第293話 最強の戦士

 処刑鎌デスサイズの刃は、マルコシアスに届いた。だが、奴を両断するまでには至らない。


「咄嗟に大剣を……!?」

「これしき……ッ!? でぇりゃあああぁぁっっ!!!!」


 急所を狙った一撃は寸前で挟み込まれた大剣によって軌道が変えられてしまい、脇腹を斬り裂くのみに留まった。要は必殺足りえなかったわけだ。

 更に竜巻の様に二刀が振るわれ、奴の間合いから逃れるべく一旦距離を取る。その直後、マルコシアスの翼が完全に再生した。


「――」


 俺達は再び睨み合う。

 だが今の再生によって、マルコシアスから発せられる威圧感が明確に弱まったのを感じた。

 それもそのはずだろう。“古代魔法エンシェント・オリジン”を小難しい要素を無しにして表すとすれば、自らの魔力で作った抜身の剣。魔力の鎧を身に纏わせ、不要になった場合に自らの内に戻せば、剣を鞘に納めるも同じ事。つまり武装生成分に使用される魔力に関しては、実質損失無しで運用出来るわけだ。無論、他の用途で使用した魔力は、その限りではないが――。

 ただ一度技術を身に付けてしまえば、長時間の戦闘でも安定して高出力を維持出来るのは事実だ。“原初魔法ゼロ・オリジン”と比べて最高出力は若干劣るものの、この安定性こそが“古代魔法エンシェント・オリジン”の強みだ。当初、暴走状態だったのは、本来俺が闇の力を宿すはずのない人間だったからだろう。

 その一方、顕現させた鎧を直接破壊されれば、武装生成に使用した魔力が一気に失われる。更に武装が強固かつ高出力であればあるほど、より大きな魔力が込められているという事。部分修復ならまだしも完全再生ともなれば、その魔力損失は計り知れない。要は斬り合いで剣の刀身部を砕かれたばかりか、それまでの疲労も相まって自身のコンディションが落ちるようなものだ。


 “原初魔法ゼロ・オリジン”が身体破壊の代償リスクの果てに成り立つ様に、“古代魔法エンシェント・オリジン”も諸刃の剣。故にここぞという時の切り札として扱われている。

 実際、俺もさっきの戦闘では、“死神双翅デスフェイザー”を完全破壊された影響を受け、一気に動きが鈍くなった。そして、現状のマルコシアスには、正しくその現象が起こっている。それこそが俺の狙いだった。


「――この力!? 貴様……人間ヒトである事を棄てたか!?」


 驚愕と戦慄に駆られたマルコシアスの視線が俺を射抜いた。


「そう、かもな」


 俺には肯定も否定も出来ない。ただ、感じた。

 瞳や髪の変質は、一時的な形態変化なんかじゃない。俺自身を形作っていた血肉が、基盤そのものが――。


「人間でもなければ、魔族でもない! 貴様は何だッ!?」

「俺は……アーク・グラディウスだ。例え何者になろうとも、それだけは変わらない」


 恐らく俺の変化は、この身が世界の摂理システムを飛び越えたナニカに変質したという事を示しているのだろう。

 だとしても、この選択に後悔はなかった。


「中途半端に希望を抱かせる事は、絶望よりも残酷だ。想いを貫くためには、人間と魔族……そして、この世界の為に命すらも捧げるか、全てを滅ぼすしかない。貴様に……その覚悟あるのかッ!?」

「ああ、その為に俺は……此処に居る。例えこの手がどれだけ血に汚れようとも、身を裂かれるような結末が待っていようとも、成すべき事は変わらない」


 これは悪をたおす正義の戦いなんかじゃない。正義と正義、悪と悪のぶつかり合い。そして、俺自身が覚悟を貫いていけるかどうかを推し量る戦いでもある。


「自らではなく、世界の為に生きる。ふん……酔狂もここまで来ると見上げたものだ。いいだろう! 貴様の覚悟とやら、此処で示してみよッ! 世界の業を背負うに値するかどうか……この我が直々に見極めてやろう!!」

「ああ、相手がアンタなら……不足はない」


 目の前で強烈な力が膨れ上がった。晴天の空に不釣り合いな闇の波動が周囲を駆け巡る。同時に奴の翼が一回り大きさを増し、両手の剣に闇の魔力が渦を巻く。

 恐怖すら感じる凄まじい存在感。全てを圧し潰すかの様なこの熱気。俺の全身に途方もない戦慄が襲い来る。

 ただ其処そこにある。奴が存在しているというだけで、世界そのものが悲鳴を上げているかのようだ。例えこの境地に至ろうとも、勝利出来る保証などどこにもない。僅かでも気を抜けば、一瞬の内に呑み込まれる。

 これがマルコシアスの真の底力。今代の魔王――最強の戦士。嘗ての俺が焦がれた、揺ぎ無い力の持ち主が目の前に佇んでいる。

 それもこの俺を対等な存在として扱い、鋭い双眸で射抜いている。これから始まるのは、“俗事”などではない。多分、人間と魔族の生存戦争でもなければ、怨敵への復讐アベンジでもないのだろう。ただ、己の覚悟と信念を懸けた戦い。

 ならば、俺も力と覚悟の全てをぶつけよう。ここで折れる様なら、元々それまでだ。想いを貫けないなら、世界の行く末に携わるべきじゃない。

 人間も魔族も、正邪も――全てを内包した力は、今この手の中にある。この力が本物であるのかどうか――今こそ真価が試されるとき――。


 今はただ、全力でぶつかるのみ。

 打倒するべき最強の敵を前に、漆黒の翼で空を駆ける。

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