続ける事でしか成し得ない。それでも想いを貫く覚悟があるのか――それこそが剛裂な魔法を通じて、奴が俺に問うている事なのだろう。


 しかし――。


「ああ、俺はその為に此処に居る!」


 俺は身体を左右に揺らして攻撃を回避し、双翅から極光ブレイズを放出して超加速。同時に刃へ魔力を纏わせ、闇の砲弾を弾きながらマルコシアスに肉薄していく。無理な機動がたたって、左双翅の白銀部分にひびが入った。だが、そんな事に構っている場合じゃない。


「これまでの旅と俺自身の誓い……想いを貫く為に、この力を得た。全ては人間と相克魔族の架け橋となり、世界を話し合いの卓に着かせる為……そして、俺が護りたいモノを護る為……。だからこそ、俺自身の行く先に栄光や安寧は必要ない!」


 処刑両刃鎌ツインデスサイズと大刀が交錯。互いに弾かれ合うものの、レスターの大刀に亀裂が走った。更に攻撃を加えようと写し身の刃を向けるが、巨剣で受け止められる。

 現状互いの距離は零。今なら躱しようがない。

 刃を交わす中で、牙翼の切っ先がこちらに向けられる。その結論に至ったのは俺同様であり、螺旋槍と化したブリザードランサーを即時生成。発射寸前の牙翼と差し向け合う。


「覚悟なら、もう出来ている!」

「ならば、この我に示してみよ! その覚悟とやらをなッ!」


 炸裂、爆轟。

 超至近距離で互いの魔法が激突し、凄まじい衝撃に襲われると共に爆炎に呑み込まれた。


「――ッ!」


 そして俺達は、自らの身体で爆炎を切り裂きながら弾かれ合う。互いに距離が開き、一時の沈黙。視線の先には、傷つい相手の姿が浮かび上がった。


「――」


 マルコシアスの牙翼は二本共中腹からへし折れ、完全に破損した大刀は既に破棄されている。身体の各所にも鮮血が滲み、牙翼破損時の影響か太腿辺りの負傷度合いは、遠巻きからでも凄惨な状態だとはっきり分かる。


 対する俺も、爆炎の中で巨剣の切っ先を掠めた脇腹に赤い線が奔っている。咄嗟に身を引いたのと防御が間に合った為、なんとか身体が繋がっているが、左翼までもが真っ二つに裂けんばかりに損傷する程のダメージだった。無論、互いに限界の境地を何段階も越えている力を行使しているだけあって、外見上では分からない負傷も計り知れない。

 実際俺に関しては、そこら中の骨や血肉、臓器に至るまで――文字通り、全身が悲鳴を上げている。限界を超えたその先を更に疾走した代償は、急速かつ着実に俺達自身を蝕んでいるわけだ。


 体力、精神力、残存魔力――どの観点から見ても、これ以上闘いが長引くのは拙い。正直、この形態もいつまで維持できるか分からなくなってきている。

 なら勝負を賭けるのは、ここしかない。



「黙示録より来たれ……氷獄絶刃――ッ!!」


 氷と風・・・の属性変換と共に、ありったけの魔力を前面開放。鋭角で巨大な氷結晶として具現化させる。余波で大地は凍り、地表から氷剣群が出現したばかりか、猛き吹雪が戦場全体に巻き起こった。更に鋭利な結晶体が渦を巻き、より巨大かつ高純度の存在へと昇華していく。

 今から放つのは、俺の最強の魔法。グラディウスの奥義。

 しかし、今の俺は更なる進化を迎えている。


「闇を祓い、未来を切り拓く力を……ッ!」


 氷の巨大結晶が烈風を纏う。

 これは大規模模擬戦でルインさんを驚愕させ、あの虚構の世界で母さんと別れた時と同じ現象。二つの属性魔法の完全同時行使。いや、それだけじゃない。その頃、俺の基本属性は人間特有の“無”だった。だが、今は違う。

 “氷”と“風”の魔力を、俺自身の“闇”で束ねる。言うなれば、三属性完全同時行使。それも超高等魔法術式での――。人間、魔族――誰もが到達し得ない前人未踏の領域に足を踏み入れた。

 これが俺の全力。俺の全て。



「深淵に眠りし、永久の闇……天地開闢の叫びを上げよッ!!」


 対するマルコシアスも翼を広げ、正眼で巨剣を構える。途方もない力が膨れ上がるのと同時に、鍔から黒き闇が立ち昇っていく。更に翼の切っ先が内側を向き、剣を支点に魔力が収束。巨剣の刀身が天を貫かんばかりに巨大化する。

 俺達の知る“魔法”の次元を超えた力。正しく世界神話そのものが、俺の前に立ちはだかっている。


 だが、臆する理由はない。


「“アブソリュートゼロアポカリプス”――ッ!!!!」


 処刑両刃鎌ツインデスサイズを振り下ろす。

 氷の結晶が蒼い魔力を発しながら鋭利な刀身と化し、烈風が螺旋の様に纏わり付く。そして、結晶体の中で湧き上がる黒き闇炎が表層にまで現れ、氷結晶の全てを覆いながら飛翔する。


「“インフィニティエンド”――ォッ!!!!」


 闇の巨剣が袈裟に薙ぎ払われた。

 顕現するのは、闇光の極大斬撃。破壊という概念が形となったとすら感じさせられる究極の一閃。天と地を引き裂かんばかりの激烈さで迫り来る


「――ッッ!!!!」


 そして互いにとって最強の魔法が激突し、世界から全ての感覚が消え去った。

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